トップへ

「クリエイターはより自由に表現できる」西田宗千佳が語る、Netflixと配信コンテンツの可能性

2015年11月21日 14:21  リアルサウンド

リアルサウンド

『ネットフリックスの時代 配信とスマホがテレビを変える (講談社現代新書)』

 世界最大級の映像ストリーミング配信サービス・Netflixが、2015年9月1日に日本でのサービスを開始したことを受けて、その革新性を綿密な取材とデータ検証によって解説した書籍『ネットフリックスの時代 配信とスマホがテレビを変える』が10月16日に発売された。リアルサウンド映画部ではNetflixのサービス開始以来、オリジナルコンテンツである『ビースト・オブ・ノー・ネーション』や『ジェシカ・ジョーンズ』などの制作者や出演者に取材を行い、その作品のクオリティの高さに迫ってきた。なぜNetflixは、優れた映像作品を次々に生み出すことができるのか。本書の著者である西田宗千佳氏に、Netflixを取り巻く状況と、その制作システムの特異性について話を聞いた。


参考:キャリー・ジョージ・フクナガ監督が語る、映画とネットとテレビドラマの未来


■「日本ではアニメのユーザーが市場を牽引」


ーー本書はちょうど、Netflixの日本サービス開始と近いタイミングで出版されています。この時期にサービス開始するというのは、予測していましたか?


西田:はい。去年の始め頃には、2015年の後半にはNetflixが必ず日本に参入するということが分かっていました。僕がNetflixの取材をはじめたのは、2007~2008年のことで、アメリカからサービスをスタートして、カナダに進出した頃だったので、海外展開は十分に予測できましたね。日本は、人口や映像の商品のマーケットとして、国単位では世界で二番目に大きいので、いつか来るのはまず間違いありません。ただ、だからこそ彼らも慎重になっているので、ある程度の状況がわかってから、日本に来ると予測していました。Huluは2011年に日本進出したので、その状況も判断材料になったのでしょう。また、大きかったのはdビデオ(現:dTV)の存在です。契約数が500万を超えて、ビデオデマンドを観る人の数が一定数あって、ちゃんと収益化できるとわかったのが2013年の後半辺りだったんです。映画会社やドラマ制作会社、テレビ局も、この辺りから意識が変わってきました。結局のところ、日本のコンテンツプロバイダーが日本の市場に向けて、ストリーミングでコンテンツをきちんと出したい、と考えられる状況を待っていたのが、このタイミングになった一番の理由だと思います。


ーー実際にNetflixに並んでいるコンテンツを見て、日本の権利者の意識の変化は感じられますか。


西田:正直なところ、もう少し多くの映画コンテンツが並ぶと思っていました。海外でNetflixが置かれている状況も変わってきて、映画よりもドラマが中心になってきたこともあり、映画の数は想像よりも少ない印象です。しかし、日本向けのコンテンツーー日本のテレビ局であるとか日本の映画会社が作ったコンテンツに関しては、かなり増えていますね。AmazonやdTV、あるいはHuluにおいても、そうした傾向が見られます。


ーーNetflixのサービス開始以降、日本におけるストリーミングサービスのユーザー数はどう推移しているのですか。


西田:ブームになって誰も彼もが飛びつく、という状況ではないですね。日本の場合、無料の地上波が圧倒的に強くて、有料サービスを使用するのは全体の5パーセントくらいしかいません。これは習慣の問題も大きいです。そのため、どこか一社が勝っているという状況でもない。ただ、スマートフォンやタブレットやPCが当たり前に普及しているので、いわゆる無料体験の率は非常に高いです。また、どのサービスを使っているかアンケートを取ると、NetflixやAmazon、HuluやdTVはトップの方に来るので、それらのサービスが一定の支持を集めているというのは間違いないと思います。


ーー本書で西田さんは、その中でもアニメがよく視聴されていると指摘しています。


西田:アニメ作品の支持は非常に厚いです。特に、ドコモとKADOKAWAが組んで作ったdアニメストアには、200万人以上の加入者がいます。また、アクティブユーザー数も極めて高い。これはつまり、コンテンツの中身が分かったうえで、観たい作品があるから加入しているユーザーが多いということです。アニメのユーザーはコンテンツの価値を認めて、きちんとお金を払って作品を楽しもうという意識が高く、実はAV機器全般においても、消費を牽引しています。アニメファンは高画質のテレビを購入しますし、ハイレゾ配信でもアニメソングが優勢です。逆に言えば、アニメに興味のないユーザーの場合、新たなサービスを使ってもらうにはモードチェンジが必要で、たとえばレンタルビデオを定期的に借りる習慣のある方が、ストリーミングに乗り換えるなどしないと、定着しないと思います。これにはまだしばらく時間がかかるでしょう。


