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広末涼子はいかにして“母親”を演じたか 『はなちゃんのみそ汁』に見る、女優としての現在地

2015年12月21日 10:21  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)2015「はなちゃんのみそ汁」フィルムパートナーズ

 広末涼子を初めて見たのはデビューから間もない、1995年、クレアラシルのCMだった。当時15歳、キラキラした笑顔が印象的な活発で爽やかな女の子というイメージをもった。彼女と同世代にその存在について聞くと、男女ともに「ヒロスエ」とクラスメイトのように親しみを持って呼び、かつ1度は憧れを抱いた人が実に多い。これまでのつくられたアイドル像ではなく、存在そのものがオリジナルの魅力となり「ヒロスエ」は瞬く間に多数のCMやドラマ、映画に起用され、お茶の間の人気者となった。


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 スクリーンデビューは1997年、『20世紀ノスタルジア』で映画製作に魅了されていく女子高生、遠山杏を演じ、日本アカデミー賞をはじめ数々の新人賞を総なめにした。以降、2015年現在に至るまでほぼ毎年、映画作品に出演し続けている。1999年『秘密』では事故で亡くした母の魂を宿しながら生きる娘の杉田藻奈美、同年『鉄道員』では主人公である駅長・佐藤乙松の一人娘の化身である佐藤雪子、2008年『おくりびと』では納棺師小林大悟の妻である小林美香…と出演作品とリンクしながら少女から大人の女性、そして、女優としてもその成長を見せ続けてくれている。


 そして最新作『はなちゃんのみそ汁』では、闘病の末、5歳の娘と夫を残しがんにより33歳の若さでこの世を去った安武千恵という女性を演じた。


 今作は、がん闘病中に千恵が立ち上げたブログ『早寝早起き玄米生活』をもとに夫、安武信吾が2012年に描いた実話エッセイを映画化したものだ。発売直後からベストセラーとなり、多くのメディアに注目され、テレビの情報番組をはじめ、2014年にはテレビドラマ化、2015年には娘である安武はなの作文『ママとの約束』が小学校2年生の道徳の教科書に採用されるなど、社会的現象にまで至った。しかし、世間の注目が集まるということは、さまざまな評価を受けることにもつながる。本作においても想像に難くなく、「がん闘病」、「治療」、「自然食」「子育て」など、さまざまなキーワードを切り口とし、一部では、厳しく評されたこともあった。


 今回、映画化するにあたり阿久根監督は、ブログ『早寝早起き玄米生活』を読み込み、夫の信吾氏と面会を重ねた。がんと隣り合わせで生きた千恵と闘病を支える夫と娘、そしてたどり着いた「ちゃんと作る、ちゃんと食べる」という安武家を支えたモットーのもと、自虐すらいとわず貪欲に笑いを求め、最期まで明るく前向きだった千恵の意志に添うべく、これまでの作品に対する既成概念を払拭した。声楽を学んだ彼女のライフワークでもあった「歌を歌うこと」と、生きている間に娘にどうしても託したかった「みそ汁をつくること」を主軸にし、安武家の去りゆくもの、残されていくものの「約束の物語」として描くことを決心したという。


 そこで、主役の安武千恵役に白羽の矢が立ったのが広末涼子である。その理由として子どもを見る目、子どもにかける言葉に「教え」が感じられそうだったと監督は言う。実生活でも、3児の母親ともある広末は、作品のなかでも、妻として、母として、ごく自然に溶け込んでおり、その佇まいに安心すら感じる。また、闘病中でありながら、ナーバスな感情に支配されることなく、日々を精一杯生き抜く主人公の強さも彼女からひしひしと伝わってくる。


 そんな千恵を支える夫・信吾役を俳優・滝藤賢一が熱演している。監督が実際に会った彼の印象そのままに、子どものように無邪気で屈託のないキャラクターを描き出した。しっかりものの千恵と相反し、ときおりみせる素っ頓狂なしぐさも含めて、滝藤の新境地として見どころのひとつとなっている。


 そして、娘・はな役には1,000人を超える応募者の中から、オーディションを勝ち抜いた、4歳の新人子役・赤松えみなが抜擢された。演技経験ゼロの役者を起用するのは不安より冒険だった反面、その理解力の深さと吸収力の高さに監督いわく「怪獣」と絶賛した。


 今作において、ともすれば「壮絶な人生」と捉えられてしまう安武千恵の生涯を、日常にとけ込ませながら、気負うことなく演じきれたのは、「ヒロスエ」という確固たるキャラクターをもち、等身大の人物を演じ続けてきた彼女だからこそだろう。現在35歳、いましか見ることができない「ヒロスエ」の姿が、ここにある。(内藤裕子)