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武藤彩未を「忘れない」ーー宗像明将が活動休止前ライブを渾身レポート

2015年12月27日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

武藤彩未

 武藤彩未の活動休止が突然発表されたのは、2015年12月16日のことだった。その1週間後である12月23日に赤坂BLITZで開催された『武藤彩未X'mas Special LIVE「A.Y.M.X.」』は、クリスマス・ライブだったはずが、活動休止前のラスト・ライブへと大きく意味合いが変わってしまった。あまりにも急な展開だ。


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 当日会場に入ると、開演の20分ほど前から、ラジオ形式によるトークと音楽が流された。「武藤彩未のプレイリスト」というテーマで流されたのは、Meghan Trainorの「All About That Bass」、本田美奈子の「Oneway Generation」、Michael Jacksonの「Beat It」、スピカの夜の「SPICA」、The 1975の「Chocolate」、wacciの「大丈夫」、松田聖子の「ハートのイアリング」といった楽曲たち。

 そして、最後に流されたのが可憐Girl'sの「Over The Future」だった。2008年のこの楽曲が、武藤彩未にとっての初めての音楽活動として紹介されたのだ。可憐Girl'sのメンバーだったのは、武藤彩未、現在BABYMETALの「SU-METAL」として活動する中元すず香、島ゆいか。先に流されたスピカの夜は、その島ゆいかと飯田來麗によるユニットだった。武藤彩未、中元すず香、飯田來麗は、2010年以降アミューズの「『成長期限定!!』ユニット」であるさくら学院に在籍していた仲間だ。このラジオパートで、その日が誕生日であった元さくら学院の佐藤日向の誕生日も祝われていたことも特筆したい。

 開演までの20分ほどの時間は、武藤彩未の愛聴する音楽を流すだけではなく、クロニクル色の強い時間でもあった。そして、今夜は武藤彩未の音楽活動の集大成にしたいという主旨の発言とともに開演を迎えた。ライブへの並々ならぬ意気込みを感じさせながら。

 この日のライブは、映像収録がなかったという。まさに一期一会である。バンドメンバーは、キーボードにnishi-ken、ベースに野田耕平、ギターに山本陽介、ドラムに髭白健。クリスマスということで、ステージ上には大量の星型のオブジェが吊るされており、多数のライトに照らされてきらめいていた。


 サンタ帽と赤白のコントラストが華やかな衣装で武藤彩未が登場すると、「ミラクリエイション」「Doki Doki」「Daydreamin'」「SEVENTEEN」がロック色の強いハードな演奏とともに歌われた。

 ただ、私はこの冒頭のパートで早くも不思議な光景を見ている感覚に陥っていた。少し過剰なほど激しいと感じる演奏、熱狂的なフロアの反応に対して、武藤彩未は覚悟を決めたかのように、ヴォーカルが落ち着き安定していたのだ。ほころびがなく、どの瞬間でも彼女はヴォーカリストとしての正解を出し続けているかのように見えた。極めて冷静に。

 その調子で「宙」「未来へのSign」「時間というWonderland」「女神のサジェスチョン」へと続いたライブが少し色合いを変えたのは、松田聖子の1987年のシングル「Pearl-White Eve」のカヴァーからだ。アコースティック・ギターに導かれ、メロディーを歌いあげる武藤彩未のヴォーカルのしなやかさが光り、見事なカヴァーだった。続く「桜ロマンス」は、楽曲の持つ憂いに対して演奏が激しすぎると感じたが、その音圧に負けることなく、細部にまで情感のコントロールを効かせたヴォーカルを武藤彩未は聴かせた。

 nishi-kenのキーボードのみを伴奏に歌いはじめた「とうめいしょうじょ」や、ギターがアコーステックに持ち替えられた「風のしっぽ」こそが、この日のライブでもっとも武藤彩未がヴォーカリストとしての真価を発揮したパートだった。彼女はすでにアイドルのフォーマットだけには入りきらないアーティストだとも感じたし、それゆえにアイドルとしての立ち位置に苦しむこともあったのかもしれない。ときどき見せる負けん気が完璧主義を感じさせる武藤彩未だからこそ、活動休止を経てシンプルに「歌手」になってほしい。そんなことを考えていると、また激しい演奏に戻った「RUN RUN RUN」「A.Y.M」「交信曲第1番変ロ長調」「パラレルワールド」「HAPPY CHANCE」の後に、武藤彩未自身の言葉による回答が待っていた。