ーーその点では、アメリカは事情が異なりますね。


西田:そもそも、アメリカのテレビやケーブルテレビが消費者にとって満足度が高いサービスではなかったのが、ストリーミング需要が高まった要因のひとつでしょう。地上波の放送はあまり面白くなく、だからケーブルテレビに加入するものの、そのほとんどは再放送チャンネルなんです。それに対してみんな、ネット回線込みで月に80~100ドル近いお金を払っていた。だからこそ、ストリーミングサービスが出たときに、いわゆる「ケーブルカッター」(契約をやめる人)が増えたんです。ただし、そうした人々もトータルで1500万人ほどで、国民全体が一気にケーブルテレビをやめたわけではない。つまり、ストリーミングサービスの開始によって、ケーブルテレビの位置づけが変わってきたというのが、アメリカの状況なんだと思います。


ーーそうした状況の中で、Netflixはかなり大きなシェアを占めている背景とは。


西田:単純にアメリカの場合、スタートダッシュとしてNetflixのサービスしかなかったのが、勝因のひとつだと考えています。また、アメリカのHuluはどちらかというとテレビ番組の見逃しを防ぐサービスに近く、サービスの質が違っていたんです。だから競合にはなりにくかった。もうひとつ、レンタルビデオのビジネスモデルが崩壊するタイミングと、Netflixの勃興のタイミングが合っていたというのも大きい。日本の場合、特に都市部に関しては、たとえば駅から帰る途中でTSUTAYAに寄ってディスクを借りるということが十分にできる国土ですけれど、アメリカの場合は広いので、それは無理なんですね。だから、レンタルビデオというビジネスモデルが、VHSからDVDに移行して、郵送型での利用率が増えると同時に、レンタルそのものの崩壊も始まっていたということが言えると思います。Netflixが始めた配信という形はアメリカの国土にも合っていて、郵送型レンタルからモードチェンジするには打ってつけでした。だから一気に浸透し、シェアを獲得できたのだと分析しています。


■「Netflixはお金の回収方法がいままでのテレビドラマとは全く異なる」


ーー2012~2013年になると、Netflixはオリジナル作品に力を入れるようになりますが、それはどのような戦略から行われるようになったのでしょう。


西田:レンタルビデオの代替としてスタートしたNetflixですが、ケーブルテレビの代替にはならなかったからです。すでにケーブルテレビに加入していて、再放送番組やドラマを見続けているユーザーにとっては、かつてのNetflixは不十分なサービスでした。ユーザーは、自分が興味を持っている古いコンテンツをあらかた見終わってしまうと、その時点で契約を辞めてしまうわけです。そこで、ユーザーを定着させて、ずっと使ってもらうためにはどうするべきかを考える必要がある。Netflixなどは月額固定性のサービスですから、いかにお客さんを定着させるのか重要で、そのためには新たに魅力のあるコンテンツを次々にアップしていかなくてはいけない。そうなったとき、従来のレンタルビデオモデルだと新作の映画を入れるしかないのですが、新作の映画はライセンス料が当然高いわけです。さらに、新作映画の競合というのも存在します。そこで、ほかでは観ることができないオリジナルコンテンツを自分たちで制作するという発想が出てきます。その方が、他からコンテンツを買うよりもコスト的にメリットが大きかったりもするのです。アメリカでは、衛星放送局やケーブルテレビのプレミアム局ーーとくにHBOがこうしたビジネスモデルで成功しました。日本でもWOWOWが同じビジネスモデルをやっていますけど、それをネットの配信でやったのがNetflixだと考えるといいと思います。


ーーストリーミングサービスがオリジナルコンテンツを自ら制作する場合、その制作や投資のシステムはどう変化したのでしょうか。


西田:まずは投資の仕方が変わってきます。以前は、余剰予算でドラマを作っていたような時代もあったんですけど、HBOと同じビジネスモデルにたどり着くには、彼らと同じようにしっかりとしたドラマ制作会社に制作を依頼することになるんです。その結果として、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』や『ナルコス』のような、濃いコンテンツが生まれてきました。ドラマを制作するシステムは50年も続いているので、Netflixとしてもその中でビジネスをしたほうがいいでしょうし、ドラマ制作会社の世界でもビジネスモデルが硬直してうまくいかなくなってきているので、放送とは違うビジネスモデルでお金を調達したいと考えています。そこでニーズが一致するわけですが、この制作システムを取り巻く状況の変化は、映画会社がテレビドラマを作るようになって成功し、今度はそのドラマ制作会社がネットにドラマを作るようになったという風に、ウォーターフォール型に変わっていったと見ることができると思います。


