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2015年『NHK紅白歌合戦』の注目ポイントは「戦後70年」「アニソン」「80年代アイドル」

2015年12月31日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

太田省一『紅白歌合戦と日本人』(筑摩書房)

 今日午後7時15分から放送される66回目の『NHK紅白歌合戦』(以下、『紅白』)。今年はどのあたりが見どころなのか? 恒例化した感のある連続テレビ小説『あさが来た』の特別編、嵐と『スター・ウォーズ』のコラボ、V6、Perfumeらとディズニーのコラボなど目白押しの特別企画や制作側が用意しているという「びっくりするような演出」も楽しみだが、ここでは『紅白』の歴史も踏まえながら、今年の注目ポイントを大きく三つ挙げてみたい。


 今年の『紅白』、テーマは「ザッツ、日本!ザッツ、紅白!」だ。「ザッツ(=これぞ)」な『紅白』を届けたいということだが、それをうたった公式サイトには「戦後70年、日本の心が、ここにある」という一文がみえる。


 「戦後70年」。これがまず今年の注目ポイントだろう。終戦の年の暮れに放送された『紅白音楽試合』がこの番組の原点であるという意味でも、「戦後70年」は『紅白』にとって避けて通れないテーマである。


 すでに、女優の吉永小百合が「平和への祈り」をこめたメッセージをVTRで寄せることが発表されている。吉永は終戦の年に生まれ、かつて2005年の『紅白』で原爆詩の朗読をしたこともある。その意味で「戦後70年」にふさわしい人物でもある。


 さらに、黒柳徹子の総合司会への起用にも同じような意味合いがあるだろう。今年82歳の黒柳は、戦争を体験した世代であると同時に、1953年のテレビ本放送開始と同時にNHK放送劇団の専属となって以来、ずっとテレビの第一線で活躍してきた唯一無二の存在、いわばテレビの戦後史の生き証人だ。『紅白』の司会も1958年以来5回(紅組では史上最多)を数え、今回の総合司会も含めれば6回目の「司会」となる。


 だが言うまでもなく『紅白』は歌番組である。だから、何よりもまず歌で「戦後70年」を表現しなければならない。実際、今回の選曲にはそうした制作側の気持ちがよく表れている。


 例えば、伍代夏子が『東京五輪音頭』(1963)、天童よしみが『人生一路』(1970)を歌う。それぞれ『紅白』の顔であった三波春夫と美空ひばりの代表曲だ。『東京五輪音頭』は史上最高視聴率81.4%を記録した1963年、つまり前の東京オリンピック開催の前年の『紅白』で『蛍の光』の代わりに出場歌手全員で歌われた。また『人生一路』は、30回記念の1979年の『紅白』に美空が特別出演した際に歌った楽曲でもある。


 さらに対戦相手として細川たかしが『心のこり』(1975)、和田アキ子が『笑って許して』(1970)と初期の代表的ヒット曲を歌う。また石川さゆりの『津軽海峡・冬景色』(1977)に対し、五木ひろしは『千曲川』(1975)。いずれも二人の代表的ヒット曲であると同時に、過去にトリで歌われたことがある楽曲だ。


 そしてトリ前には、今年限りで『紅白』からの「卒業」を表明している森進一が『おふくろさん』(1971)を、高橋真梨子はペドロ&カプリシャス時代の1973年にヒットした『五番街のマリーへ』を『五番街のマリーへ2015』として歌うのも目を引く。


 つまり、1960年代から1970年代の歌謡曲全盛期の楽曲が多いのが、今回の選曲の特徴だ。そこには、高度経済成長を達成し、豊かさを実現した戦後日本を振り返ろうという意図が感じられる。


 戦後と歌という意味では、美輪明宏の『ヨイトマケの唄』(1965)が2012年に続いて再度歌われることも忘れてはならないだろう。前回美輪の初出場時に大きな反響を呼んだこの曲は、そうした豊かさを実現する裏で多くの日本人が味わった苦労の歴史、戦後日本の心象風景を歌ったものだからだ。


