トップへ

『サンローラン』が描く、奇才にとらわれた男の人生ーー鮮烈な描写はなぜ生まれたか?

2015年11月26日 22:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)2014 MANDARIN CINEMA - EUROPACORP - ORANGE STUDIO - ARTE FRANCE CINEMA - SCOPE PICTURES / CAROLE BETHUEL

 21歳の若さでクリスチャン・ディオールの後継デザイナーとして就任し、独自のメゾンを展開、以来2002年に引退するまで「モードの帝王」としてファッション業界に君臨したイヴ・サンローラン。彼を描いた作品は2000年代だけで3作も公開されている。(参考:FASHION-PRESS「イヴ・サンローラン」)


参考:なぜ『オトナ女子』に共感できないのか? 同世代ライターが分析


 1作目は公私ともにパートナーだったピエール・ベルジェにスポットを当て、イヴ・サンローランが築いてきた名声と富と軌跡を綴ったドキュメント『イヴ・サンローラン』、2作目はイヴ・サンローラン財団に全面的にバックアップされたジャリル・レスペール監督の伝記映画『イヴ・サンローラン』、そして今作、ベルトラン・ボネロ監督の『サンローラン』だ。


 イヴ・サンローランの映画と聞いて、「去年観たばかり」と応える人は多いだろう。それもそのはず、2作目、3作目は同時期に製作されているのだ。


 当初、イヴ・サンローランを題材にした映画をつくりたいとプロデューサーから声をかけられていたのは、今作『サンローラン』のベルトラン・ボネロ監督だった。イヴ・サンローランの世界観に共感し、快諾したボネロは、早速構想を練り、製作にとりかかる。しかし、依頼から数ヶ月後、事態は急展開を迎える。なんと、別人が監督に抜擢されたというのだ。その人物こそジャリル・レスペール監督である。イヴ・サンローラン財団からの公認を受け、いわゆる映画製作権を獲得したレスペール監督は、シックで上品なイメージはそのままに伝記的要素が強い『イヴ・サンローラン』を撮った。


 対して、イヴ・サンローラン財団からは一切の支援を受けることなく、製作を続行したベルトラン・ボネロ監督は、色彩、質感、感触にこだわり抜き、35mmフィルムで「見たことのないイヴ・サンローラン」を描くことに成功した。


 見どころのひとつとして挙げられるデザイン制作現場のシーンでは、サンローランの代名詞とも言える1971年の春夏コレクションと、1976年のバレエ・リュスを取り上げ、シルクなど素材は本物を使用し、オートクチュールに至っては全てハンドメイドで一から再現した。結果、時代の最先端のファッションを緻密につくりあげていく緊迫感をよりリアルに演出し、サンローランの優美かつ、こだわり抜いた美意識をそのままに、現代のキラメキをもまとってスクリーンに描き出した。その艶やかさは実に圧巻である。こうしたシーンは支援を受けなかったからこそ生み出されたもので、第40回セザール賞最優秀衣装デザイン賞受賞の獲得にも繋がった。


 さらに、ボネロ監督が最も描きたがったサンローランの派手で退廃的な一面においては、パートナーであるピエール・ベルジュが神秘のベールでひた隠そうとしたであろう、奔放な性愛、日常から逃れるために溺れていったドラッグ、生涯苛まれ続けた精神の病をもあますことなく表現し、ストーリーはより鮮烈かつショッキング、華麗でありながら刹那的な印象を強める。


 これは、イヴ・サンローランを「ファッション界における歴史的人物」ではなく「奇才に囚われたひとりの男」として遠慮なく迫った成果だ。


 「責任感から逃れて若さを味わいたい」「自分に素直にバカなことばかりやってみたい」、かつてサンローランがインタビューで口にしていた願望は、歪んだカタチで果たされることとなる。逃げ道に迷い込み、堕落寸前まで追い込まれる様子からは、もはや世界を席巻した有名デザイナーの片鱗はなく、もろすぎたひとりの青年の物悲しささえ如実にあらわした。


 繊細さと大胆さの両面を持ったサンローランを『ハンニバル・ライジング』で主演を務めたギャスパー・ウリエルが演じる。パートナーのピエール・ベルジェには『ある子供』のジェレニー・レニエが抜擢された。また、サンローランの親友であり、ミューズのルル・ドゥ・ラファレーズには『アデル、ブルーは熱い色』のレア・セドゥ、モデルであり悪友のベティー・カトルにはシャネルやクロエのトップモデルとして活躍するエイメリン・バラデが起用された。


 そして、この作品の核となる人物で、サンローランの隠された本性を危険な魅力で引き出し、堕落の道にいざなう愛人ジャック・ド・バーシャスを『ドリーマーズ』のルイ・ガレルが熱演している。


 華やかなファッションという舞台に立ち続け、富と名声をも手にしたサンローランという男の隠され続けられた真実が、いまここに描かれる。(内藤裕子)