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星野源と山口一郎ーー音楽シーンに風穴を開ける、それぞれのやり方

2015年12月02日 19:21  リアルサウンド

リアルサウンド

星野源『YELLOW DANCER(初回限定盤)』

・傑作『YELLOW DANCER』を生み出した星野源の2015年


 12月2日にリリースされる星野源のニューアルバム『YELLOW DANCER』。端的に言って、このアルバムは「やばい」。本人の資質と時代の流れが合致したポイントのみで作ることができる唯一無二の作品となっている。


 ダフト・パンク「Get Lucky」からファレル・ウィリアムス「Happy」に連なるオーガニックなソウルミュージックの復権、ディアンジェロの復活に代表されるネオソウルの再燃、マーク・ロンソン「Uptown Funk」の爆発的なヒットなど、広義のブラックミュージックが世界中でトレンドとなっている昨今の情勢を追い風にして星野源は『YELLOW DANCER』で自身の内に秘めた「黒い要素」を全面解禁した。「桜の森」における有機的なグルーヴ、マイケル・ジャクソンへのオマージュに溢れた「SUN」、星野源流ネオソウルとも言えそうな「Snow Men」など、既発曲で継続的に行われていた黒人音楽へのアプローチが本作を通じてますます深化を遂げている。


 さらにこの作品の独自性を強めているのが、タイトルにも冠されている「イエロー=黄色い要素」、つまり日本人としての感性の掛け合わせである。単に黒人音楽を真似るのではなく、それを日本で響くポップミュージックとして落とし込むということ。古くは久保田利伸やDreams Come Trueが行ってきたこの取り組みは、言ってみれば「J-POPの歴史そのもの」と言い換えることができる。星野源自身がインタビューで彼らの名前を挙げていたが、本作収録の「Week End」で展開されるキラキラしたムードにはそんなJ-POPの歴史を鮮やかに更新するような魅力がある。加えて、「J-POP的な日本らしさ」のみならず、日本人の根源にある郷愁に訴えかける「ミスユー」のような楽曲までもがナチュラルに併存している。


 その他にもシュガーベイブの同名曲との関係を深読みしたくなる「Down Town」やエンドロールのように響く「Friend Ship」など『YELLOW DANCER』というアルバムの魅力はまだまだ語りつくせないが、ここではこの作品を生み出す過程において星野源という音楽家が並行して何をしていたのかに着目したい。


 2015年4月から9月にかけて、NHKのコント番組「LIFE!~人生に捧げるコント~」にレギュラー出演。8月に関ジャニ∞の番組「関ジャム∞完全燃Show」で同世代でもある関ジャニ∞のメンバーと共演。10月からはTBSの連続ドラマ「コウノドリ」に綾野剛とともに出演。それに付随して、「オールスター感謝祭」「A-studio」「新チューボーですよ!」「ゴロウ・デラックス」「王様のブランチ」といったTBSのバラエティ番組に大挙出演。


 『YELLOW DANCER』は、「コウノドリ」の収録の合間を縫ってレコーディングが進められていたことが明かされている。今年の星野源は、時代を代表するようなアルバムを作る傍らで「テレビスター」としても輝きを見せていた。ミュージシャンとしてだけでなく俳優や文筆家としてもすでに評価を得ているにもかかわらず今度は「芸能」の世界で爪痕を残そうとしている貪欲さには圧倒されるが、クレージーキャッツをリスペクトする彼にとってこの動きは当然のことかのかもしれない。「ミュージシャンとしての才能を見せつけながらテレビではたびたびおどけた姿を見せる」という観点においては桑田佳祐の姿とも重なるような気もする。


・アジテーターとしての役割を引き受け始めた山口一郎


 クレージーキャッツのハナ肇には「ドリフターズのメンバーの芸名をつけた」という逸話があるが、日本のお笑いにおける歴史的な存在であるドリフターズを意外な形で引用したのがサカナクションである。「新宝島」のPVはテレビ番組「ドリフ大爆笑」のオープニングのオマージュとなっており、先日出演した「ミュージックステーション」においても同様の演出を披露して話題となった。