 「私は前向きです、これからもっといい歌を届けるための時間です」と断言した後、Twitterでうまく自分の意図が伝えられなかったと語りつつ、「私アイドルやめるわけじゃないんですよ! アイドルだから『うまい』みたいに言われるけど、アーティストとしても通用するアイドルになりたいんです。これ拡散してください」とまで語った。そして「歌手になりたい」とも明確に述べたのだ。「やるからには本物を目指したいと思います、本物じゃなきゃ辞めるぐらいの覚悟です」と。

 武藤彩未が「ライブハウスはいいよね、声が聞こえるから」と言っていた通り、ファンからの「ロックのアーティストになるの?」という主旨の質問にも彼女は回答した。「別にロックを極めるためではなく、アイドルを極めるために、ロックをやったりアコースティックをやったりしたんです」と。それは、わかりやすい「ロック」に武藤彩未が収斂されてしまうことを懸念する私に、いくばくかの安堵をもたらす言葉だった。

 本編ラストの楽曲となった「永遠と瞬間」の歌謡曲的な曲調こそ武藤彩未に歌いこなしてほしいものだし、この楽曲での彼女のヴォーカルには強い自我の目覚めすら感じさせるものがあった。


 本編が終わると、これまで聞いた中でもっとも熱狂的な「彩未」コールが起きた。白いドレスに衣替えてアンコールに応えて歌われたのは、まず「明日の風」。そして、私が最高傑作だと考える「彩りの夏」には、武藤彩未の目指すアイドル像が凝縮されているようにも感じられた。サプライズで一斉に輝いたサイリウムを見て、武藤彩未が歌えなくなると、代わりにファンが大合唱。「聞いてないしー! 泣かないでここまで来れたと思ったのに!」というのも武藤彩未らしい発言だった。

 アンコールが終わり、「彩りの夏」が会場に流れて退場がうながされても、ファンが大合唱しながらクラップを続け、無人のステージにケチャまでしていた。

 ステージに武藤彩未とバンドメンバーが再登場し、「今の私にぴったりなこの曲で笑顔で終わりたいと思います」と歌ったのは「OWARI WA HAJIMARI」だった。できすぎである。それでも終わらない「彩未」コールに、「皆さんが私を忘れない限りは戻ってきたいと思っています、待っててください」と語り、武藤彩未はステージを去っていった。


 この日のライブは、非常に複雑な余韻を私に残した。彼女のヴォーカルを聴いていれば、アイドルの枠を出ても「うまい」と言える技術がすでにあり、充分にアーティストとしても通用すると思えたからだ。そして、「うまい」とは思えても歌が心に響かないヴォーカリストもいる。「うまい」ことが、歌手にとっての絶対的な価値基準だとは言い難い側面もあるのだ。

 そして「本物」とは何だろうか。それは結局のところ、本人が確信が持って提示できる内実と、技巧との掛け算の末に生まれる自信なのではないだろうか。そんなことも帰路で漠然と考えた。そして、抽象的な言葉を語っていた武藤彩未もまた、言語化しにくい曖昧な問いを自分自身に抱えて活動休止を選んだのかもしれない。

 『武藤彩未X'mas Special LIVE「A.Y.M.X.」』での彼女は、「芸能活動」ではなく「音楽活動」についてのみ語っていた。それなのに芸能活動自体を休止し、オフィシャルサイト、Twitter、Instagramの更新の終了までアナウンスされている。

 突然の潔い空白ほど、人々の脳裏に残るものはない。だからこそ、彼女の歌声を忘れずに、歌手として武藤彩未が復帰する日を待ちたいのだ。武藤彩未を帰還させるために、私たちが唯一できることは「忘れないこと」だけなのだから。(宗像明将)