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映画やドラマで流れる音楽「劇伴」には、なぜ“繰り返し”が多い? 『タイタニック』などのヒット作から解説

2015年11月23日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

「タイタニック」オリジナル・サウンドトラック

 これまでリアルサウンドでは、J-POPの楽曲分析記事を定期的に掲載してきたが、今回は映画やアニメーション、ドラマなどで流れる音楽「劇伴」についての記事をご紹介する。ジブリアニメ『コクリコ坂から』の主題歌「さよならの夏」などで知られる作曲家、坂田晃一氏に師事する新進作曲家・編曲家の高野裕也氏に、「なぜ劇伴には繰り返しが多いのか」を考察してもらった。(リアルサウンド編集部)


 映画、テレビドラマ、アニメーション、アニメーション映画などの「劇が存在する映像作品」で流れる背景音楽、いわゆる「劇伴」には「繰り返し」が多い。


 繰り返しの定義は


(1) 1曲の中で、短いブロック単位を繰り返し用いる場合
(2)主要なテーマのメロディを同じ映像作品の中の他の劇伴で用いる場合


 大きく捉えるとこの2種類だ。まずはそれぞれの特徴について説明したい。


 J-POPなどの「歌モノ」では「Aメロ→サビ」、もしくは「Aメロ→Bメロ→サビ」、という要素に加え、イントロ、ターンバック、インタールード、エンディングなどが入るケースが幅を利かせている。しかし、劇伴では「A→A→A」、といったように、1つのブロックのみを繰り返す場合も多く存在し、3ブロック以上の様々な要素が入った劇伴は意外と少ない。その傾向は特に映画の劇伴で顕著だ。


 1曲の中で、短いブロック単位を繰り返し用いることは、繰り返し同じメロディを聴くことで、聴き手の中にその部分に対する愛着が湧きやすいこと、1曲の中で部分的に取り出して使用しやすいため、選曲において重宝することなどの利点が挙げられる。そして、あくまで劇伴として音楽を機能させなければならないので、曲が進むにつれて新しい要素を次々と出すことで視聴者の意識を映像ではなく音楽の方に誘導することは避けたい、という意図で楽曲を作る作家も少なくない。


 そして、こういった繰り返しは劇伴において効果的だということは上記で述べたが、じつはクラシック作品の名曲などでも普通に取り入れられている。スタンダードとされるものは、覚えやすい構造にあえて作られているのだ。


 具体例として、グリーグ作曲の組曲「ペールギュント」より「朝」を紹介したい。


 上記の演奏動画において、分かりやすく大きく捉えて「15秒」までを一つとすると、「15秒から24秒」まで、ほとんど同じメロディがもう一度繰り返される。さらに「25秒から34秒」「35秒から44秒」「45秒から54秒」と、少しの変化はあるが基本的には同じ要素を繰り返しており、55秒以降は、この要素が盛り上がって再度使われる。開始から約1分間を取り上げただけでも、これほどまでに「繰り返し」が使われているのだ。


 続いて「主要なテーマのメロディを同じ映像作品の中の他の劇伴で用いる場合」についてだが、同じ映像作品の劇伴では、テーマのメロディの一部を使って他の曲を作る「テーマアレンジ」という手法が頻繁に用いられる。この手法を使うことによる利点は「1つの映像作品の中で劇伴全体に統一感を出すことが出来る」からだ。こと映画の劇伴では、2つや3つだけのテーマをもとに、大半の楽曲ができているケースも多く存在する。


 こういったケースでは、サウンドトラック盤に収録されている全数十曲を意識的に聴くことで、同じテーマのメロディがアレンジされて別の楽曲に使われていることが分かるはずだ。こちらの具体例としては、1988年公開の人気イタリア映画『ニュー・シネマ・パラダイス』の劇伴を紹介したい。いくつかのテーマが巧みにアレンジされて楽曲が出来上がっている、非常に優れた例といえるだろう。


 また、ほかの利点として、劇中で繰り返し聴いていたテーマが物語のクライマックスで感動的なアレンジで使われると、大きな感動を呼ぶ効果が期待出来ることも挙げられる。これが非常に効果的であることは、アニメファンなら共感してくれることだろう。劇伴関係者も「少しづつメロディを積んでいくことを利用して山場でも使用することで、音楽で感動を生み出すことが出来る」と話す人が多い。


 テレビアニメやテレビドラマなどに多い「連続もの」の映像作品だけでなく、「単発もの」である映画などでもこの例は見られる。具体例として、大ヒット映画の『タイタニック』では、セリーヌ・ディオンが歌う主題歌からアレンジされたとみられる劇伴が映画の中で何度も姿を変えて使用されるが、終盤で「レオナルド・ディカプリオが演じるジャック・ドーソンが海に沈んでいくシーン」ではヴォカリーズ風のアレンジで再度使用され、恋人との切ない別れを感動的に演出したことなども記憶に新しい。


 これは前項で述べた、「繰り返し同じメロディを聴くことで、聴き手の中にその部分に対する愛着がでやすい」という内容にも関連しており、(1)と(2)がバランス良く取り入れられていることが、作品に相乗効果をもたらす、職業作家としての劇伴のスタンダードな作り方といえる。


 以上が劇伴における繰り返しの大まかな考察だ。もちろん、内容はプロジェクトによりケースバイケースであるし、必ずしも上記の内容が全て当てはまっているわけではない。しかし、これを見た方が「繰り返し」=「楽をしている」という固定観念を取り払い、劇伴における重要な要素だとわかっていただければ幸いだ。(高野裕也)