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障害者施設の「虐待」を告発した職員が賠償請求されたーー「通報者保護」の仕組みは?

2015年12月12日 08:21  弁護士ドットコム

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障害者の就労支援施設で虐待の疑いがあるとして、自治体に通報した職員が、施設側から損害賠償を求められるケースが埼玉県と鹿児島県で起きていると、共同通信が11月下旬に報じた。


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報道によると、さいたま市の就労支援施設につとめていた女性は、上司の男性職員が知的障害のある利用者の裸の写真を撮影するなどの行為をしていたため、市に通報した。市が監査に入り、虐待があったことを認定し、改善勧告を出した。



ところが女性はその後、施設の運営主体であるNPO法人から、約670万円の損害賠償を求める内容証明郵便を受け取った。施設側は「女性はテレビ取材に対して『他にも虐待があった』と虚偽の説明をした」「業務受託の予定が取り消されて被害を受けた」と主張しているという。



鹿児島市でも同じように、市に通報した男性が損害賠償を求められる事例が起きているという。障害者虐待防止法では、虐待の疑いを発見した人は、市町村に通報する義務があると定められている。職員は法律にしたがって通報したのに、どうして損害賠償を請求されることになるのだろうか。通報者を保護する制度はないのだろうか。平野由梨弁護士に聞いた。



●正当な通報ならば保護される


「今回のような損害賠償請求は、施設側からすれば、職員に事実に反する通報をされたことで『虐待が発生した施設』と知れわたった結果、予定していた仕事がなくなり、損害が発生したという理由でしょう」



通報した人に対する損害賠償請求は、認められるのだろうか。



「虚偽または過失による通報でなければ、通報者への損害賠償請求は認められません。



たしかに施設側が、適切に事実確認をしたうえで、虚偽の通報と認識していれば、責任追及をするのはやむを得ません。



しかし、本当は虚偽の通報でないけれども、通報されたこと自体への報復として損害賠償請求をしているのだとすれば、法の趣旨に反する対応といえます」



通報者を保護する仕組みはないのだろうか。



「法律上、施設職員による虐待を発見した人は、通報しなければならないとされています(障害者虐待防止法16条1条)。特に、同じ施設の職員は、虐待の事実を把握しやすいため、障害者保護の観点から、通報を期待されます。



そのため、職員が施設内の情報を外部に出すことになる通報をしても、通報自体に嘘や過失がなければ、刑法上の秘密漏示罪や法律上の守秘義務違反に問われないものとすべきとされています(同条3項)。



また、施設職員が正当な通報をしたことをもって、解雇その他の不利益な取り扱い(降格や減給など)を受けないものとされています(同条4項)。



通報を受けた市町村の職員や、市町村から報告を受けた職員には、通報者を特定させる事項の漏洩禁止義務を課されており、通報者を保護しています(同法18条)」



●「保護制度があることを広く知らしめる必要がある」


「さらに、『公益通報者保護法』によっても、通報者は守られています。正当な目的、相当な理由に基づき、被害の発生拡大を防止するために必要な通報であれば、通報者が職場で不利益に扱われることは禁止されています。解雇をされても、その解雇は無効となります」



今回のような損害賠償請求が増えれば、通報する人がいなくなりそうな気もするが・・・。



「一般的に、合理的な根拠によって、虐待が行われたと認識し通報をした場合、通報をしたことによって施設に損害が発生しても、責任を追及されません。



しかし、施設側に通報した事実が知れると、紛争に巻き込まれたり,不利益な対応を受ける危険性があるという意味では、事実上の不利益を被ることになります。



通報しようとする人に、漠然とした危険を抱かせることのないよう、さきほど述べたような保護制度があることを広く知らしめる必要があります。



また、いくら保護制度があるからといっても、施設側が一方的な不満を抱いて、通報者に損害賠償請求をしたり、通報者である施設職員を職場で不当に扱う場合、それ自体で通報者には相当な負担となります。



通報を受けた市町村としては、通報者が誰であるかだけでなく、通報があったこと自体を知られないように対応することが必要となります」



平野弁護士はこのように述べていた。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
平野 由梨(ひらの・ゆり)弁護士
藍法律事務所所長弁護士。愛知県弁護士会高齢者・障害者総合支援センター運営委員会委員。名古屋市障害者・高齢者権利擁護センター事業運営委員会委員。

事務所名:藍法律事務所
事務所URL:http://www.ai-law.jp