既存パワーユニットのコスト制限計画がフェラーリによって拒否されたFIAは、今度はそれに代わる安価なクライアントエンジン案を導入する予定だ。
当初、FIAはパワーユニットマニュファクチャラーがワークスチーム以外に供給するカスタマーパワーユニットの料金を1200万ユーロ(約15億9000万円)に引き下げるよう提案していた。
しかし、フェラーリ会長のセルジオ・マルキオンネは「常識外れ」だと拒否権を発動して、導入を阻止した。あるパワーユニットマニュファクチャラー関係者は言う。
「たとえ現在の価格(年間約30億円)でも、パワーユニットマニュファクチャラーは採算が合わないのに、それを半額にするという提案は確かに常識外れである」
FIAは、「チャンピオンシップの利益のため、フェラーリの拒否権行使に対する法的措置を取らない」としながらも、このままでは将来、F1を離脱していくチームが出る恐れがあると指摘し、既存のパワーユニットマニュファクチャラー(メルセデス、フェラーリ、ルノー、ホンダ)に頼らず、それに代わるエンジンメーカーを参入させ、それを安価に設定して小規模チームに使ってもらおうというクライアントエンジン案を画策した。
「FIAは2017年、2018年、2019年に独占的なクライアントエンジンメーカーとなり得る可能性を特定すべく、新たなエンジンメーカーの選定を開始することに決め、募集を行う」
関係者の話によれば、その金額は既存パワーユニットのコスト制限計画案のさらに半額となる600万ユーロ(約8億円)と言われている。問題はそのスペックだ。なぜなら、現在F1で採用されているパワーユニットとまったく異なる規格だからである。
FIAからの公式な発表ではないものの、関係者の話を総合すると、クライアントエンジンはハイブリッドパワーを搭載しない、2.2リッターのツインターボV6エンジンになるという(ハイブリッドを搭載しないため「パワーユニット」ではなく、「エンジン」と呼ぶ)。さらにブースト圧の上限は1.5バールに制限されるものの、回転数と年間使用基数、燃料流量に制限は加えられず、搭載燃料は現在のパワーユニットの100kgから140kgに増量される模様だ。
これに対して、異を唱えたのがメルセデスAMGのトト・ウォルフ(エグゼクティブディレクター/ビジネス)だ。
「1つのカテゴリーにふたつの異なるスペックのエンジンが共存することはあり得ない」。
フェラーリやメルセデスといったパワーユニットマニュワクチャラーが反対するのは理解できるが、興味深いのはザウバーのモニシャ・カルテンボーン代表もクライアントエンジン案に反対の意思を表明していることだ。
「技術的にいかに平等性を実現できるかに関しては大きな疑問がある。車重や燃料流量、燃料搭載量だけでなく、空力面でも現在のレギュレーションとかなり異なる仕様になりかねないからだ」
というのも、クライアントエンジンのエキゾースト配置は現在のパワーユニットのエキゾーストとは異なってかなり自由になり、それが空力的なアドバンテージにつながるのではないかと疑念を抱く者が少なくないからだ。
しかし、慢性的な財政不足状態が続くザウバーにとって、このクライアントエンジンが導入されれば、財政的に安定するはずだが、なぜ反対しているのだろうか。それはザウバーがフェラーリとパワーユニット供給に関して、長期的な契約があるためだ。フォース・インディアのボブ・ファーンリー 副代表も、もしクライアントエンジンが導入されても、それを使用することはないという。
「われわれにはメルセデスと2019年まで契約があるから、クライアントエンジンを使うことはないだろう」
おそらく、この状況はメルセデスとフェラーリからパワーユニットを供給されているほかのチームも同じだろう。そうなると、クライアントエンジンに賛同するのはブラジルGP終了時点でまだ2016年のパワーユニットが決定していないレッドブルとトロロッソぐらいで、依然として反対するチームが多数を占める中、次回開催が予定されている11月24日のストラテジーグループ会議を迎えることとなる。
だが、FIAのある関係者は、「クライアントエンジン導入案はストラテジーグループ会議で可決されるだろう」と言う。それはストラテジーグループ会議が特殊なルールを抱えているからだ。参加するのはフェラーリ、マクラーレン、ウイリアムズ、メルセデス、レッドブル、フォース・インディアの6チームとFIAおよびFOMだが、投票権はチームがそれぞれ1票しか持たないのに対して、FIAは6票、FOMも6票を有しているからだ。つまり、FIAとFOMが合意に達すれば、チームがいかに反対しても無駄なのである。
今回のクライアントエンジン導入案は、レッドブルとトロロッソの継続的なF1参戦を可能にするためにバーニー・エクレストン(FOM)がジャン・トッド(FIA)に働きかけて実現したアイデアである。したがって、18票ある投票権のうち、賛成が過半数となることは確実で、ストラテジーグループ会議を通過するだろう。その後、12月に開催されるF1コミッションと世界モータースポーツ評議会の賛同を得れば、レギュレーションが改定され、2017年からクライアントエンジンが導入される運びとなる。
そして、その独占的なクライアントエンジンメーカーとして名乗りを挙げるだろうと言われているのが、イルモアとコスワース。そして、最終的にFIAによって選定されるのは、イルモアだとの声が高い。
(尾張正博)