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『映画 ハイ☆スピード!』はなぜ“前日談”を描いたのか 京都アニメーションの大胆な挑戦

2015年12月07日 07:21  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)2015 おおじこうじ・京都アニメーション/ハイスピード製作委員会

 2015年を振り返ってみると、日本のアニメーションの勢いは一向に衰えを知らない。夏に公開された『ラブライブ! The School Idol Movie』は興行収入28億を超える大ヒットを記録し、今年を象徴する映画となった。また11月最終週の動員ランキングでは『ガールズ&パンツァー劇場版』が2週続けて2位を維持しており、まもなく訪れる年末の大作シーズンに控える東宝配給の『妖怪ウォッチ』と『ちびまる子ちゃん』という大型アニメ映画に、まだまだ伸び盛りの市場規模を持つ深夜アニメの劇場版がどこまで善戦できるか注目したいところである。


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 そんな中で、現在のアニメーション業界で最高のクオリティを提供する京都アニメーションが満を持して発表したのが『映画 ハイ☆スピード! -Free! Starting Days-』なのだ。一昨年の夏、昨年の夏と二期に渡って放送された水泳アニメの前日談を、あえてこんな寒い季節に劇場で流すなんて、かなり無謀な挑戦にも思える。まして、テレビシリーズで監督を務めた内海紘子に代わり、劇場版で監督を務めたのが、あの武本康弘だと知ったときはどんな作品に仕上がるのかということよりも、上映尺が気になって仕方がなかった。何せアニメ映画としては異常とも言える、162分というとんでもない長さで制作された『涼宮ハルヒの消失』の監督であるからだ。結果的に、110分という至って普通の長さの作品に落ち着いており安心したわけだが、それでも近作の一般的なアニメ映画は100分を切る作品が多かっただけに、少し長めの仕上がりであることには変わりない。


 テレビシリーズでは高校時代の主人公たちを描いていたが、今回の映画版で描かれるのはそれよりも4年ほど前に遡った中学時代の物語である。もともと原作のライトノベルでは1巻で小学生時代、2巻で中学生時代を描いていたので、テレビで描かれていたのはその先の物語。メインストーリーである高校時代に、小学生の頃の回想を織り交ぜていたものの、中学時代についてはまったく触れられてこなかっただけに、今回の映画は原作を読んでいるファンからしてみれば待望のアニメ化なのである。そして何より、まだテレビシリーズを観ていない人でも、ある程度のキャラクターを把握しておけば、ここから入ることが可能な親切設計なのである。


 新規でも入れると今言ったばかりではあるが、やはりテレビシリーズを観てから観るに越したことはない。中学に入学した遙と真琴が通学路を歩く序盤のシーンで象徴的に描かれる桜の花を見ると、1期2期と続いて登場した桜の花びらが浮かぶプールを想起させるし、テレビシリーズでメインの登場人物だったキャラクターのカメオ出演のようなさりげない登場の仕方にはやはり高揚してしまうのである。


 そして何と言っても、このアニメの見どころとなるのはクライマックスで登場するメドレーリレーのシークエンスであり、それを含めた一連のプールでのシーンである。綿密に計算された水の波紋の美しさや、実際の水泳の大会では見ることのできない、泳者に迫ったアングルは、アニメーションでしか実現できない可能性を感じることができる。また、2期のときには頻繁に泳者の主観による幻影のヴィジョンが描き出され、いかにもドラマチックな演出がなされていた。それももちろん悪い描き方ではないが、映画版では1期のときの競泳シーンを彷彿とさせる、あっという間に泳ぎ終わる、現実的な時間描写が、学生時代特有の刹那性を忠実に切り取っているのである。


 また、メインプロットとして描かれる、主人公・遙と真琴の物語は、2期で将来への展望に悩む彼らの姿に繋がるものがある一方で、サブプロットとして描かれる、郁弥と夏也の兄弟の物語や、病と向き合う旭や尚の物語は、テレビシリーズでは描ききれなかった重みを備えており、劇場版としての規模に華を添えているのである。深夜アニメの劇場版となると、本当に映画というフィールドで扱うべき題材かと疑問を感じてしまうものが少なからずある中で、続編ではなく前日談を選択し、かつ原作をアニメ化するという選択に挑んだ本作は、京都アニメーションの素晴らしい技術力も相まって、まさに映画館で観るに相応しい作品に仕上がっているのだ。


 京都アニメーションは今年の春に総集編と新編の前後編構成で発表した『劇場版 境界の彼方 –I’LL BE HERE-』に続いて、これが今年3本目の映画作品であり、通算では8作目の映画となるわけだ。そのどれもが映画館のスクリーンという大画面に耐えうる安定したクオリティを誇り、中でも昨年公開した『たまこラブストーリー』のような歴史的な名作アニメを作り出した実績があるだけに、来年4月に公開が決まった『劇場版 響け!ユーフォニアム ~北宇治高校吹奏楽部へようこそ~』や、大今良時の人気漫画『聲の形』への期待も高まり続ける。この勢いに乗せて、そろそろ『氷菓』の劇場版が制作されることを願いたい、と思うばかりである。(久保田和馬)