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フジテレビ×Netflix『アンダーウェア』は受け入れられるか? 脚本家・安達奈緒子の作家性から検証

2015年11月27日 10:56  リアルサウンド

リアルサウンド

金曜プレミアム『アンダーウェア』(C)フジテレビ

 動画配信サービスNetflixでシーズン1(全13話)が配信されている『アンダーウェア』は下着業界を舞台にした職業ドラマだ。現在はフジテレビの「金曜プレミアム」枠でも、全4回の特別編集版が放送されている。こういった試みができるのは、制作著作がフジテレビで配信がNetflixだからだ。このようなネット配信と民放地上波を横断する試みは今後もどんどん増えていくだろう。


参考:「クリエイターはより自由に表現できる」西田宗千佳が語る、Netflixと配信コンテンツの可能性


 舞台は高級下着メーカー「emotion」。創業25年にして日本のランジェリー業界をけん引するカリスマ的なデザイナー兼社長の南上マユミ(大地真央)が取り仕切るオーダーメイド専門の「emotion」には、少数精鋭だが、クセのある有能な社員が集まっている。そこに地方出身の時田繭子(桐谷美怜)が就職してくる。実家が蚕から絹糸を作る工場をやっていて繊維に対して深い愛情と知識のある繭子は、繊維開発の段階から下着を作る会社だと勘違いして「emotion」に入社したのだが、ファッションに対しては無頓着。地味なスーツで出社した繭子は南上社長に、初日から「ダサい」と批判されてしまう。


 物語は、下着のデザインの美しさにこだわる南条社長と、素材の機能性にしか興味がない繭子とのやりとりを入口にして、下着とは何か? 装うとは何か? 会社にとってお客さんとはどういった存在なのか? といったテーマを丁寧に見せながら、下着のデザインと販売を通して、自分たちの作品を作って、商品として売っていくことの困難とすばらしさを描いている。同時にファッション業界が舞台のために、登場人物の服装はオシャレで華やか。はじめは容姿に無頓着だった眉子の服装がオシャレにかわっていく姿を通して彼女の成長を描いた、哲学的かつエレガントな職業ドラマである。


 脚本を担当する安達奈緒子は、2011年に『大切なことはすべて君が教えてくれた』で連続ドラマデビューを果たした脚本家。その後、IT業界の内幕劇と恋愛ドラマを絡めた『リッチマン、プアウーマン』(以下『リチプア』)で高い評価を受けた。どちらもフジテレビの月9(月曜夜9時枠)で放送されていたドラマだが、『リチプア』が画期的だったのは、恋と仕事を華やかな世界観で描いてきたトレンディドラマが世相の変化によって描けなくなっていた「恋と仕事」の物語を、インターネット普及以降の物語として見事に復活させたことだ。『リチプア』の姿勢は、本作『アンダーウェア』にも引き継がれている。


 安達奈緒子は、2010年代に登場したドラマ脚本家の中で、もっと重要な作家だ。と言っても、よほどのドラマファン以外はピンとこないかもしれない。残念ながら現時点では『リチプア』以外はヒット作に恵まれず、正当な評価を受けているとは言い難い。だが、安達のドラマには、どの作品にも新しい視点と、物語のテーマに対して貪欲かつ容赦なく踏み込んでいく姿勢がある。それこそ、南条社長のようなこだわりが彼女の作品には常に存在する。それは時に怖いくらい真摯で、安達の作品を見ていると、「作り手の都合でテーマをごまかすことが本当に嫌いなのだろう」と、感じる。だから彼女の作品はポップであると同時に、いつも息苦しい緊張感がある。


 いつの時代でも、一世を風靡する作家は自分の信念に忠実で、物語上のサービスをすることはあっても、決して自分の心情には嘘をつかないものだ。本音を言うと、こういう人だけを作家と呼びたいと思っているのだが、安達の厳しさは、気軽にドラマを見たいと思っている多くの視聴者にとっては中々、受け入れがたいものなのだろう。特に今の民放地上波のドラマには作り手にも視聴者にも心理的な余裕がないため、不快な場面になるとすぐに拒絶してしまう。受け手を信用して、物語の深度をどんどん高めていく安達のシナリオは中々受け入れてもらえない。


 しかし、まだ黎明期にあるNetflixにおいては、安達の作家性はむしろ歓迎されるものとなるのかもしれない。まだ少数だが、ここには安達のドラマを受け入れてくれる視聴者がいるという確信のもとに本作は作られている。ドラマはチーム制作なので、必ずしも安達だけの作品とは言えないが、少数のお客さんを相手にしたオーダーメイドで作品の質にこだわり続ける「emotion」に、『アンダーウェア』という作品の在り方が投影されていることは間違いないだろう。


 だからこそ、物語中盤からの南条社長の部下が造反して新会社を設立する展開はスリリングである。大規模なマーケティング戦略のもとで南条社長のアイデアを盗んで大量生産の高級下着を売り出すという展開は、『アンダーウェア』を間に挟んだフジテレビ(民放地上波)とNetflix(有料ネット配信)の危うい綱引きが反映されているかのようだ。


 作り手の現状が物語に反映されている作品には、商品としての完成度を超えた気迫と緊張感が宿る。Netflix発の『アンダーウェア』は、まさにそういうドラマである。(成馬零一)