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検索しても出てこない『FINAL』の核心 TM NETWORKの30年の軌跡を辿る

2015年11月25日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『TM NETWORK 30th FINAL』の一場面。

 集大成。小室哲哉はそう言った。このたび発売された『TM NETWORK 30th FINAL』に収録されているコンサートの終演後だった。その言葉を心にとめ、Blu-ray Discを今一度見直す。30年の軌跡に点散するさまざまな出来事が甦る。まさに集大成だ。


 たとえば冒頭のプロペラ機。甦るのは公演まで1週間を切った某日の青空。小室哲哉のクルマに同乗させてもらい、東京から北へ約2時間。スタイリストはスニーカーも準備していたが、小室哲哉が手に取ったのはブーツ。ぼくの顔に「そっち!?」と書いてあったのか、目が合うと言った。「せっかくだから。あまり履かないブーツのほうが、たったこれだけでも、喜んでもらえるから」。スケジュール的に過酷だろうと、撮りたい画を撮るクリエイター魂と、たとえ一瞬だろうと、観客に驚きを提供しようとするサービス精神が、この人の変わらぬ両翼なのだと確信した。


 たとえば飛行機の形の風向計。甦るのは黙々と撮る小室哲哉の姿。空撮を終え、滑走路を出ようとしたとき、いきなりそれは始まった。飛行場だから、時間的制約がある。が、「そろそろ…」「時間が…」なんてスタッフの声が一切聞こえていないかのように撮り続ける。クリエイターのスイッチがONになったのだろう。


 たとえば「Children of the New Century 2015」から「Here, There & Everywhere」への狭間。宇都宮隆が「ELECTRIC PROPHET」の冒頭を歌ったような、歌わなかったような…。当日のリハーサル中、実は木根尚登にこっそり尋ねていた。「あのさ、エレプロの頭のコード、どうだっけ?」。近くにいた葛城哲哉にもその内緒話が聞こえていたらしい。


 だから、2人だけはそれとなく思っていただろう。ウツ、どこかでやるな、と。しかし、スタッフはまったく知らないから、「Here, There & Everywhere」のイントロが始まるまで、ギターの音をオフにしたままだったのではないだろうか。おかげで歌うに歌えなかったと推測できる。いや、単に教えてもらったギター・コードを忘れただけかもしれないが…。ムニャムニャと、宇都宮隆のサプライズは未遂に終わった。そんな事情を踏まえると、木根尚登と葛城哲哉の笑顔が実に可笑しい。


 やっちゃった。宇都宮隆が見せた照れ笑い。1988年の大晦日が甦る。紅白歌合戦で「COME ON EVERYBODY」の歌詞を間違えたときの表情が甦る。素の表情は、何年経っても、何歳になっても、変わらないものらしい。きっと子供の頃も同じ顔で照れ臭そうに笑っていたのだろう。一方、小室哲哉は、慌てず騒がず。もしかしたら「ELECTRIC PROPHET」のコードを弾こうとした?と思える動きも見せているし、「やんないのね」という素の笑みも見ることができる。


 駆け足になるが、ここらで『TM NETWORK 30th FINAL』までの流れを再確認しておこう。


 2012年から始まった30周年プロジェクト。1話完結型ではなく、バトンを渡していくように物語が続くシリーズ型だ。武道館公演では、まず「潜伏者」という設定を提示。


 続く2013年7月のFINAL MISSION -START investigation-では、潜伏者とはいかなる者たちなのかを明示。しかも、宇都宮隆復帰を最高の形にすべく、小室哲哉は考え抜いた。頭のなかにあるコンサート脚本を何百回も書き直したことだろう。


 脚本が固まり、リハーサルが具体的に動き出すと、オープニングで登場する木根尚登に、「ここでクスリとでも笑いが起きたら、すべてが失敗になるから」と、プロデューサーとして、または演出家として、今までにないプレッシャーをかけたこともあった。また、自らも潜伏者の一人を演じ、ステージ上では、無機質な表情に徹した。


 起承転結の転にあたるのが2014年の春ツアー。物語の場所を宇宙へ転じ、今まで登場していなかったロボット(人工生命体)を出現させる。まさに転にふさわしい展開だ。


 その30th 1984~ the beginning of the endを終えると、小室哲哉は、小説の執筆に入った。振り返ると、この執筆も唐突ではない。目的は明確だった。継続中の物語に厚みを持たせ、結末へと加速させるためだ。


