トップへ

ウォシャウスキー姉弟の新境地! Netflixドラマ『センス8』が伝えるメッセージとは何か

2015年12月10日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(C) Netflix. All Rights Reserved.

 映画『マトリックス』シリーズなどで知られるウォシャウスキー姉弟の最新作『センス8』は、配信サイトNetflixだけで観られるオリジナルドラマ。本作で繰り広げられる、頻繁にシーンが切りかわる目まぐるしい展開はスリリングだし、世界各地でロケを敢行した映像は臨場感に満ちている。随所で披露されるアクション・シーンも迫力たっぷりだ。いまも配信中のシーズン1は好評だったようで、すでにシーズン2の制作も決定しているが、そんな『センス8』の魅力を掘りさげていきたい。


参考:女性ヒーローが成立する条件とは何か? マーベルと『ジェシカ・ジョーンズ』の挑戦


 ストーリーは、世界各地に住む面識のない8人が、思考や感覚を共有できるようになったことで、謎の組織BPOに追われるというもの。ウォシャウスキー姉弟といえば、『マトリックス』シリーズをはじめ、『クラウドアトラス』や『ジュピター』など、ド派手なCGを用いた非現実的なSF作品のイメージが強い。しかし『センス8』は、SF要素がありつつも、現代に寄り添った設定が際立つ。メインキャラの8人は、職業上の技術や知識はあれど、サイコキネシスや透視みたいな、超能力を持っているわけではない。言ってしまえば、思考や感覚を共有できるところ以外は平凡なのだ。また、綿密に伏線を仕掛け、ストーリーに緊張感をもたらす手法は、SFよりもサスペンス作品と言ったほうがしっくりくる。世界各地を跨いだストーリー展開は、さまざまな時代が舞台となる『クラウドアトラス』を想起させるが、時空を越える大仰な『クラウドアトラス』とは違い、『センス8』では“現実的な日常”に根ざした世界観を描いている。


 こうした世界観が思いださせるのは、ウォシャウスキー姉弟が1996年に発表し、ふたりの初監督作品にあたる映画『バウンド』だ。『バウンド』は、レズビアンの泥棒コーキーと、マフィアの恋人を持つヴァイオレットというふたりの女性が主人公のフィルム・ノワール。多くの伏線と謎を仕掛け、それらを上手く活かす手法は、『センス8』を連想させる。また、計算しつくされたスタイリッシュなカメラワークも素晴らしく、映像美という点でも見どころがたくさんある映画だ。ウォシャウスキー姉弟のルーツと言える作品なので、興味があればぜひ観てほしい。


 人種やアイデンティティーが多種多様な8人のメインキャラクターも、『センス8』を楽しむうえでは見逃せないポイントだ。たとえば、かつてハッカーだったという過去を持つノミ。ジェイミー・クレイトン演じるノミはトランスジェンダーの女性で、アニマタという女性と恋人関係にある。そして、ミゲル・アンヘル・シルベストレ演じるリトはゲイで、エルナンドというボーイフレンドと同居中。このような人物設定のキャラクターたちが織りなすストーリーには、差別、貧困、宗教、ジェンダーなど、多くのテーマが込められている。これらのテーマは、現時点では〝匂わせる〟程度の表現でしかないが、これからシリーズを重ねるごとに、より深い表現になっていくはずだ。


 そして、『センス8』の興味深い点は、トランスジェンダーや同性愛者を“特別な人”として描いていないところ。たとえば、トランスジェンダーという属性によってノミの人間性を形作る描写がなく、劇中でもノミがトランスジェンダーであることを気にする人はいない。これまでにも、2005年の『トランスアメリカ』や、2012年の『チョコレートドーナツ』など、トランスジェンダーや同性愛者がメインの作品はたくさんあった。しかし、これらの作品群は、トランスジェンダーや同性愛者であることがストーリーの根本を成していた。一方で『センス8』は、そうした要素はあくまでも〝一要素〟だ。この公正さは、『センス8』が持つ魅力のひとつだと言っていい。


 物語の中では、世界各地に住む8人が繋がりを深めていく描写も丁寧に描かれている。最初は面識もなく、思考や感覚を共有できることに戸惑うばかりの8人が、さまざまな困難を乗り越えるたびに絆を強くしていくさまは、非常にドラマチックで感動的。このあたりは、優れたエンターテイメント作品を作りつづけてきたウォシャウスキー姉弟だけあって、抜かりなし。いわば、いろいろ考えながら楽しむも良し、娯楽性が高い作品として肩肘張らずに楽しむも良しというわけだ。


 そうしたエンタメ性の象徴であるアクションも秀逸で、とりわけ、ペ・ドゥナ演じるサンの格闘シーンは絶品もの。サンは、一家で経営する投資会社の副社長でありながら、地下格闘技の世界で戦うファイターという顔も持つ女性である。その強さは、メインキャラクター8人の中で最強と言っていい。特に注目してほしいのは、エピソード12「引き返せば未来は変わる」での大立ちまわり。大人数を相手に、ひとりで敵をなぎ倒していくさまは本当に痛快だ。そこで見せるペ・ドゥナの表情も、うっとりするほどカッコ良く、その姿はまさにクール・ビューティーを体現している。


 なぜ、このような作品を、ウォシャウスキー姉弟は作ったのか? まだ完結しておらず、答えを示すのは難しい。とはいえ、「これなんじゃないか?」というヒントはすでに劇中で示されている。ひとつは、エピソード6で登場するセックス・シーン。このシーンでは、思考や感覚を共有できるという設定を活かし、メインキャラクターのほとんどが交わってセックスをする。まるで、人種やアイデンティティーを越えて愛しあうことを言祝ぐかのように。


 さらには、エピソード4で使われている、4・ノン・ブロンズの「What's Up」という曲。4・ノン・ブロンズは、1989年から1994年まで活動していたアメリカのバンド。「What's Up」はバンドにとって最大の、そして唯一のヒット曲。バンドのフロント・マンはリンダ・ペリーという女性で、「What's Up」をリリースする前にレズビアンであることを告白している。こうした背景を踏まえて、歌詞の一節を読んでみてほしい。


〈私には分かっていたの この世の中は男がコントロールしてる(中略)私は耐える 必死で闘っている いつもいつも必死に この慣習と闘ってる〉 (引用元:エピソード4の字幕より抜粋。4 Non Blondes/What's Up.)


 「What's Up」は、社会的抑圧と戦う者の歌だ。そうした歌が象徴的に用いられたことは、『センス8』を深く理解するうえで重要なヒントになると思う。


 『センス8』シーズン1の最終話は、船の上にメインキャラクターが勢揃いして幕を閉じる。もちろん、謎は多く残っている。8人の物語もまだまだ続くだろう。だが、確実に言えることがある。それは『センス8』が、土地、人種、言語、思想、性的指向などの違いを超越して、人と人が繋がることについて描いた作品だということ。そして、この繋がりこそが希望なのだということ。そんなメッセージを、ウォシャウスキー姉弟は『センス8』で伝えようとしている。(近藤真弥)