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nameless×とあ、コラボの意義と制作秘話を語り合う「お互いの魅力を引き出せると思った」

2015年11月25日 18:21  リアルサウンド

リアルサウンド

nameless×とあ

 楽曲の世界観によって歌い方や声の表情を変え、豊かな表現力で多くのリスナーを魅了してきた女性ボーカリスト“nameless”と、抜群のポップセンスと鋭く胸に刺さる作詞センスで多くの人気曲を生み出してきたボカロクリエイター“とあ”。ニコニコ動画を中心としたネットの音楽シーンで今もっとも旬なアーティストとも言えるふたりがタッグを組んだオリジナルアルバム『212』が11月25日、リリースされた。相性抜群のコラボレーションが実現した経緯から、書き下ろし楽曲の制作秘話、レコーディングのエピソードまで。ふたりにじっくりと語ってもらった。


・「最初に楽曲を聴いた時から、「わかる!」という強い共感があった」(nameless)


ーーまずはふたりの出会いから聞いていきたいと思います。特にニコ動の音楽リスナーにはうれしいコラボレーションですが、初めてお互いを認識したのは?


nameless:私はとあさんの「ツギハギスタッカート」(2014年6月)を聴いたことですね。聴いた瞬間に「歌いたい!」と思って、すぐに動画をアップしたんです。


とあ:僕もその動画がきっかけですね。聴いた瞬間に“すげー!”と思って。その後も、今回のアルバムにも収録している「ミュージックミュージック」(2014年8月)など他の曲を歌ってくれて、うれしいなと思っていました。


ーー初期の段階で、お互いにどんな印象を持ったのでしょうか。とあさんは抜群のポップセンスがあり、かつ切なく胸に突き刺さるような歌詞が持ち味だと思います。リズム的にも歌いこなすのは難しい楽曲が多いと思いますが、namelessさんはどう感じましたか?


nameless:最初に楽曲を聴いた時から、自分の性格にピッタリ合ったというか、「わかる!」という強い共感があったんです。だから、すごく気持ちよく歌わせていただいて、“難しい”というより“楽しい”という感じでした。


ーーとあさんは今でも“女性疑惑”があるくらい、女性の心情を鋭く描いていますよね。


nameless:私も最初は女性だと思っていたんですよ(笑)。引き出しも豊富で、新曲が上がるのをずっと楽しみにしていました。


ーー一方で、namelessさんは「名無し」と名乗っている通り、曲によってまったく違う表情を見せる歌い手としてリスナーを魅了しています。とあさんは、どんなところに魅力を感じたのでしょうか?


とあ:先ほど「歌いこなすのは難しい」と言っていただいたんですけど、僕の曲は人間が歌うことを前提に作っていない曲が多いんですよ。口ずさみながら作るのではなく、むしろ楽器を使ってメロディを作るようなイメージで。「歌いづらいだろうに、みんなよく歌ってくれるなあ」と思っていて。namelessさんもキーも変えずに、めちゃくちゃ歌いこなしていて。


ーーしかも、曲に合わせてスタイルがガラッと変わる。


とあ:本当にそうですね。歌いまわしを変えながら歌う方は多いけど、namelessさんの場合は声色から変えてしまう。「自分を出すというより、歌詞の世界観に入り込んで、その曲の主人公になりきる」ということを聞いて、そうやって自分の曲を歌ってくれたことがうれしかったですね。


ーーリスナーの間でも相性抜群のコラボだと評判ですが、あらためて、今回のリリースに至った経緯は?


とあ:初めは別々に声をかけてもらっていたんですけど、プロデューサーさんのひらめきで「一緒にやってみたらどうか」と。最初はnamelessさんの方に話が行ったんだよね?


nameless:そうですね。お話をもらった時すごくワクワクしました。これまでとあさんが投稿されてきた中にもいろんな曲調の作品があるし、いろんな楽しみ方ができるんじゃないかなって。


とあ:歌い手さんのCDって、複数のクリエイターの楽曲でアルバムを作るのが一般的だと思っていたので、自分としては “全部オレの曲でいいんすか?”という感じで(笑)。ただ、これまで歌ってもらった曲がことごとくバッチリ合っていたし、単純に面白そうだなと思いました。