ーー『ハウス・オブ・カード 野望の階段』が日本のNetflixでは観ることができない理由についても、詳しく書かれていますね。


西田:同作が公開された2013年当時は、Netflixがまだ上陸していなかったため、世界配給の権利を持っているソニー・ピクチャーズが、日本のソニー・ピクチャーズに配給を依頼したからです。現在は完全に営業形態が変わっていて、Netflixは可能な限り世界配給の権利を持つようにしています。全世界配信をすることによって、一カ国あたりのコンテンツの調達コストを下げるというのが彼らのビジネスモデルで、その点においてHuluジャパンやdTVより有利であるといえるでしょう。


ーー本書の中では、ビッグデータの利用もNetflixなどの特異な点であると指摘していますね。


西田:ええ。しかし基本的に、ビッグデータが直接的にドラマの内容を決めるために使われているというわけではありません。ドラマを作るときに重要なのは、そのドラマを作るためにかかった費用がちゃんとリクープできるかどうかで、たとえば映画制作なら、その映画の興行収益がどれくらいで、ディスクがどれだけ売れて、何年間でリクープできるかを計算したうえで出資額を決めるわけです。日本だとドラマ1本でだいたい3000~5000万円なので、13本作ったら、3~5億円規模のビジネスになるんですが、アメリカのハリウッド型のドラマの規模だと、最低でもそれの10倍はかけています。それだけの規模の予算になると、もちろん失敗はできない。では、失敗をしないためにどうするかというと、制作者が出した企画がどれくらいの予算に匹敵するものなのか、たとえば観客が何年間で何人いるのか、こういう作品を好む観客はどういう環境で鑑賞するのか、ということを、ビッグデータを使ってきちんとリサーチするんです。そうすると、なんとなくウケそうだからお金を出してみようということがなくなり、逆にこの企画ならここまで出す価値があるということも見通せるようになります。


——投資の確実性を高めるということですね。


西田:そうですね。たとえば企画を決めているときに、主役候補がふたりいたとして、この人を選んだほうが確実だとか、こういう方向性でビジョンを考えているのなら、Aのプロットのほうがリクープが高いとか、そういう細かなところまでデータを軸に見るんです。ハリウッド映画の場合、彼らはファンドも含めて出資者から何十億ドルというお金を集めてビジネスをするので、そこで失敗をしないように、かなり長いリサーチ期間を必要とします。しかしNetflixの場合、あれだけの規模のドラマをハイペースで作っていく必要があり、そこでビッグデータが活用されるんです。ハリウッドの経験豊かといわれる人たちの勘に頼るのではなくて、自分たちのデータを使って話し合っていくところが、ハリウッド型とNetflix型の大きな違いといえます。


ーーハリウッドのリサーチがかなり属人的な側面が強いのに対し、Netflixはデータに基づいて判断すると。


西田:ええ、そうです。一方でNetflixはプロデュース能力であるとか、企画をどういうふうに流すのかという部分に関しては、実証的にデータで判断しています。しかし、両者ともにクリエイティブに関しては属人的で、むしろ作品の自由度という点では、Netflixの方が優勢ではないかと考えています。というのも、Netflixはお金の回収方法がいままでのテレビドラマとは全く異なるんです。特に日本のテレビドラマの場合は顕著ですけど、たとえば月曜日の夜9時に放送があるとすると、この時間帯の視聴率は何パーセントなので、テレビのCMから得られる収入は幾らになって、そのテレビの収入から計算すると、このドラマに掛けられる予算は幾らまで、と決まってしまいます。しかも、ドラマを観ている人は視聴者だけれども、制作にお金を出したのはスポンサーなので、必然的に制作者たちには、スポンサーのほうを向いてビジネスをするのか、それとも視聴者のほうを向いてビジネスをするのか、という二律背反が起こるわけです。テレビが抱えている問題は、実はここにあります。本来は視聴者に向けて面白いドラマを作らなければいけないのですが、視聴者は視聴者でなにか表現に問題があると、クレームを制作者ではなく広告主に対して述べてしまうので、制作者は広告主に迷惑がかからないように、少しのクレームもつかないようなドラマを作ってしまうという、捩れた構造になっているのです。それでどんどん規制が厳しくなり、表現の幅も狭くなってしまうということが、いまの制作現場に起きています。そうなると、一本のドラマを作って、それをディスクにして売るとか、映画版を作るとか、多様なビジネス展開をする余裕もなくなってしまいます。そして、さらに予算の規模も限られていくという悪循環が起こるんです。


