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劇場発信型の映画祭「未体験ゾーンの映画たち」で注目すべき作品は? 50作品の中からピックアップ

2016年01月08日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『グッドナイト・マミー』 (c)WIEN 2014 ULRICH SEIDL FILM PRODUKTION

 世界中から厳選された、日本では劇場未公開の映画50本を一挙上映する特集上映「未体験ゾーンの映画たち2016」が、1月2日からヒューマントラストシネマ渋谷で開催されている。この特集上映では、過去にはポール・ヴァーホーヴェン監督の最新作『ポール・ヴァーホーヴェン/トリック』や、カンヌ国際映画祭で絶賛され、ほとんど無名だったジェレミー・ソルニエが一躍スターダムへと駆け上がるきっかけとなったネオ・ノワール『ブルー・リベンジ』など、劇場未公開にするにはもったいない優れた作品が上映されてきた。本稿では、今年上映された50本の中でも特に注目するべき3本の作品を紹介していきたい。


参考:キャリー・ジョージ・フクナガ監督が語る、映画とネットとテレビドラマの未来


■『ディスクローザー』


 まずはオーストラリア産の犯罪スリラー『ディスクローザー』だ。ジョエル・エドガートンという名前に聞き覚えがなくとも、昨年ソフトスルーながら映画ファンを熱狂の渦に巻き込んだ『ウォーリアー』で、トム・ハーディと激闘を繰り広げる兄を演じた俳優と聞けばピンと来る方も多いのではないだろうか。そんなエドガートンは、実は俳優としてだけでなく、作り手としても活躍している。日本未公開のスリラー映画『The Gift』(2015)では、監督・脚本を担当し、批評家たちから高く評価された。彼が2013年に脚本と製作を手掛け、主演も果たした意欲作がこの『ディスクローザー』である。


 刑事のマル・トゥーヒーは上司や同僚からも慕われる人望の厚い男だ。ある日、事件解決を祝うパーティーの後、マルは弾みで自転車に乗っていた少年を轢いてしまう。だが彼は警察に対して嘘の証言を行い、真実をひた隠しにしようとする。何事も無かったかのように仕事へ、日常へと戻ろうとするマルに対し、新しく赴任してきた刑事ジム(『ターミネーター/新起動』のジェイ・コートニー)は疑惑の目を向けるのだったのが……。


 物語の中心人物はマル、ジム、そして彼らの先輩格である刑事カール(『グローリー/明日への行進』のトム・ウィルキンソン)だ。マルは平静を装いながらも、昏睡状態の少年や嘆き悲しむ彼の母親を目の当たりにするうち、その罪の重さに耐えかね憔悴していく。その姿は彼の愛する家族の心にも波紋を投げかける。いっそ告白するべきか、それとも……。対してジムは孤独を好む人間だが、目の前で隠蔽されようとしている罪を見過ごすことなどできない。過ぎ行く時の中で、彼だけは少しずつだがマルへと近づいていく。そんな2人の間に立つのがカールだ。警察に長く勤務し、清濁あわせ呑む価値観を持った彼は、マルとジムの衝突を食い止めようとし、それが思わぬ結果を生むことになる。


 この3人が歩む道筋を、エドガートンと監督のマシュー・サヴィエルは豊かなディテールで丹念に描き出していく。捜査の途中で犯人に対して思わず暴力を加えてしまう。幼児を虐待した男の釈放に怒りを隠せず酒を煽る……。そういった事件とは直接関係ない描写の数々にこそ、それぞれの人生が見えてくる。だからこそ、3人の人生が否応なく残酷な運命にねじ曲げられていく様は、酷く胸を締めつける。


 『ディスクローザー』には派手な銃撃戦も心躍るカーアクションも存在しない。その代わり、観客を思索へと導くであろう、倫理に対する深い洞察が横たわっている。ハリウッド産のスリラー映画とも、『アニマル・キングダム』や『スノータウン』などのオーストラリア産犯罪映画ともまた違う、いぶし銀の魅力が今作にはある。


■『エイプリル・ソルジャーズ ナチス・北欧大侵略』


 2本目に紹介するのはデンマーク産の戦争映画だ。日本でも北欧、特にデンマーク映画は広く受容されている。同じ「未体験ゾーン」で上映される人気ミステリーの映画化第2弾『特捜部Q -キジ殺し-』や、美しくも恐ろしいノルディック・ミステリー『獣は月夜に夢を見る』など、現時点ですでに日本公開が決まっている作品が幾つもある。そんなデンマーク映画ラッシュの始まりを飾る作品が、新鋭ロニ・エズラ監督のデビュー作品『エイプリル・ソルジャーズ ナチス・北欧大侵略』である。


 1940年4月9日の未明、ドイツ軍がデンマークへと侵攻し、後に“ヴェーザー演習作戦”と呼ばれる電撃作戦が開始される。今作はこの作戦をデンマーク軍側の視点から描き出す作品で、登場するのは自転車部隊という小隊だ。馴染みのない名前かもしれないが、彼らは貧相な武器を携えて、文字どおり自転車を漕いで戦場を行く。だが向かってくる相手は巨大な戦車を駆るドイツ軍であり、勝ち目などないのでは? と一目で思わされるが、それこそがこの映画の本質だ。


