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『ベテラン』監督が語る、キャストありきのシナリオ術「人間関係から社会問題が浮き上がる」

2015年12月12日 19:11  リアルサウンド

リアルサウンド

リュ・スンワン監督

 韓国での動員数が1300万人を超え、韓国映画史上3位の記録的ヒット作となった映画『ベテラン』が、本日12月12日より公開されている。ベテラン刑事たちと政府さえ動かす巨大財閥の戦いを描いた本作を手がけたのは、『ベルリンファイル』などの作品でも知られるリュ・スンワン監督。ナッツ・リターン事件などで財閥問題への関心が高まっている中で公開されたこともヒットの後押しとなった本作だが、意外にもそのシナリオはキャストありきで書き上げられたものだという。制作の裏側について、ライターの西森路代氏が話を聞いた。(編集部)


参考:なぜ韓国人は『ベテラン』に熱狂したのか? 社会問題をエンタメ化する韓国映画の特性


■「特定の人を想像させないように、攻撃しないようにと心がけていました」


――『ベルリンファイル』の続編を撮るという声も聞かれていた中、『ベテラン』を先に撮ろうと思ったのはどういう心境だったのでしょうか。


リュ:『ベルリンファイル』を作り終えたときには、続編を作る考えはなかったんですね。本当にプロセスが大変だったので。それに、あの映画の終わり方も、あれが美しいと思ってたんですね。でも、『ベテラン』を撮ろうと思ったことの中に、『ベルリンファイル』の影響があったのは確かです。なぜなら、『生き残るための3つの取引』、『ベルリンファイル』と、暗い映画が続いたので、今度は明るい話が撮りたかったんです。それも、観客の応援している主人公が、最終的に勝利する話がいいなと思ったんです。もっと身近に感じられて楽しめる、でも軽いだけではないものを作りたいと思いました。シナリオを書くには、時間はさほどかかりませんでした。


――『ベルリンファイル』では、人物像を先に考えてシナリオを書くと言われてましたが、『ベテラン』はいかがでしたか?


リュ:最近は、人物ありきでシナリオを考えます。今、作業してるのも人物ありきですね。『ベテラン』は、その名の通り、長年やってきたベテラン刑事を登場させたいということから始まり、その人物がどうやって活躍するかではなく、どんな相手と戦うのかをまず考えました。それから、韓国で起こったいくつかの事件を見ていたら、そこには経済権力格差があることを知ったので、それを肉付けするときに入れていきました。最初から、社会問題を入れようとしたのではなく、主人公の属している組織や、人間関係、そこから社会問題が浮き上がるという形になっています。


――見ていて、ナッツリターン騒動を思い浮かべる内容でしたが、それは、意識していたわけではないんですか?


リュ:ナッツリターン騒動は、この映画が完成した後に出てきました。編集も終わって、テスト試写をしようとしていたその日に話題になって。そんなことが起こっていたことは知りませんでした。後になって反響の大きかった理由がわかったんです。


――ナッツリターン騒動以前にも、こういう経済問題がいくつもあったということですか?


リュ:そうですね。これに限らず、韓国では似たような事件がいっぱいあって、韓国に関心のある人ならば、これはあの事件かなと思う話題が出てくると思いますね。でも、作るときは、できるだけたくさんの取材をしたり、資料をあたったりして、特定の事件や、特定の人を想像させないように、攻撃しないようにと心がけていました。


■「最初からなんでも持っている方が、悪の部分が際立つと思った」


――今回、ユ・アインさんが悪役に挑戦されていますが、ユ・アインさんを起用したきっかけは何だったんでしょうか。


リュ:今回のユ・アインさんの役どころは、タブーに踏み込む役で、悪いことばかりしている役でしたよね。そんな役だったので、キャスティングは難航していて、実際に断られたこともあったんですね。それで、険しい道のりだなと思っていた矢先、釜山国際映画祭でユ・アインさんにひさしぶりに会って。映画に関わる人同士って映画祭なんかで会うと、近況を話し合うものなので、それで、『ベテラン』の構想について話したところ、ユ・アインさんが関心を持ってくれたんです。彼は彼で少年のようなイメージを脱皮したいと考えていて、そんな役を探していたところだったようで、お互いの求めるものが合致したんです。私はその時点でも、期待しつつ、受けてもらえる保障はないなと思っていたんですが、シナリオを送ったところ、やってみたいという返事がきたんです。


――チョ・テオという役は、最初から、ユ・アインさんのような年代の、しかも普段は悪役のイメージのない俳優がやることを想定していたんでしょうか?


リュ:最初から、ハンサムでお金もあって、なんでも持っている。そういう人がやってこその役だと思っていました。その方が、悪の部分が際立つと思っていたので。


――今回の主演のファン・ジョンミンさんと、ユ・アインさん、ふたりの役作りはいかがでしたか。


リュ:ファン・ジョンミンさんに関しては、シナリオを書いてる時点からあてがきをしていたので、ソ・ドチョル=ファン・ジョンミンだったんですね。だから、役作りは簡単だったと思います。反対に、チョ・テオは、ユ・アインさんがキャスティングされてから徐々に変わっていきました。というのも、ユ・アインさんは、悪役をしたこともないし、私も一緒に仕事をしたこともない。それに、高いスーツを着る役を演じたこともなかったんですね。つまり、貧しい青年の役が多かったんです。だから、チョ・テオをユ・アインさんの中に引き込むのではなく、ユ・アインさんをテオに引き寄せようと思いました。そんな風にしてユ・アインさんが完成させてくれたと思います。


――リュ・スンワンの映画では、長きにわたってチョン・ドゥホンさんが武術監督をしていますが、監督とドゥホン監督は、どういう連携で作業をされているんですか?


リュ:ドゥホン監督とは十数年に渡って仕事をしてきて、ある程度パターンはできているんです。まず、台本を書く前から作業は始まります。「今度の映画はこんな人物が出てきて、こんな展開になると思うよ」と、ドゥホンさんに伝えると、それを彼がしっかり受け止めてくれるんですね。映画のシナリオの初稿ができるとまた送ります。そこでも、彼なりに、人物やストーリー展開をモニターして意見いってくれて、アイデアをくれます。そんな風にして実際に作業をスタートさせても、引き続きやりとりを繰り返して、それをシナリオに取り入れる。出資やキャスティングが決まる前から、アクションチームがスタイルをある程度作ってくれているんです。


 そして、キャスティングも決まり、次の準備段階に入ると、アクションのスタイルをスタントマンと一緒に見せてくれます。そこで私もまた注文していきます。映画の枠組みができて、俳優さんが練習の段階になると、ロケハンをします。アクションにとって、空間というのは非常に大切なものですからね。アクションのスタッフ、美術スタッフと会議して、どんなふうにアクションの空間を作っていくかを、また会議を重ねる。そうやっていろんなものが決まって、俳優の練習のプロセスに入っていくと、俳優さんも自分たちの意見があるので、彼らの意見を聞くことになります。


 俳優さんの準備が整うと、ドゥホンさんが、デジタルコンテを作ってくれて、そこでも私は要求を出して、修正をしていきます。そのあとは、撮影チームと美術チームで、アクションスクールにいき、その場所で、実際の撮影と同じような空間を作るんですね。限りなく本番に近い仮のセットを作り、そこで撮影をして、編集もする。その映像を見て、俳優もスタッフも、こんなアクションになるんだなと認識します。


 そんないくつもの過程を経て、いよいよ現場での本番です。でも、さんざん準備してきたのに、それをとっぱらって、修正することもあるので、アクションチームは、私と仕事をするのは、本当に大変だと思ってるでしょうね……。(西森路代)