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「Netflixは新しい競合の形を考えている」西田宗千佳が各配信サービスの特性を解説

2015年11月22日 16:21  リアルサウンド

リアルサウンド

『ネットフリックスの時代 配信とスマホがテレビを変える (講談社現代新書)』

 Netflixの革新性を綿密な取材とデータ検証によって解説した書籍『ネットフリックスの時代 配信とスマホがテレビを変える』の著者・西田宗千佳氏のインタビュー後編。前編【「クリエイターはより自由に表現できる」西田宗千佳が語る、Netflixと配信コンテンツの可能性】では、なぜNetflixがハイクオリティなオリジナルコンテンツを次々に制作できるのかを、その制作システムや状況などから解説してもらった。後編では、Netflixの競合とされるHuluやAmazonとの関係性や、それぞれの特性、さらに今後それらのサービスがどのように浸透していくかまで、詳しく話を聞いた。


■「競合という考え方自体が変化している」


ーーNetflix以外にもHuluやAmazonがSVOD(定額制動画配信)に参入し、それぞれコンテンツを増やしたりと内容を拡充しています。いずれはどれかひとつのサービスが勝利するのでしょうか。それとも、いくつかのサービスが共存するのでしょうか。


西田:競合に関しては、実は各社ともに、どこか1社だけが生き残るとは考えていないんですよ。NetflixのCEOであるリード・ヘイスティングスが部下に言ったところによると、自社のサービスは100%のものではなく、他社のサービスも100%のものではないうえ、両方を契約したとしてもケーブルテレビよりはずっと安い料金なので、ふたつ以上のサービスを契約する人もいるというのが、彼らの考え方だそうです。また、もうひとつのポイントとして、たとえばNetflixのオリジナルドラマを観終わって、ほかに見たいコンテンツがなくなったら一時的に契約を休んでもらってもいいとさえ考えているそうです。でも、次に新しいドラマの配信がはじまったら、また帰ってきてもらえるように、サービスの設定をしていると。常に「我々のサービスだけを観てください、ほかは観ないでください」という姿勢だと、結局はサービスの内容が硬直して、顧客を逃がすことになるというのが、その理由です。1社のサービスしか使わせないように、他のサービスを押しとどめるようなビジネスモデルは、もはや通用しないんですね。それよりも、いかに他社のサービスとの棲み分けをするか、ということがポイントになってきています。


ーー棲み分けを特に意識しているサービスは?


西田:Amazonはその点が非常に分かりやすくて、他社との併用を厭わないやり方です。Amazon Prime VideoというストリーミングサービスをTVで観るために「Fire TV」デバイスを自社で売っています。その中にはHuluもNetflixも全部入っているんですよ。そのデバイスを買ってくれれば、Netflixを4Kで快適に観ることができる、とまで宣伝している。つまり、Netflixを観るためにAmazonの機械を買ってくれるかもしれないし、Amazonの機械を買ってくれればAmazonのビデオも観れるので、どちらにしてもいつか、Amazonとしても儲かるという発想なんです。Netflixも同じく、Amazon Fire TVに協力的で、Amazonのデバイスでも良いから、Netflixも観てくださいという姿勢です。契約を一度やめても、わざわざデバイスを買い替えたりしないで済むようなスタイルなので、その方が結果的に長く使ってもらえる可能性が高いんですね。これは、競合という考え方自体が変化していることの現れだと思います。消費者もスマホなどで、複数のサービスを同時に利用するのが当たり前になってきたので、これからはおそらく、どれを並列で使用するかを選ぶ時代になっていくと思います。


ーーNetflixでオリジナルドラマを観て、Huluで最新のテレビドラマを観たりするわけですね。その辺りは音楽のストリーミングサービスと違う点かもしれません。音楽の場合は、ひとりのユーザーがひとつのサービスを選ぶ傾向がありますから。


西田:音楽の場合には、Google PlayでもApple Musicでも、あるいはAWAでも、同じ音楽がたくさん入っています。しかも、音楽は同じ作品を何度も聴くものなので、一度使ったサービスからほかのサービスに乗り換えるということはあまりしません。その分、ひとつのサービスを継続的に使ってもらえる可能性も、映像のそれに比べればずっと強いと言えます。でも映像については、どれかひとつのサービスということはなく、たとえば、アニメが少し好きな方はNetflixとdアニメストアとか、そういうふうに性質が違うものをパラレルで利用する、という感じになるでしょう。


ーー来年の2月から始まるGEOは、アダルトコンテンツを入れることを発表して話題となりましたが、そのインパクトはどれくらいでしょう。


西田:GEOのアダルトコンテンツについては、正直、それほど決定打にはならないんじゃないかと思います。そもそもアダルトコンテンツは、スマホやPCでこっそりと観るものになっていますし、DMMが圧倒的なシェアを誇っています。また、アダルトほど個人の嗜好に合わせてコンテンツのバリエーションを揃える必要があるものはないのですが、GEOのそれは月に50本なので、その本数でユーザーが魅力を感じるかというと、難しいところではないでしょうか。 VHSの時代には、アダルトコンテンツがハードやサービスの普及を牽引したとも言われましたが、いまはそういう現象は起きないと思います。ただ、GEOやTSUTAYAはいわゆるマイルドヤンキー層に支持されている会社なので、その辺りの顧客は掴みやすいかもしれません。NetflixやAmazonはどちらかというとインフルエンサーが使用していますが、dTVはマイルドヤンキー層の支持が厚く、うまく棲み分けができているので、GEOやTSUTAYAを選択肢にいれる層も一定数はいるでしょうね。


