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あえて映像とは異なる音楽を流すことも? 『新世紀エヴァンゲリオン』などの「劇伴」手法を解説

2016年01月04日 07:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『NEON GENESIS EVANGELION』

 映画、テレビドラマ、アニメーション、アニメーション映画などの「劇が存在する映像作品」で流れる背景音楽、いわゆる「劇伴」には、様々な役割がある。

 前回はそのなかでも“繰り返し”の多さについて言及したが(参考:【映画やドラマで流れる「劇伴」はなぜ“繰り返し”が多い?『タイタニック』などのヒット作から解説】)、今回は“映像作品の視聴者に感情移入をさせる役割”という基本的なことについて深堀りしたい。

 “映像作品の視聴者に感情移入をさせる役割”とは、恋愛映画を見た女性が、少し浮足立った気分で出てきたり、家族についての映画を見た人が目を潤ませたり、任侠映画を見た男性が、肩で風を切ってでてくるなど、行動になって現れるくらいの感情移入を補佐することにある。

 感情移入を狙った劇伴としては、「悲しい」「楽しい」などの日常のシーンで比較的起こりやすい感情を劇伴で表現する場合や、「驚愕」「恐怖」などのある種特別な時に起こる感情を劇伴で表現する場合など様々である。

 「悲しい」「楽しい」といった感情を表現する際は、その雰囲気を出すためにコード進行などを工夫することは作曲をする段階で当然行われるが、別の有効な手法として「主観的な時間感覚に基づいて作曲をする」というテクニックがある。悲しい時は時間が過ぎるのが遅く感じたり、楽しい時には時間が過ぎるのが速く感じる、などといった経験はあなたにもあるはずだ。つまり、悲しさを楽曲で表現したい場合はテンポの遅い楽曲にし、楽しさを表現したい場合はテンポの速い楽曲にすることで、意図した雰囲気を聴衆が感じやすくなる。これは全てに当てはまるわけではないが、多くの感情を表現する劇伴は主観的な時間感覚に基づいて作曲されている。

 また「驚愕」「恐怖」を表現する際に多く用いられるのが「無調音楽」である。無調音楽は、はっきりとしたハーモニーの進行やメロディをもたないために奇怪な雰囲気などを表現するのに適しており、実際にも「エイリアン」などを始めとするSFホラー映画の劇伴では無調音楽が数多く使用されている。さらに、これらの感情表現に有効な楽器の奏法も数多く、例えば、ヴァイオリンをはじめとする弦楽器で同一音を弓で細かく刻む「トレモロ」といった奏法や、「弱音器」をつけて演奏する弦楽器のサウンドなどは緊迫した雰囲気を表現する際にもよく用いられ、無調音楽と同じくSFホラー映画の劇伴で少なくない。

 これらのテクニックなどを幅広く用いて感情を効果的に表現した結果、映像作品の視聴者による上記のような行動につながることがある。


 一方、あえて「映像とは異なること」を劇伴で表現するケースもある。具体例として、人気アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の第22話で、惣流・アスカ・ラングレーが使徒から精神攻撃を受けるシーンを挙げて説明したい。彼女が攻撃を受ける際、ヘンデル作曲の「ハレルヤ・コーラス」が背景音楽として流れており、ヘブライ語で「神をほめたたえよ」という意味の“ハレルヤ”は、ストーリーとも深く紐づいているのだが、曲調はとても明るく、緊迫したシーンとは異なる雰囲気を表現。この演出は「感情移入を拒否する」ことであえて違和感を生み、ドラマを浮きだたせる「映像と音楽の対位法」という手法であり、作曲技法としての「対位法」とは別に、正統派ではないが伝統的な劇伴の表現として様々な映像作品の劇伴で用いられてきた。

 また、「少しばかりの叙情的な曲が合いそうな場面で、極端に切ない曲を流す」などといった「極端に飛躍したイメージで音楽をつける」といった例も「映像と音楽との対位法」の一種である。こちらは、コメディ色の強い映像作品でもよく見られ、登場人物の気持ちが浮き沈みする様子をユーモアたっぷりに描く際、意図して使われることも多い技法だ。

 映画において、実際の人間が演じるものは、人の表情などに微妙なニュアンスがあり、瞬き一つとってもそれが「表現」になるため、極論として音声が全く無くても観ることができてしまうのだが、アニメーションなどではそういった表現が少ないため、あえて説明的な音楽をつけるように指定されることも多い。これは効果音にも言えることで、やはりアニメーションになればなるほど、大袈裟な効果音を要求される。このように「映像そのものから得ることができる情報が実写に比べると少ない」という理由から、アニメーションで対位法を使うことは難しいため、今回提示した手法は、基本的に実写映画向きであることをご理解いただきたい。

 今回は、感情移入を狙った劇伴を作る際、基本的に導入されやすい手法と、あえて感情移入させないことを狙った劇伴の考察を行った。もちろん、それが定型というわけではなく、実際のプロジェクトでは打ち合わせを行い、音楽の方向性を決めていく。各種映像作品の劇伴では、前述した対位法の手法も含めて様々な試みが行われているが、あくまでそれらは「映像作品を視聴者がどのように解釈するか」という視聴者の立場で行われていることなので、劇場に足を運んだ際は、その点を踏まえて音楽を聴いてみると新たな発見があるかもしれない。(高野裕也)