 久々のシングル曲となる「新宝島」は映画「バクマン。」の主題歌であり、そんなビッグタイアップにふさわしい「これぞサカナクション」という楽曲となっている。ロックでもありダンスミュージックでもあるトラックにオリエンタルなメロディが乗ったこの曲は、まさに彼らが支持を獲得してきた源泉をストレートに表現したものと言える。


 一方で、サカナクションの中心人物である山口一郎はここ最近において「サカナクションらしさ」にとどまらない(もしくは「サカナクションらしさ」という概念を拡張するような)取り組みを定期的に行っている。最も象徴的な動きが、レーベル<NF Records>の設立とイベント『NF』の立ち上げ。『NF』にはライブ演出を手掛けるRhizomatiksの真鍋大度や「パリコレクション」の音楽を一緒に制作したAOKItakamasaなどを招聘し、新しい音楽の楽しみ方を伝えようとしている。


 これまでも山口は自身のラジオ番組でリスナーの音楽に関する意識を啓蒙するようなことを行ってきており、『NF』はそれらをより立体化させたものとも言えるかもしれない。そのような新たなアクションを起こす中で、自身の発言もより尖ったものになってきている。


「どんどん美しい音楽がアナーキーな存在になっていっている。そういう美しいものがアナーキーになっていくことって文化の衰退につながっていく気がするんです。で、それをなんとか救い上げなきゃいけないのがメディア側のハズなのに、メディア側からはそういう気配が見えなくて」(2015/10/29 Spincoaster「山口一郎(サカナクション)から見る、2015年の音楽と音楽のこれから」http://spincoaster.com/interview_yamaguchi_ichiro_1)


「もっと音楽のことを知ってもらいたいし、音楽の遊び方を増やしたいし、未来の音楽に嫉妬したいんですよ。このままだと自分も音楽から離れていっちゃうんで。そうじゃなくて、音楽の名のもとにいろんなカルチャーが集まってくるっていう現象をもう1回取り戻したい」(MUSICA2015年8月号)


 時代に警鐘を鳴らし、その先のあるべき姿を提示しようとする発言の数々には、優れた音楽家であると同時に時代の先を見通すビジョナリーとしての資質を持った彼が発するからこその迫力がある。単に思ったことを言うだけではない、より多くの人を先導していこうというエネルギーが今の山口一郎にはみなぎっているように思える。


・異なるルートで音楽業界に揺さぶりをかける


「星野さんが帰ってきたら、一緒に曲を書きたい」


2012年に星野源がくも膜下出血により休養を余儀なくされた際、山口一郎はこんなツイートでエールを送った(https://twitter.com/SAKANAICHIRO/status/282370656648179712)。この2人の良好な関係は、今や多くの人に知られるところとなっている(先日のサカナクションの武道館公演にも星野源から花が届けられていた)。彼らのユースト番組『サケノサカナ』が始まったのは2011年3月。その頃にはどちらかというと「若い音楽好きに人気のミュージシャン」というポジションだった星野源と山口一郎は、今やそれぞれが「音楽シーンのど真ん中で、新たな価値観を提示するアーティスト」となった。


 ともに既存の音楽業界に揺さぶりをかける存在でありながら、2人のアプローチは大きく異なる。強いメッセージをはっきり放って現状を変革しようとする山口に対して、星野は無邪気なふりをして従来の体制の懐に飛びこみつつ刺激的なアウトプットをさりげなく広めていく。世の中への具体的な対峙の仕方においても、ツイッターでダイレクトに問題提起をする山口とSNSから比較的距離をとっている星野の姿勢は非常に対照的に見える。


 物事の状況が大きく変わるときというのは、同じ思いを持った人たちが様々な方向から動き出すときである。星野源と山口一郎、音楽の中身も活動のスタンスも違うが、「世の中における音楽という娯楽の存在をより良いものにしたい」という想いは双方に共通するはず。「外と内」「柔と剛」といった趣のこの2人の両面作戦が、景気の悪い話の先行しがちな今の音楽シーンに風穴を開ける痛快な瞬間を楽しみに待ちたい。(レジー)