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地下アイドルとファン、“承認欲求”の行方は? 岡島紳士が姫乃たま初の単著を読む

2015年11月19日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『潜行 ~地下アイドルの人に言えない生活』(C)blueprint

 枕営業、整形、メンヘラ、風俗バイト、リスカ、事務所社長の愛人…。姫乃たまが9月に上梓した初の書籍『潜行 ~地下アイドルの人に言えない生活』は、その副題通り、地下アイドルにまつわる“えげつない”話が満載だ。しかし、それはあくまで表面的な装飾に過ぎず、本質は「現在の地下アイドルそのもの」がリアルに描き出されている点にある。彼女が地下アイドルとして過ごした約6年の歳月が、そのリアリティーを裏付けている。


・月に20日のライブ 収入はチェキ、物販、チケットバック


 姫乃が地下アイドルになったのは2009年、高1の頃。AKB48が『RIVER』をリリースし、アイドルが世間的に大きく盛り上がって行った時期に重なる。その後、枕営業の誘いや鬱の発症などの困難に遭いながらも、約6年、今に至るまで、彼女は地下アイドルを続けている。


 そんな立場から綴られる地下アイドルの現状は、リアルそのものだ。例えばスケジュールについて「平日か週末かを問わず、至るところで地下アイドルのライブイベントは開催されていて、(中略)月に20日ほどありました」と、その異常な濃密さを語る。さらに懐事情についても、「たいていは『チェキ(撮影は500円から1000円が相場)』を中心とする物販が中心となります」「それに次ぐ収入が『チケットバック』です。チケットバックはライブの前売り券を予約してもらうことで発生し、これまた500円から1000円くらいが相場となります」と、実際の数字を出して説明する(ちなみにこの500円から1000円に、客がお目当てとして告げたアイドル名の人数、を掛けたものが、そのアイドルにとってのチケットバック収入となる)。


 こうした収入源の内訳が分かれば、特定の地下アイドルのライブに行き、集客や物販の様子などを眺めているだけで、大体の利益が推測できるだろう。ほとんどの地下アイドルや運営にとって、大人たちが複数関わっているにしては、決して相応の利益が発生しているビジネスでないことは明らかだ。


 さらに姫乃は、次々と現れる地下アイドルたちの生態について、こう綴る。


「1年目で右も左も分からず、2年目はひたむきに頑張り、3年目で諦める」


 デビュー時にはただただ新しい環境に慣れるために足掻き、2年目にはそのルールを理解した上で夢を追い掛け、3年目に「地下から地上へとのし上がるには針の穴に糸を通す以上に難しい」という現実を知り、夢に破れて挫折する。こうした実情を端的に表した一文といえる。


・アイドル、運営、ファンの“承認欲求戦争”により、地下アイドルは成り立っている


 姫乃は本書の終盤で、地下アイドルには運営やファンに「認められたい」という欲求があるということを述べている。そしてさらにファンにも、アイドルに「認められたい」という欲求があるからこそ、「アイドルブームの異様な熱狂」が成立していると、続けている。


「イベントは地下アイドルだけでなく、ファンにとっても仕事なのかもしれません。給料も終点もなく、頑張れば『認められる』ことだけが存在する労働と考えれば、アイドルブームの異様な熱狂が理解できる気がしました。地下アイドルがファンからの歓声を浴びて、『認められたい』欲求を解消しているのと同じことです。そして、その欲には終わりがありません」


 このようにアイドルとファンは、互いに承認欲求を補完し合っている関係であると、分析している。無数の地下アイドルとそのファンたちは、日々ライブ現場で、あるいはSNS上で、“承認欲求戦争”を続けているのだ。


 そして姫乃は出版後のインタビューで、本書を執筆した動機をこう語っている。


「自身の“承認欲求”と戦う女の子たちの存在を知ってほしかったんですよ」(サイゾー 2015年11月号)


・地下アイドルは“就職先”としては機能していない


 『潜行』は地下アイドルの内情を語る書籍として、決定版と呼んで差し支えないほどに充実した内容だ。地下アイドルという立場の姫乃にとっても、自身のキャリアにおいて大きな実績となったに違いない。とはいえ、そもそも地下アイドルのほとんどはそのシーンだけで完結しており、メジャーな存在になれるものはほぼいない。現状は“就職先”としては機能していない。


 しかし、姫乃はそれすら自覚した上で活動している。「来年あたりには、普通に就職しているのかもなあ、なんて思いますよ。しがみついてるわけではないですから」(前述サイゾーより)と語るほどに、その意識は軽く、ライター、DJ、モデルなど、ジャンルを問わず幅広く仕事をこなしている。


 今後、地下アイドルを名乗りながら、姫乃たまはどんな存在になって行くのだろうか。特殊な活動形態ではあるかもしれないが、彼女が「地下アイドルのその先」を示してくれるのではないかと、期待せずにはいられない。(岡島紳士)