ーー本書の中では、約470万人のユーザーを抱えるdTVのオリジナルコンテンツ施策が詳しく分析されています。


西田:dTVは携帯電話の契約時になんとなく契約したユーザーを、人気のある映画作品のスピンオフなどで、濃いコンテンツ消費の世界に誘うという戦略をとっています。Netflixなどがはじめから海外ドラマなどの濃いコンテンツで加入を促すのと違い、まずはサービスに入ってもらって、間口の広い作品から次第にマニアックな方向へ向ける、という考え方ですね。あの漫画のスピンオフとか、このドラマのスピンオフという作品の方が、イチからマーケティングする必要がなく、幅広い人々に訴えかけることができますし、テレビ局や東宝、東映などの映画会社と組んで、彼らのメインビジネスのプラスになる形でオリジナルコンテンツを作るのは、双方にとってメリットとなります。


■「日本向けのコンテンツの充実度という点だと、Huluが頑張っている」


ーー現時点では、各サービスをテレビやPC、タブレットなど様々なデバイスで観ることができます。将来的に、視聴環境はどう変化していくとお考えですか。


西田:間違いなく、いちばん増えてくるのはテレビで観ることだと思います。レンタルビデオ的に使用する利便性が知れ渡ってマスになってくると、動画視聴機能を持ったテレビが売れ、機能の利用率も高まるでしょう。ただ、テレビの買い替えはすぐに進むものではないので、それまでは、PS4などのゲーム機で観る人、もしくは個室でスマホで観る人が圧倒的に多いと思います。一方で専用の端末を買う方は、それほど多くないと予測しています。


ーー西田さんご自身は、どのような環境でご覧になっているんですか。


西田:僕自身は、PS4かアップルTVで観ることが多いですね。あとは、寝る前にiPadなどのタブレットで観たり。時間的には、タブレットで観ているときがいちばん多いかもしれません。サービスでいうと、メインはNetflixとHuluで、Netflixでオリジナルドラマを中心に観て、Huluで日本のドラマや昔のアニメを観るという感じです。


ーーHuluは日本のドラマをかなり広範に押さえてますね。


西田:最近放送された日本テレビのドラマは、多くがHuluにありますね。だから日本テレビのドラマは:録画せずHuluで見るようになり、結果的にHuluの利用時間も増えました。日本向けのコンテンツの充実度という点だと、Huluが非常に頑張っている印象ですね。テレビ局としても、今年前半の業績が極めて悪かったこともあり、本格的に配信コンテンツを利用しようという機運が高まっています。一方でAmazonはTBSの番組が多く、Netflixはフジテレビの番組が多いけれど過去作はあまりないという印象です。テレビ東京は特にネットとの相性がいいようで、NetflixやHuluに作品を提供しています。アニメはもちろんですが、深夜ドラマにも根強い人気があり、たとえば『勇者ヨシヒコ』シリーズや『孤独のグルメ』などはバイラルもしやすく、ビデオデマンドに向いた作品といえます。


ーーAmazonの場合は、70年代などの古いドラマも入っていますね。


西田:Amazonはパッケージ販売の経験を通じて、日本では日本のコンテンツが特に売れる国になったということを熟知しているのでしょうね。強いオリジナルコンテンツがあるだけではダメで、同時に日本のコンテンツがなければ定着しないということを、他社以上に意識しています。一方で、Amazonはアダルトをすでにやめている。、それらがリビングのテレビには馴染まないことや、結局のところDMMには敵わないということを悟ったのでしょう。


ーーちなみにDMMがストリーミングサービスに参入してくる可能性は?


西田:実はDMMは、テレビ向けとかゲーム機向けなどで最初期からビデオ・オン・デマンドを展開会社なんですよね。だから、DMMがストリーミングサービス戦線に入ってくる可能性はあると思いますが、彼らとしては、そこに対して過大な投資をするよりも、PCでのアダルト部門が強いので、そこまではやらなくてもいいと判断しているのではないでしょうか。『艦隊これくしょん』などのネットゲームも収益源になっているので、あまりレンタルビデオモデルにこだわる必要がないし、FXだってやっていますからね。紀里谷和明監督の映画『ラスト・ナイツ』に出資したりしていますけれど、そうした活動はあくまで自分たちのところにお金を溜め込んでおくのではなく、余剰収益で新規事業のタネを見つけよう、文化貢献をしようという動きなんだと思います。そういったところは面白いし、良い会社ですよね。


ーー最後に、Netflixを中心とした定額制動画配信サービスにおいて、今後はどんなジャンルのコンテンツが伸びていくと思いますか。


西田:テレビでは良質なドキュメンタリーを流すところが少なくなっているけれど、ネット配信で3年でリクープするならば、十分ビジネスとして成立する、と言われています。。すでにNetflixはドキュメンタリーに力を入れているので、ここがひとつ、差別化のポイントになるのではないかと思います。また、日本向けのコンテンツとしては、これまで地上波で流していたようなバラエティ番組が増えるでしょうね。特に吉本興業の芸人たちが、どんどんネットに参入してくると思います。吉本興業はアニメ会社と同じで、コンテンツに関わるすべての権利を自分の会社の中に持っていて、制作から販売、配信までできるオールラウンドプレーヤーなんです。又吉直樹さんの『火花』のドラマ化に関しても、自分たちがありとあらゆる権利を持っているので、それがいちばん高く売れるところはどこかを考えた結果として、Netflixを選んだということなんだと思います。バラエティ番組は意外と制約が多くて、芸人さんがビジネスをしにくい面もあるらしいので、それこそNetflixが向いているのかもしれません。(取材=神谷弘一/構成=松田広宣)