ーーこれまで歌ってネットにアップしてきた曲も、全て新規でレコーディングしていますね。


nameless:とあさんにディレクションをしていただいて、とても勉強になりましたね。曲を作った方の考えを聞けて、その方向に気持ちをあわせていくのがすごく楽しかったです。歌入れの時にとあさんと「この曲の主人公は何歳くらいで、どんな性格で……」って、物語の背景について話し合うことができて。


とあ:例えば「ツギハギ」だったら、ネットに上げてくれたのは、僕がまったく関与せずに、namelessさんが思ったように歌ってもらったもので。それはそれでバッチリだったんですけど、もう少しだけ細かく、「この部分は、もう少しこういう感情で」とか、「この言葉はもう少し短く切って」という様なことを話しました。この曲がレコーディングの一発目だったということもあって少し時間がかかりましたが、いろいろと確認作業ができて、その後はとてもスムーズでしたね。


・「“こういう曲調をnamelessさんが歌ったらどうなるんだろう”という好奇心で冒険した」(とあ)


ーー「ツギハギ」をはじめ、ネットでの人気曲も収録されていますが、ポップなメロディと言葉のリズムが心地よく、そのことがもどかしさを強調している「リグレット」、恋愛未満の可愛らしい物語でありながら、どこか冷めた雰囲気があるのも印象的な「パズルガール」など、半分以上は書き下ろしですね。namelessさんというボーカリストを想定して書かれた部分もありましたか?


とあ:実はいつもミクで作っているのとあまり変わらなかったんですよ。というのも、namelessさんはどんな歌でも歌えて、どんなキーでも出るので。音域が広くてヘンテコなメロディの「ツギハギスタッカート」が歌えた時点で、“おいしいキー”だとか、変にそういうことを考えないほうが面白いのかなって。“こういう曲調をnamelessさんが歌ったらどうなるんだろう”という好奇心で冒険して、それに付き合ってもらった感じです。


nameless:“自分の曲”ができるのはとてもうれしくて、同時に不思議な感覚でした。


とあ:仮歌でミクに歌ってもらってはいるんですよ。ただ、そこではいつもみたいにガッツリ表情をつけたり、いわゆる“調教”をしていないので、歌い方に関してはnamelessさんのいいところを出してもらいつつ、ディレクションしていきました。歌ってもらったことで完成した、という曲がほとんどです。


ーー1曲目の「リグレット」はボカロバージョンも公開されていますが、これまでとは逆に、namelessさんの歌を参考にミクの歌い方を調整した部分も?


とあ:そうなんですよ。これまでは自分が知っている歌いまわししか出てこなかったから、namelessさんの歌いまわしを参考に調声したこの曲は凄く勉強になりました。


ーースタートの段階で、「こんなアルバムにしたい」という思いはありましたか?


nameless:とあさんの楽曲だけでアルバムを作らせてもらえるのって、かなりレアなことだと思うんです。きっとふたりともお互いの魅力を引き出せると思いましたし、それを全曲、ドカンとできたらいいなって。


とあ:僕はnamelessさんのいろんな歌い方を出したいと思いました。「ツギハギ」とか「ミュージックミュージック」とかみたいなタイプの曲ばかりを集める方向性も考えたんですけど、それだとつまらない。せっかくだから、普段はやらないようなタイプの曲も作っていけたらなと。7曲目の「M」とかもそうですし。


ーー「M」は、あふれる愛しさをちょっぴりやんちゃに表現した曲ですね。


とあ:そうそう。そういういろんな色を出せて、あわよくばnamelessさんの新しい歌い方も引き出したいなと。


ーー歌い方という意味では、鍵盤が美しい5曲目の「静夢」(しずむ)が印象的でした。幼さがあるというか、イノセントなイメージで。


nameless: 最後に収録した曲なんです。初めての収録はカチコチで、いろいろと模索しながら収録していった感じだったんですけど、この頃には“こうしましょう、ああしましょう”と、ブース外でもかなり相談するようになっていて。「静夢」はとあさんと話し合って、思いっきり脱力した状態で録ろうという事になって、マイクスタンドに寄りかかるというか、杖をついているような姿勢で録ったんです(笑)。


とあ:その姿勢でよく歌えるな、と。レコーディング風景撮影しておけばよかったね(笑)。


――この曲の主人公のキャラクターは、そういう姿勢のほうが出やすかった、ということでしょうか?


