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2016年最初の大傑作! ホラー新時代到来を告げる『イット・フォローズ』を激推し!

2016年01月07日 18:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2014 It Will Follow. Inc.

 デトロイト郊外の寂 2016年最初の大傑作! ホラー新時代到来を告げる『イット・フォローズ』を激推し!れた住宅街の道路をシンメトリカルに捉えた遠景ショット。鉛のように重たい空の色。風に揺れる電線。そんな寒々とした風景の中、何かに怯えながら半狂乱で逃げ回る少女。年間何百本も映画を観る生活を30年以上続けていると、その作品を自分がどれだけ好きになりそうか、オープニング数秒で判断できてしまう。で、そのオープニング数秒の個人的期待値において、2015年(試写で観たのは昨年です)の年間最高値を記録したのがこの『イット・フォローズ』だ。そして、なんとその最初に振り切れた期待値の針は、上映時間100分間、一瞬も揺れることなく最後まで振り切れたままだった。昨年末に当サイトで発表した自身の年間ベストには「2015年に日本で公開された作品」という縛りがあったので入れられなかったが、もし「2015年に観た作品」でランキングをつけたら間違いなくトップ5に入れていた。そのくらいヤバい作品なんですよ、この『イット・フォローズ』は!


参考:年末企画:宇野維正の「2015年 年間ベスト映画TOP10」


 監督のデヴィッド・ロバート・ミッチェルはデトロイト出身の41歳。ずっと映画業界の端っこで予告編制の編集などを仕事としていて、2010年にティーン映画の秀作『アメリカン・スリープオーバー』で監督デビュー。これが2作目の長編作品にして、初のホラー作品となる。2015年3月、アメリカで4館のみでひっそりと公開された本作は、その評判がSNSや口コミで瞬く間に広がっていき、最終的には全米1665館で拡大公開されて大ヒットを記録。「ホラー映画」というジャンルを超えて世界各国の批評家からも賞賛を集め、ニコラス・ウィンディング・レフン監督(『ドライヴ』『オンリー・ゴッド』)は本作を観た後に、自身が運営するレーベルで本作のサントラのアナログ盤をリリースするほどの入れ込みよう(そのあたりの詳しい経緯は劇場パンフレットに書きました)。騒いでいるのは自分だけじゃないのですよ。


 『イット・フォローズ』が圧倒的に斬新な作品である理由は、大きく分けて二つある。まずは、「ホラー映画」としての斬新さ。登場人物のティーンたちがテレビで観ている『宇宙からの暗殺者』(1954年)、主人公の女の子がデートで行く映画館でかかっている『シャレード』(1963年)といった画面上における直接的な引用(念のために言っておくと、登場人物たちはスマホやタブレットを使っているので舞台は「現代」の「アメリカ」である)のほかにも、ジョン・カーペンター、デヴィッド・リンチ、デヴィッド・クローネンバーグらの作品からの強い影響を隠そうとしていない本作は、しかし近年増えている若手監督による70~80年代ホラー/スリラーのオマージュ的作品とは一線も二線も画している。00年代以降、世界各国のホラー映画界におけるJホラーの影響は見過ごすことができないものとなっているが、本作で注目すべきは、その代表的作品である『リング』の「呪いのシステム」を大胆に更新してみせているところだ。


 『リング』の「呪いのシステム」。つまりは、ビデオテープを媒介として呪いが世界中に無制限無差別に広がっていくというアレ。「禍々しい何かがある行為によって感染する」という設定自体は、それこそ往年のゾンビ映画やボディ・スナッチャー映画でもお馴染みのものではあるが、本作が「Jホラー以降」を強く意識させるのは、そこに「呪い」の概念が強く入っていること。「感染」と「呪い」の違いは、ある方法によって「解く」ことができるかどうかだ。一般的な「感染」を描いた作品は「感染すること」への恐怖が物語の軸となるが、『リング』の物語が優れていたのは、「呪われる」ことよりもむしろ「呪いを解く手段」にまつわる苦しみや悲しみ、要は恐怖の先にある人間の倫理観にまで踏み込んだところにあった。『イット・フォローズ』が描いているのは、まさにそれ。しかも、呪いのシステムはあろうことかそのものズバリ「性行為」を媒介としている。しかし、これを性病やAIDSのメタファーとするのは誤りだろう。なぜなら、その「呪い」は(通常の性病感染がそうであるように)不可逆なものではなく、そこにはとても残酷で切ない「解く手段」が用意されているからだ。


 『イット・フォローズ』のもう一つの斬新さは、本作がホラー映画のフォーマットを借りたティーン映画であること。より正確に言うなら、ホラー映画として超一級品であると同時に、アメリカの田舎町に住むティーンの性への恐怖心を描いた青春映画としても非常に優れた作品になっていること。『13日の金曜日』シリーズを筆頭に、被害者が性に奔放な、いわゆる「リア充」な若者たちであることはホラー映画の伝統であるが、『イット・フォローズ』の登場人物たちは決して「リア充」ではない。テレビと映画しか娯楽のない、性に対しても臆病な田舎の普通の若者たちだ。「別のジャンル映画のふりをしたティーン映画」という意味では、近年の作品でいうと「超能力SF映画のふりをした青春映画」の傑作『クロニクル』を思い出したりもするが、『イット・フォローズ』は作品としてより審美的で、全編が映画的な快楽に満ち溢れている。


 いやホントに、設定やストーリーも滅法おもしろいけれど、ただただボーッと画面の設計と色彩の美しさに見惚れながら、アナログ・シンセサイザー主体の秀逸なスコアに聴き惚れているうちに、あっという間にエンドロールを迎えている。『イット・フォローズ』はそういうタイプの作品でもあるのだ。そんな「まるで(悪)夢のような体験」そのもののような作品という意味で、個人的にはニコラス・ウィンディング・レフン監督の『ドライヴ』以来のインパクトだった。そういえば、『ドライヴ』に主演したライアン・ゴズリングは、レフンの作風に強い影響を受けて監督デビュー作『ロスト・リバー』を作り上げたが、あの作品の舞台も『イット・フォローズ』と同じデトロイト郊外の寂れた町だった。もしライアン・ゴズリングが本作『イット・フォローズ』を観たら(多分観てるだろうけど)、「俺、本当はこういう作品を撮りたかったんだよ!」と悔しくてしばらく眠れなくなるんじゃないだろうか。『イット・フォローズ』、ホラー映画ファンはもちろんのこと、「全映画ファン必見の作品」とはまさにこの作品のことだ。(文=宇野維正)