 デンマーク軍のサン少尉(『LUCY/ルーシー』のピルー・アスベック)率いる部隊は、防衛ラインを死守するため、野原に散らばり迎撃体制を整える。息を潜めその時を待つ彼らは、彼方にドイツ軍の進撃を見る。そして戦闘は始まる。先手を打つことには成功するが、こちらにとって最大の武器はマシンガン。一方のドイツ軍は装甲戦車だ。戦力が余りに違いすぎる。防衛戦は数分経たず制圧され、サンたち自転車部隊は逃走するしかない。


 ここから本作は自転車部隊の敗走の記録のみを描いていく。ヒロイックな活躍など微塵も存在することはない。自転車部隊は北へ北へと追い立てられ、その途中にある町を守ろうとしても、ドイツ軍によってものの数十秒で蹂躙され、自転車すら投げ捨て再び敗走する。そんな姿をカメラは映し出す。そして行く先々で彼らは、戦争が起こっているなど知る訳もない、もしくは信じる気もない人々を目の当たりにする。何かが起こっているんだろうなとは思い、町の入り口に集まってふらふらする人々、窓を開け「一体何が起こってるの?」と聞く女性……。「ドイツ軍が攻めてきたんだ!」。言葉が空しく響き渡る。そうして兵士たちが抱くものは無力感以外の何物でもない。


 『エイプリル・ソルジャーズ ナチス・北欧大侵略』が特徴的なのは、4月9日という1日に焦点を絞っている所だ。しかし、デヴィッド・エアー監督作『フューリー』のように、1人の兵士がたった1日で変わっていくあの劇的さは存在しない。今作はむしろ逆に、戦争という大いなる災いに対する“成す術のなさ”を、どこまでも淡々と描き出していく。だからこそ、戦争はいかに全てを惨めにするのか? というメッセージが際立つのだ。そしてもう一つ重要なのは、描かれる1日が、戦争が開始されたまさにその1日目だということだ。この作品こそが戦争の始まりに広がる風景なのだという事実は重く、重くのしかかってくる筈だ。


■『グッドナイト・マミー』


 そして3本目はヴェロニカ・フランツ&セヴェリン・フィアラ監督作『グッドナイト・マミー』だ。主人公はいつも一緒の双子の兄弟ルカスとエリアス。彼らは森に囲まれた家の中、2人だけで母親が帰ってくるのを待ち続けている。だがやっとのことで帰ってきた彼女の頭には包帯が巻かれ、血走った2つの瞳だけがルカスたちを見つめる。そして自分たちへ怒りを向けてくる母親に対して、ルカスとエリアスは思う。「彼女は本当にぼくたちのママなの?」。そんな状況の中、親子は日常を取り戻そうとしながら、水面下では双子たちの疑念と“母親”の禍々しさが攻めぎあう。その緊張感が最高潮に達する頃、ドス黒い悪意は凄惨な暴力としてスクリーンに立ち現れることとなる。


 だがその凄惨さとは裏腹に、フランツ監督が向ける眼差しはひどく冷ややかなものだ。彼女は一定の距離感を保ちながら、暴力の光景を観察し続ける。この空気は同じオーストリア出身であるミヒャエル・ハネケやウルリッヒ・ザイドルの作品を思わすものだ。実際、フランツ監督はザイドルの公私に渡るパートナーで、彼の作品で共同脚本・助監督を務めてきたこともある。よって、空間の捉え方が独特な撮影法や、不気味なまでに設えられたモダン建築の人工感など、ザイドル監督の手法と似通った要素が多い。彼らの作品が好きな方にとって、今作は堪らない魅力を持った作品とも言える。


 しかし、『グッドナイト・マミー』の恐怖の源は、何と言っても双子の存在感だろう。『悪を呼ぶ少年』『戦慄の絆』『悪魔のシスター』など、双子の神秘性を恐怖表現に用いた映画は枚挙に暇がない。今作もその系譜にある作品でありながら、多くは設定頼りの凡作ばかりの中で、いつまでもドス黒い光を放ちながら輝き続けることは約束されている。


 フランツ監督が双子に託すのは切実な不信感だ。自分を育てる母親などまやかしだ。自分の生きている世界などまやかしだ。唯一信じられる互いの絆ですら、まやかしかもしれない恐怖…。絶叫してもどこに届く訳でもなく、誰が信じてくれる訳でもなく、かと言って捨て去ることなど絶対に出来ない、誰もが生きる上で一度は味わったことがあるだろう、この世に存在する全てに対する、決定的な不信感。それがゆっくり、ゆっくりと腐敗し、2人の世界が崩れてゆく様を監督はスクリーンに刻み付ける。今作はハネケやザイドルたちの作品と共にこう呼ばれている。”オーストリアの新しき戦慄"と。


 この3作に共通するのは、これらが監督にとっての初長編作、もしくは第2長編であることだ。彼らは今後それぞれの国を代表する作家となり、ひいては世界に羽ばたくと断言できるポテンシャルを持ち合わせている。そのほかにも「未体験ゾーンの映画たち2016」では、イギリス人新鋭ホラー監督のデビュー作『死の恋人ニーナ』や、東欧ジョージアの映画作家による作品『デッド・オア・リベンジ』なども公開される。日本ではそうそうお目にかかれない、世界最先端の作品を観る貴重な機会を与えてくれる映画祭こそが、「未体験ゾーンの映画たち」なのだ。ぜひとも映画館へと足を運んでほしい。(済藤鉄腸)