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2015年の『紅白歌合戦』は音楽をどう届けたか? 太田省一が番組の演出を振り返る

2016年01月05日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『第66回NHK紅白歌合戦』公式HP

 年末の風物詩ともいえる『NHK紅白歌合戦』(NHK系)が2015年12月31日に放送された。「ザッツ、日本!ザッツ、紅白!」をテーマに掲げた今回は、『妖怪ウォッチ』や『鉄腕アトム』などとコラボした「アニメ紅白」や、ディズニーのキャラクターの出演、嵐が映画『スター・ウォーズ』の扮装で登場するといった豪華な演出が目白押し。視聴率は関東地区で第1部(19時15分~)が34.8%、第2部(21時~)が39.2%(ビデオリサーチ調べ)で、2部制となった平成元年以降では最も低い数字だったものの、幅広い世代に届けようとする演出上のトライアルが多数見られた『紅白』だったのではないだろうか。


 今回の『紅白』は、番組史においてどう位置づけられるのか。『社会は笑う・増補版』や『紅白歌合戦と日本人』の著者である太田省一氏は「松田聖子や近藤真彦のトリ起用などにより、40代から50代向けの演出が目立った」としたうえで、番組の新たな試みをこう振り返る。


「今回の『紅白』を見ていて感じたのは、これまで“今年誰が人気で、何がヒットしたか”ということを確認する場としてあった同番組が、ふだん接しないタイプのアーティストや音楽など“知らないものに出会う場”としての性格がより強くなったということです。その背景には、昔と比べてゴールデンの歌番組が減ったことや、現在放送されている音楽番組も番組によって出演歌手のジャンルが限られているということがあり、『紅白』が現在の多様な音楽シーン全般に目配りした番組であることを際立たせる結果となりました。今回のその象徴ともいうべき小林幸子の『千本桜』は、ニコニコ動画と同じフォントで、画面いっぱいに“弾幕”が流れるという粋な演出をみせ、『おもいで酒』などを歌っている姿しか知らない人たちに強烈なインパクトを与えたのではないでしょうか」


 番組の“多様性”は出演歌手に限らず、その視聴方法などにもあらわれていたと太田氏は言う。


「バナナマンと久保田祐佳アナウンサーがMCを務めた副音声番組の『ウラトーク』には、事前番組の『ザッツ! 紅白宣伝部』で告知したとおり、T.M.Revolutionの西川貴教が本編に出演しないのにも関わらず登場し、激しいパフォーマンスでTwitter社の『一番反響のあった歌手ランキング』の1位にランクインしました。『ウラトーク』自体も主音声のタイトな進行とは違ったユルさがあったり、初出演となる乃木坂46や星野源らと交流のあるバナナマンならではの貴重な話を聞かせたりしてくれたのも印象的です。また、『ウラトーク』は今年からアプリでの視聴が可能になり、視聴者側としても『何を使って、どこで見るか』という選択肢の幅が広がったように思えます」


 また、初めて司会を務めたV6・井ノ原快彦について、同氏はこう評価する。


「井ノ原の進行に関しては『安定』の一言に尽きます。2013年時には“天然キャラ”で世間を騒がせた綾瀬はるかも、井ノ原のスムーズで気配りのこもった番組運びで、格段にリラックスした様子でした。他方、総合司会を務めた黒柳徹子は、天童よしみがカバーした美空ひばりについて語ったり、今年で『紅白』からの勇退を表明している森進一と最後に抱擁を交わしたり、また美輪明宏『ヨイトマケの唄』の前に戦後の思い出を語ったりと、『紅白』と戦後を見てきた当事者として番組を支えていました」


 同氏が裏テーマとして注目している“戦後70年”というワードについては、演出ではなく選曲にそれがあらわれていたのではないかと読み解く。


「天童よしみが美空ひばりの『人生一路』をカバーした際には美空を偲ぶ映像が流れ、SMAPは戦後60年の放送回で最初に歌われ、その際足元に“PEACE(平和)”という字を模したライトを使う演出のあったテーマ性のある楽曲『Triangle』をこの戦後70年、震災からまもなく5年の今回にも歌いました。さらにMISIA『オルフェンズの涙』や美輪明宏の『ヨイトマケの歌』、今井美樹の『PIECE OF MY WISH』、石川さゆりの『津軽海峡・冬景色』、五木ひろしの『千曲川』などなど、表立った派手な演出こそなかったものの、さまざまな側面から戦後70年の歩みを想起させるような楽曲が要所に配され、“わかる人にはわかる”ものにしていた印象です」


 最後に太田氏は、今回の『紅白』に顕著だった傾向と、番組の今後についてこう述べた。


「初出場組では、星野源や大原櫻子、乃木坂46など、しっかりと歌を聴かせるアーティストや演出・選曲が多かったのも今回の特徴ですね。また小林幸子の演出は『これからボーカロイドがアーティストとして出演するのでは』という興味を抱かせるとともに、『紅白』がさらに幅の広い音楽番組になっていく将来を予感させてくれるものでした。今後も、エンターテインメントとしての祝祭感をある程度持たせながら、音楽シーンを網羅した唯一の歌番組、そして日本のテレビ史においても他に類をみないビッグコンテンツとして、視聴者を楽しませてくれることを期待します」


 時代に合わせてその形を変えながら、国民的歌番組としての間口の広さを保ち続ける『紅白』。今後は最新の技術や若者向けのアプローチを取り入れながら、どのように進化するのか。引き続き番組の動向を注視したい。(リアルサウンド編集部)