 その美輪は10歳の時に長崎で原爆によって被爆したことでも知られる。そして今年は、同じ長崎出身のMISIAが「戦後70年 紅組特別企画」として、平和への思いをこめて故郷・長崎からの中継で『オルフェンズの涙』(2015)を歌うことになっている。


 ここで興味深いのは、この『オルフェンズの涙』が、現在放送中のアニメ『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』のエンディングテーマ、いわゆるアニソンであることだ。
 今年のもうひとつの注目ポイントは、その「アニソン」である。


 実は今年は放送開始90年という節目でもある。「戦後70年」と「放送90年」、その二つを記念するスペシャルコーナーとして企画されたのが「アニメ紅白」だ。井ノ原快彦と綾瀬はるかに加え、アニメキャラクターの「まる子」(『ちびまる子ちゃん』)と「ウィスパー」(『妖怪ウォッチ』)が司会を務める。そして出場歌手が歌う有名アニソンをアニメキャラクターたちが応援する。「2次元」と「3次元」の融合というわけである。


 そのコンセプトは、初出場で話題の声優ユニットμ’sにも通じる。本番で歌う『それは僕たちの奇跡』(2014)は、アニメ『ラブライブ!』のオープニングテーマ。「μ’s」とは、元々アニメの中に登場するアイドルグループの名前でもある。『それは僕たちの奇跡』は、そのメンバーを演じる声優がそれぞれのキャラクター名で歌う「キャラソン」と呼ばれるものだ。そうした彼女たちは、「2次元」と「3次元」の中間にある存在という意味で「2.5次元」とも呼ばれる。


 同じ「2.5次元」的要素は、特別企画で久々に『紅白』に登場する小林幸子にも当てはまるはずだ。


 今回小林幸子が歌うのは、ボーカロイド・初音ミクのために作られたボカロ曲『千本桜』(2011)である。小林は近年、ニコニコ動画にボカロ曲をカバーした「歌ってみた」動画を投稿し、その意外性もあって人気を博している。だが一聴してわかるように、そこには単なる話題先行にはとどまらない歌の魅力が感じられる。一昨年の北島三郎、そして今年の森進一の「卒業」とともに演歌の世代交代も始まりつつあるが、ネット文化と演歌をつなぐ現在の小林の立ち位置は、今後の演歌、ひいては流行歌を考えるうえで示唆に富んでいるように思う。


 さらに言うなら、『ラブライブ!』の題材でもあるアイドル自体が、そもそも戦後日本が生んだ元祖「2.5次元」的な存在ではなかっただろうか。ここ最近の『紅白』でもアイドルの存在感は増している。そしてなかでも今年目立つのが「80年代アイドル」である。それが最後、三つ目の注目ポイントだ。


 今年、近藤真彦が19年ぶりに出場、さらに初のトリに決まったことが大きな話題になっている。近藤のデビューは1980年で、今年はデビュー35周年だった。実は紅組のトリになった松田聖子も同じく1980年デビュー組である。つまり、今年のトリは、80年代のアイドルブームを牽引した二人が務めるという点で『紅白』史上画期的なものである。歌う楽曲が『ギンギラギンにさりげなく』(1981)と『赤いスイートピー』(1982)であるのも80年代をいっそう強調している。


 かつて『紅白』にも存続の危機があった。80年代の終わりの1989年、平成元年のことである。40回を区切りに番組を終了させたいとする当時のNHK会長の意向を踏まえて前半と後半の二部制が導入され、「昭和の紅白」と題した前半では当時のヒット曲とともに戦後と『紅白』の歴史が回顧された。


 だがこの年の内容が好評だったことなどもあり、結局二部制の『紅白』は存続し、今に至る。昭和を超えて、平成も続くことになったのである。それを踏まえれば、「戦後70年」の今年の『紅白』を象徴するのは、演歌などではなく、昭和と平成をまたいで人気を集める戦後日本の産物、アイドルだということになって不思議はない。平成に入って間もなく登場し、いまや『紅白』に欠かすことのできない存在になったSMAPが、やはり戦後を代表する歌番組『NHKのど自慢』の番組70周年の顔に今年起用されたこともまた、同じ時代感覚の表れであるに違いない。(太田省一)