ソーシャルゲームの開発中に退職した従業員が、会社から開発頓挫の責任を追及され、5400万円の損害賠償を請求された――。そんな裁判例がブログで紹介されている。筆者は「IT・システム判例メモ」を運営する伊藤雅浩弁護士だ。
ある兄弟がX社でゲームの開発に従事していたが、完成期日に間に合わずリリースは延期となった。その後、兄弟が相次いで退職したところ、X社は「開発設計仕様書」も作成せずに突然退職したためにゲーム開発が頓挫した、として兄弟を訴えてきたという。
リリース予定日まで1か月「仕様書は必ずしも必要ない」
確かに開発に従事していた社員が引継ぎもせずに辞めてしまっては、会社は困り切ってしまうだろう。一方でエンジニアの立場からすれば、ゲームが完成できない責任をすべて押し付けられても困るという言い分もありそうだ。
結局、2015年3月26日に東京地裁で下された判決は「X社の請求をすべて棄却する」というものだった。社員は一般論として、会社からの指示がないのに仕様書を作る義務まではないということだ。
X社が設立されて開発者兄弟と雇用契約を締結してから、リリース予定日までは約1か月しかない。そんなこともあって「必ずしも必要のない開発設計仕様書」を作成すべき義務があったとはいえないということだ。
ところで、なぜ兄弟は退職してしまったのか。伊藤弁護氏は、このゲーム開発のために兄弟が他のエンジニアを集めようとしたところ、X社から「情報漏えいだ」とする警告があったことが退職の契機になったと注記している。
「一刻も早くゲームを作れ」と言われて戦力を増やそうとしたら、「外部からエンジニアを集めるな」と責められたとすれば、ウンザリしまうのも理解できる。伊藤弁護士も「請求棄却は当然だと思われます」とコメントしている。
「変な前例できなくて良かった」胸なでおろす人続出
このブログはITエンジニアの注目を集め、はてなブックマークには多数のコメントがあがっている。そのほとんどが判決の内容に安心したというものだ。
「いやー、変な前例ができなくて本当に良かった…」
「まさか原告勝訴したのかと思ってドキドキしたホッとした」
「全ゲームプログラマが泣いた」
もしも被告が敗訴した場合には「無茶な要求をたたきつけて、それで賠償金取るみたいな悪徳商法もどきが横行しかねない」と危惧を示す人もいた。
昔の弱小ゲーム会社では「辞めたら損害賠償するぞ」という脅迫でエンジニアを縛り付けていたと明かす書き込みも見られる。ゲーム制作会社以外でも、そんな恐怖で会社に縛り付けられている人がどこかにいるかもしれない。
最初から会社に勝ち目がないことが分かっていながら、嫌がらせで行う「スラップ訴訟」ではないか、と指摘する人も。このような情報が広く知られることで、そのような脅しが効かなくなることを願いたい。
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