nameless:表情や動きって、声に出るんですよね。レコーディング中は動いちゃいけない、というのはわかっているんですけど、勝手に動いてしまって(笑)。


とあ:語尾の音程もブレブレでいいから、そういう歌い方で、とお願いしたんです。


ーー確かに直立不動のいい姿勢で歌っているだけでは出ない、ニュアンスのようなものが出ている気がしますね。


とあ:それは絶対あると思います。


・「(タイトルは)このコラボレーションにとって意味のある数字」(とあ)


ーーこれまでなかった曲といえば、寂寥感がありながら、メロディごとの転調に心の波を感じるバラード「ランプ」も印象的でした。


とあ:ミドルテンポばかりだったので、バラードがほしいなと思って作った曲です。このアルバムのなかで一番実験的で、最初は迷走して、アレンジ作業も少し寝かせていたんです。namelessさんに歌ってもらって初めてしっくり来た感じですね。


nameless:この曲も細かくディレクションしてもらったのですが、ラスサビを歌う前に、「泣いてみていいですか?」と提案して、100%感情を出して歌ったんです。そのことで、気持ちの外側と内側のギャップが埋められて、すごくお気に入りの曲になりました。


とあ:ボーカルを録り終えてからアレンジ作業に入ってみたら”おーっ、いいじゃん!”と。ミクだけで作ってたら、お蔵入りになっていたかもしれないですね。namelessさんに歌ってもらって完成した曲です。


ーーまさに、ふたりだからこそできた曲だったと。一方、3曲目の「てをつないだらさようなら」は、ニコ動では“ちょっと病んだ女性の偏愛”のようなイメージで、怖い曲だと盛り上がる向きもありますが、ウィスパーボイスで歌い方としてはストレートですね。


nameless:そうですね。私は“それが当たり前のこと”という感じで歌いました。ピュアなラブソングです。


とあ:とても純粋な女の子、というイメージですね。それが他人から見たら”こわい”とか”ヤンデレ”、ということはあるかもしれないですけど。


ーー6曲目の「シクス」も、とあさんとしては珍しい曲で、奥行きのあるギターサウンドになっています。


とあ:夏コミ用に作った曲で、わりとロック系の方々が集まったコンピレーションだったので、こういう曲になったんです。それをnamelessさんに歌ってもらったらどんな感じになるかな、と思ってレコーディングしてみたのですが、アルバムの中でもいい意味で色を出してくれる曲になりました。


nameless:このアルバムで一番、物語がしっかりしていたので、歌いやすかったですね。


ーー最終曲には、こちらもニコ動の人気曲で、痛みを抱えながら前に進むというニュアンスのある「『13』」が収録されました。曲順的にも、聴き心地のいいアルバムになっていると思います。


とあ:そうですね。「『13』」は“鍵をかける”という意味でカギカッコがついているので、象徴的な曲でもあります。アルバムの曲順は最後の最後に決めたんですけど、アタマと最後だけ決めたら、あとはすんなりでしたね。


ーーちなみに、『212』というタイトルの由来は?


とあ:ヒントを言うと、このコラボレーションにとって意味のある数字、という感じです。先入観を持たないほうが楽しめるアルバムだと思うので、ぜひいろいろ想像してみてください(笑)。


ーー確かに、これだけ色とりどりの楽曲が揃っているので、一曲ごとの世界観に集中したほうが面白い作品かもしれませんね。あらためて、このアルバムを聴くリスナーに、一言メッセージをお願いします。


nameless:アルバムのアートワークを房野 聖さんというイラストレーターの方にお願いしていて、歌詞カードには一曲ごとにその曲を象徴するイラストを描いていただいているので、曲を聴きながら、一緒に楽しんでもらえたらうれしいです。


とあ:幅広い楽曲を収録したので、その時々でいろんな曲にハマってもらえたらうれしいですね。“この曲はこんなテーマだから”とか、あまり考えずに、自由に楽しんでもらえたらいいなと思います。


ーーちなみに、このコラボレーションはまた見られそうですか……?


とあ:今回のアルバムレコーディングが楽しかったし、単純にこれから僕がニコニコに上げていく曲を歌ってくれたらうれしいし、また一緒にできたらいいですね。もちろん、namelessさんがよかったら、ですけど(笑)


nameless:めっちゃやりたいです! とあさんのおかげで自分では見えない自分も発見できましたし、ぜひまた、よろしくお願いします(笑)。


(取材・文=橋川良寛)