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黒川芽以、なぜ男たちを惹きつける? 『愛を語れば変態ですか』で見せたミステリアスな色気

2015年12月05日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2015 松竹

 現在公開中の映画『愛を語れば変態ですか』。主演は黒川芽以。彼女のことを強く意識するようになったのは、銀杏BOYZの峯田和伸が主演した映画『ボーイズ・オン・ザ・ラン』(監督:三浦大輔/2010年)を観てからだ。花沢健吾による原作漫画の時点で、多くの男たちに衝撃と戦慄を与えていた(アンチ)ヒロイン……主人公の純情を弄ぶ、一見純粋無垢な魔性の女・植村ちはるを演じていたのが彼女だった。決して派手では無いものの、男性を惹きつけてやまない魅力と色気を持った女の子。そんな微妙な役どころを、彼女は実に鮮烈に演じていたのだった。


参考:“内面の声”を描くのが新たなトレンドに? NHKドラマ10『わたしをみつけて』を分析


 その後も、江國香織の小説を映画化した『スイートリトルライズ』(監督:矢崎仁司/2010年)、吉田修一の小説を映画化した『横道世之介』(監督:沖田修一/2013年)、『ぼくたちの家族』(監督:石井裕也/2014年)など、数々の名作・秀作に出演していた黒川芽以。しかし、そのいずれもが、「あ、この女優さんは……」と気づいた途端に登場しなくなる、そんな役どころが多かった。正直、物足りないというか、率直にもっと長い時間、観たいと思った。なので、名カメラマン、たむらまさきの初監督作『ドライブイン蒲生』(2014年)の主演に、染谷将太と並んで彼女が起用されたときは思わず快哉を叫んだし、意気揚々と劇場に駆けつけた。そこで彼女が演じていた、茶髪の元ヤン、夫のDVを受けて、幼い娘ともども弟(染谷)の住む実家に出戻って来た姉という役どころは、かなり衝撃的ではあったものの、これはこれで相当グッと来た。


 そして、2015年。空前の黒川芽以ラッシュがやって来た。『きみはいい子』(監督:呉美保)、『忍者狩り』(監督:千葉誠治)、『かぐらめ』(監督:奥秋泰男)、さらには東京国際映画祭で来年公開予定の映画『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(監督:中川龍太郎)が披露されるなど、彼女の出演作が立て続けに上映された今年。その最後を飾るのが、この映画『愛を語れば変態ですか』という次第である。なんという鮮烈なタイトル。そして、なんという役どころ。聞くところによると、彼女に翻弄される5人の男たちの話であるというではないか。劇団ピチチ5を主宰し、数々の作品によって“演劇界の鬼才”と呼ばれている演出家・福原充則が、自身の戯曲「キング・オブ・心中」をベースに書き上げ、念願の監督デビュー作として撮り上げた本作。「黒川さんは、男女の関係の中に妙なドロドロとポップさを持ったまま、ギリギリ清潔感を持って演じるのが得意な人だとずっと思っていました」とは監督の弁。うむ、これは期待できそうだ。


 映画の舞台となるのは、一軒家を改造したおしゃれなカレーショップ。妻・あさこ(黒川芽以)と過ごす時間を増やすため、夫・治(野間口徹)が脱サラして始めようとしている店だ。そのオープンを翌日に控え、手伝いに来てくれた夫の後輩・ボン(川合正悟/Wエンジン チャンカワイ)ともども、仲睦まじく準備にいそしむ治とあさこ。そこに、覚悟を決めた男たちが、次々とやって来る。まずは、バイト志望のフリーター・西村(今野浩喜/キングオブコメディ)。続いて、あさこの元浮気相手(!)で現ストーカーの釣川(栩原楽人)。さらには、この物件を紹介した不動産屋であり、どう見てもヤクザ……しかも、あさことただならぬ関係であることを匂わせる望月(永島敏行)。他人の話を聞かず、それぞれの思いをぶちまける彼らの訪問によって、店の準備は頓挫。治とあさこの夫婦関係もグラグラと揺らぎ始め……という、ある種のシチュエーション・コメディだ。


 一見、地味で大人しそうに見えた妻・あさこが、男たちの訪問によって次第に魅力を増してゆくその様は見事だ。束ねていた髪をほどき、エプロンを外し、身体のラインが出る薄手のワンピース姿を露わにするあさこは、無言のまま、目で男たちと会話する。しかし、あさこを必死で奪い合う男たちの空疎な会話の応酬は、やがて彼女を幻滅させる。挙句の果てには、同じ女性を愛した男同士、奇妙な連帯感を持ち始めるし。あさこは思う。お前らの言ってる“愛”とは、いったい何なのか。“愛”の本質は、所有なんかじゃない。浮気と言えば確かに浮気だが、その瞬間に燃え盛った情熱は、決して嘘じゃない。というか、そんな情熱のほとばしりこそが、目の前の風景を一変させてしまう体験こそが、“愛”の本質ではないのか。かくして、覚醒したあさこの暴走がスタートする。「今のご時世、愛を語れば変態ですか?」。


 とまあ、テーマ自体は非常に面白いし、“オタサーの姫”ではないけれど、さえない男たちを一歩前へと踏み出させてしまう色香をまとった「あさこ」という人物は、まさしく彼女の得意とするところであり、その意味で個人的な満足度は高かった。しかし、たとえ唇を重ねようとも、決してその内面を見透かすことのできないミステリアスな存在だった彼女が覚醒し、主体的な意思を持って行動し始めてからの展開は、正直かなり面食らった。もちろん、その荒唐無稽な面白さこそが、この監督の醍醐味なのだろうし、痴情のもつれがいつの間にか宇宙規模のスケールへと飛躍してゆくこのシュールな展開こそ、この監督が“演劇界の鬼才”と呼ばれるゆえんなのだろう。劇中の男たちは言うまでもなく、それを観ている我々すら、最終的にはただ呆然と見守るしかない、天衣無縫な奔放さを垣間見せる女優、黒川芽以。やはりこれは、気にならずにはいられない。(麦倉正樹)