■「Netflixは視聴者が面白いと感じるかどうかを基準に制作できる」


ーーしかし、Netflixなどの配信系プラットフォームの制作現場では事情が異なる。


西田:そうなんです、Netflixなどのコンテンツの出資者はあくまで視聴者なので、彼らの制作者は、シンプルに視聴者が面白いと感じるかどうかを基準に制作でき、結果として自由が利くようになるわけです。しかもNetflixの場合、全13回の連続ドラマであればその全13回分をすべて配信スタート日に公開します。テレビドラマでは3ヶ月の放送期間中にリクープすることを考えて制作する必要がありますが、Netflixであればもっと長い期間ーーたとえば2年のうちに全話を観てもらってリクープできればいい、という発想になるんですね。だからこそ小出しにする必要もないわけで。さらに、このドラマはスタートした時点では、それほど人気が出ないかもしれないけれども、ロングランで楽しんでもらえる作品なので、それに合わせて予算の規模を設定する、ということもできるようになる。つまり、テレビ視聴のためのシステムの外にありながらも、観ているデバイスは主にテレビである、というかたちになるので、結果として制作者の自由度が増すことになるんです。


ーーかつてはテレビで自由度の高い作品を作るとなると、どうしても低予算になりがちだったけれど、そうではないかたちも実現できる、と。


西田:そこがNetflixなどの大きなポイントで、自由度の高い作品に大量の人を集めて予算を付けることができるからこそ、そのドラマに対して著名なクリエーターが関わってくれるようになったんです。たとえば、デビッド・フィンチャー監督とか。


ーー作品の倫理基準もテレビとは異なり、より幅広いテーマの作品が生まれる余地がありそうです。


西田:たとえば殺人鬼がテーマの作品を作ろうとした場合、地上波の場合だと、その表現はもちろんのこと、ありとあらゆるものに制約があるんです。しかし、それがネット放送ということになれば観る人は限定されますし、少なくともスポンサーのいうことを聞かなくても済みますので、クリエーターも自由になります。さらに原作者も、ネットで放送するのであれば自分が書いた作品をあまり縮小されないだろう、と判断して権利を与えるケースも多い。Netflixの人に、どこまで表現していいのかルールを聞いたところ、別に決まったルールはないけれど、何でもやっていいというわけではない、という簡潔な答えが返ってきました。表現者の自主規制に任せる部分が大きいんですね。


ーー性的な表現などは?


西田:日本のテレビなら、たとえば乳首が見えてしまったらダメだとか、様々な制約がありますが、Netflixの場合は、このシーンは性的なものかもしれないが、このドラマの中では表現として不自然ではないし、こうあるべきだというものに関しては、そこでノーという理由は無い、という考え方なんです。そのさじ加減を、毎回制作者と話し合いながらやることができる。そういったところも自由度が高いんですね。また、言葉の使い方も大きなポイントです。たとえば『ナルコス』は、コロンビアが舞台の話なので半分はスペイン語なんですが、アメリカでは英語以外の言語で話されているドラマや映画は成功した試しがないんです。ところが、これは全編の半分がスペイン語なんですね。スペイン語がスペイン語のまま話されて字幕が流れるんです。そのほうが当然リアルですし、コスタリカとかで麻薬戦争をしているのに英語で話しているシーンを観るよりは、ずっといいですよね。観ている側も、こういうものだったらこうだよね、と思って受け入れているのだと思います。


ーー実際に、原作者の中にはNetflixだから許諾している、というケースも増えてきていますね。


西田:以前なら、放送だと厳しい内容なので映画にしようとか、それより昔、30年ほど前にVHSのレンタルビデオが出はじめた頃であれば、尺も自由だし、中身も自由だということで、Vシネマとかオリジナルビデオアニメができたわけです。今やそういう作品もほとんど無くなってしまって、自由度のある制作環境というのも無くなったわけですけど、ネットで再びそういう土壌ができたので、制作者もそこに魅力を感じているわけです。また、Netflixなどの配信を観る人々は、基本的にお金を払っただけの満足度を求めているので、極論すれば“濃い作品”を求めることになる。いわば、固くて噛み砕かないと味が出てこないような作品も多いんですけど、そういうものが理解されて評価される可能性も高いんです。エミー賞などを受賞する作品がAmazonやNetflixのドラマになっているのは、そういう理由からでしょう。クリエイターにとっては、ビッグビジネスの規模で自由に表現できて、しかもリテラシーの高い視聴者に向けて作品を作ることができる、ある意味で理想的な状況が整いつつあるのです。(後編に続く)(取材=神谷弘一/構成=松田広宣)