2015年12月03日 11:41 弁護士ドットコム
1995年に起きたオウム真理教による東京都庁小包爆破事件で、殺人未遂ほう助などの罪に問われた元信者、菊地直子さん(43)の控訴審判決が11月27日、東京高裁であった。大島隆明裁判長は「犯行を助ける認識があったとするには、合理的な疑問が残る」と述べて、懲役5年の1審判決を破棄して、逆転無罪を言い渡した。
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この事件は、東京都庁で郵便物が爆発し、職員が大ケガをした。菊地さんは事件前に爆薬の原料の薬品を教団元幹部のもとに運んだとして、殺人未遂ほう助罪に問われていた。一審の東京地裁は、菊地さんが「人の殺傷に使われる危険性を認識していた」と判断。殺人未遂のほう助罪が成立するとして、懲役5年の判決を下していた。
菊地さんは薬品を運んだこと自体は認めながらも、「人の殺傷につながる認識はなかった」と無罪を主張していた。今回の逆転無罪判決について、刑事事件にくわしい萩原猛弁護士にポイントを聞いた。
「菊地さんが罪に問われた『ほう助』とは、実行犯の犯罪行為を物理的または心理的に容易にする行為です」
萩原弁護士はこう切り出した。どんな場合に、殺人未遂のほう助罪になるのだろうか。
「『ほう助』が成立するためには、ほう助犯が、客観的に犯罪の実行を容易にする行為を行ったというだけではなく、実行犯の行為が犯罪行為であることを『認識』している必要があります。
つまり、実行犯が殺人行為を行うことを認識したうえで、実行犯の殺人行為を容易にする行為を行った場合に、初めて殺人罪の『ほう助』が成立します。
実行犯が殺人行為に着手したけど、殺害の結果が生じなかったとき、実行犯は殺人未遂となります。そして、殺人行為を容易にする行為を行った人は、殺人未遂ほう助罪になるのです」
今回の事件では、どうだったのだろうか。
「菊地さんが『教団内で化学物質の生成などに関わり、中川死刑囚の指示で、爆発物や毒ガスの原料になる薬品を運んだ』という点、つまり、客観的に殺人未遂行為を容易にする行為を行ったという点については、検察側・弁護側の双方に争いがなかったようです。東京高裁もそれを認めています。
争いがあったのは、実行犯であるオウム教団幹部の井上嘉浩死刑囚らが殺人行為を行うということについて、菊地さんが認識していたのか否かという点です。この点について、東京地裁は『認識があった』としました。
一方で、東京高裁は、菊地さんの教団内の地位や、組織犯罪における各関与者の具体的役割と指揮命令の内容、オウムによるマインドコントロール下にあった当時の心境、教団幹部の証言についての客観的な分析に基づく信用性評価といった事情を緻密に検討して、彼女の内心に迫り、『認識があったとするには合理的な疑問が残る』と判断しました」
今回の逆転判決を通して、どういうことがいえるのだろうか。
「東京地裁も、菊地さんに『爆発物が作られる』というまでの認識はなかったとして、爆発物取締罰則違反ほう助罪の成立は認めていません。
しかし、そうだとすると、その薬品を用いて教団幹部がどのようにして殺人行為を行うと彼女が認識していたというのか、根本的に疑問が生じます。
爆弾による殺人未遂事件で、『爆発物が作られる』という認識がない人に『殺人未遂ほう助罪を認める』という判断を下すのは、相当無理があったと思わざるを得ません」
今回の一審は、裁判員裁判による判決だった。そのことから、現行の裁判員制度について疑問を呈する意見も見られるが、その点はどう考えたらよいだろうか。
「裁判員制度は、市民だけで判断するわけではなく、裁判官も関与していますから、市民参加自体への批判は当たらないでしょう。一事例の判決内容だけから制度全体の良否を決めつけることもできません。どんな制度でも、完璧な制度はないのですから。
刑事裁判において大切なことは、えん罪者を生まないために、『無罪推定の原則』『疑わしきは罰せずの原則』を遵守することです。
その原則に忠実にしたがって一審判決を審査して、合理的な疑いを発見した今回の東京高裁判決は、控訴審に期待される役割を遺憾なく発揮したものと評価できるでしょう」
萩原弁護士はこのように話していた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
萩原 猛(はぎわら・たけし)弁護士
埼玉県・東京都を中心に、刑事弁護を中心に弁護活動を行う。いっぽうで、交通事故・医療過誤等の人身傷害損害賠償請求事件をはじめ、男女関係・名誉毀損等に起因する慰謝料請求事件や、欠陥住宅訴訟など様々な損害賠償請求事件も扱う。
事務所名:ロード法律事務所
事務所URL:http://www.takehagiwara.jp/