 小説の最初の仮題は『CAROL2』。結果的には、『QUIT30』となった組曲の仮題も同じ。あくまでも予測だが、この時点で小室哲哉には、シリーズの結末となる2015年2月が見えていたのではないだろうか。30th 1984~ QUIT30 HUGE DATAのラストシーンに、一人だけタイムマシンに乗り、先回りして来たのかもしれない。


 蛇足ながら、起承転結の転2ともいえるのが2014年秋ツアー。結が2015年2月の30th 1984~ QUIT30 HUGE DATA。見事な起承転結、見事な着地だった。


 あの晴天の日、TK車の後部座席で小室哲哉は言った。2月のコンサート(HUGE DATA)には、満足していると、修正したい点はほぼないと。だからこそ、それを今一度解体し、再構築するFINALが難しいと。つまり、もっと良くなるのではないか、もっと観客に楽しんでもらえる余地があるのではないかと、頭のなかにあるコンサート脚本をギリギリまで更新し続けていたのだ。


 以上のような経緯があっての『TM NETWORK 30th FINAL』だったから、Blu-ray Discを見終ったとき、小室哲哉の笑顔が印象に残ったのかもしれない。失敗の許されない30周年プロジェクトをやり遂げ、再構築の脚本も完成させ、何かから解放された証しの笑顔だったのかもしれない。事実、ドラムの阿部薫もこう言っていた。「横アリの思い出?テツの笑顔。やけに楽しそうだったね」。


 さて、話を『TM NETWORK 30th FINAL』に戻そう。それは30年の軌跡に点散するさまざまな出来事の面影と出会えるコンサートだった。たとえば「月はピアノに誘われて」。TMN時代の木根尚登ソロ曲。原題は「ピアノは月に誘われて」だったが、ピアノと月をひっくり返したのは小室哲哉。そして、ライブでの木根ソロ曲を、それまでの「LOOKING AT YOU」から、いきなり変更したのも小室哲哉。


 初日3日前、FINALのためのリハーサルがほぼ終了した時点での提案だった。「せっかくだから、違う曲のほうがいいよね」。「月ピなら、カツGと2人で何回もやってるから、できると思うよ」と、木根尚登。しかし、いきなり言われても、ガットギターはおろか、アコースティックギターすら、リハーサルスタジオに持参していなかった葛城哲哉。「貸してくれよ」と、松尾和博のアコギを抱え、木根尚登と演奏を始めた。聴き入る小室哲哉。演奏が終わると、「いいじゃん」と即決。


 小室哲哉の木根尚登へのむちゃぶりも30年変わらぬTM名物。早着替え、パントマイム、足長パフォーマンス、小説執筆、フライング(宙吊り)等々。しっとりと「月はピアノに誘われて」を歌う木根尚登は、こう思っていたかもしれない。3日前の曲目変更なんて、歴代のむちゃぶりと比べたら、慌てるレベルじゃないと。


 その木根尚登がこっそり悪戯している様子が偶然(?)、『TM NETWORK 30th FINAL』に収録されている。「We Love The Earth」のイントロだ。客席に背を向け、阿部薫たちに向かい、指揮者のように指を振る。どう見ても3拍子。もちろん曲は4拍子。「俺とべーあんの顔を見たら、あの頃を思い出したんじゃないの?」と、嬉しそうな苦笑いを浮かべたのは葛城哲哉。


 彼の言う「あの頃」とは、TMNのRHYTHM REDツアーの頃。速いし、変拍子だしと、リズム・パターンは複雑だし、リハーサルから阿部薫はなにかと大苦戦。なかでも「WORLD'S END」が最難関だった。「特にイントロから歌が始まるまでね」と、阿部薫もあの頃をなつかしがる。「あれ?あれあれれれれ!ここはどこ?ってなりがちだったなー」。


 ところが、本番中も難解なドラム・パターンで緊張している阿部薫に向かい、平然と3拍子で指を振る木根尚登。うっかりそれを見ようものなら、つられてしまい、ここはどこ?状態に陥ってしまう阿部薫だった。TMN時代のその映像は残っていないだろうから、『TM NETWORK 30th FINAL』収録および制作チームのファインプレーと讃えたい。


 他にも挙げればきりがない。裏話や隠れエピソードだけで本1冊分はある。そりゃそうだ、『TM NETWORK 30th FINAL』には、TMの30年が詰まっているのだから。なんてたって集大成なのだから。(藤井徹貫)