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井口昇監督『変態団』が描くマニアの葛藤ーー姫乃たまが13人のフェティシズムと向き合う

2015年11月18日 08:11  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)2015ワンダーヘッド

 もし気になる人とのデートプランに迷っているならば、渋谷のアップリンクまで『変態団』を観に行きましょう。上映開始10秒で、相手との相性がわかります。一緒に途中退出したなら安泰、最後まで鑑賞して一階にあるカフェで楽しく感想を言い合えたなら、最高のカップルです。ただし、どちらか片方だけが途中退出してしまったら、趣味が合わなかっただけではなく、今後一切、顔すら合わせられないでしょう。


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 『変態団』は、中川翔子主演の『ヌイグルマーZ』(2014年)や、TBS系列『監獄学園-プリズンスクール-』(2015年)の実写ドラマ化を手がけている井口昇監督作品です。最近では5人の女優からなるアイドルグループ「ノーメイクス」のプロデュースも手がけるなど、華々しい勢いが止まりません。しかし私が最初に井口監督を目にした時、彼は無名のAV女優に尻を切られていました。


 ドキュメンタリー映画『監督失格』(2011年)の平野勝之監督が制作した、鬼畜AVシリーズ『水戸拷問2狂気の選択【完全版】』(1997年)でのことです。ワゴン車に女優を詰め込んで、都内を疾走しながら、ビデ倫の許可が下りないような鬼畜な所業を繰り返す映像ですが、被害者は女優だけに留まりませんでした。冒頭で平野監督が自分の手を十字に切りつけ、女優にも自傷するよう迫りますが、当然、彼女は泣きながら出来ないと訴えます。怒った平野監督は「じゃあ、こいつの尻切れよ!」と、身代わりを登場させました。怯えた女優が弱々しく切りつけるため、平野監督の怒号は止まず、その度に何度も無意味にちょんちょんと切りつけられ、白い尻を揺らしながらひいひい言っていたのが井口昇監督だったのです。


 著書『恋の腹痛、見ちゃイヤ!イヤ!』でも、出版プロデューサーの松尾スズキから「殴られてもいい奴」と評される一方で、『史上最強のエログロドキュメント ウンゲロミミズ』(1994年)など、マニアビデオの傑作を残してきました。タイトルから推測出来すぎると思うので、ここでの内容説明はしませんが、性的マニア趣向の井口監督は、10代の頃から自身の趣向に異常性を感じ、ひとりで葛藤していたそうです。その葛藤が、生贄体質に繋がると共に、数々の映像作品を生み出す動力になっていると考えられます。そんな井口監督の最新作が、「某映画祭での途中退出者記録、No.1映画」(フライヤーより)の『変態団』なのです。


 登場人物、全員、変態。『変態団』は、13人のマニアックな性癖を持つ男女が繰り広げる“変態交差映画”です。最初に登場するのは、最も趣向が監督に近い小太りの男性。憧れの女の子の清純を願う一方で、彼女の排泄物を見てみたい気持ちと、自分は変態なのかという葛藤に悶えています。幕開けから、うんこ、パンチラ、セーラー服と、監督が好きなもののオンパレードで、作品をストレートに届けようという気概が伝わってきました。


――「変態とは悲しきロマンチストのことである」咀嚼マニアの男上司を持つ女は、本当はレズビアンで、我慢できず職場の女性を押し倒すと、その彼女は霊感が強く、生きている人間に恋をしたことがないと白塗りの幽霊を追いかけます。窒息フェチの夫と、それに付き合っているうちに、段々と絞首フェチである自分に気がつく妻。飲尿が好き過ぎるおじさん、オカマ、骨折マニア、窒息フェチ……。彼らの多くは、死にたくなるほど社会と葛藤していました。


 憧れの清純そうな女の子が、排泄の前段階として食事をすることに絶望するシーンでは、男の視線の先で、残酷にもセーラー服の彼女が、ケーキを持ったままトイレに入っていく演出にこだわりを感じました。なぜトイレにケーキ。嫌悪感は、マニアへの第一歩です。『花と蛇』を読んだショックで官能に目覚めた井口監督のように、マニアの入口には衝撃があります。なんとも思わない人よりも、嫌悪している人のほうが、愛情へ裏返りやすいということです。


 『変態団』は、自分がマニアか否か、何が好きかを知らされる一作でもあります。その点で私が辛かったのは、咀嚼マニアの上司と部下が、口の中のものを見せ合いながら口移しし合うシーンです。これは辛いな、と画面を観る目を細めた一方で、どこかで咀嚼マニアの素質があるのかもしれないと思いました。反対に、すでに開眼していることを改めて気づかされたのは、女が窒息しているシーンです。ビニール袋をかぶせられた彼女は、限界の中で自分の唾液を吐き出します。そのシズル感と、酩酊したような表情。


 スカトロマニアの男は、憧れの女を壁に押し付け、鼻息荒く、希望と絶望を込めて「純粋な気持ちで聞きたい。君もうんこをするのか……?」と真剣に問います。笑えます。あまりに本気で、笑えるのです。人は真剣になれば、滑稽にもなります。この作品は真剣と滑稽の狭間にあります。


 作品に登場するのはハードなマニア達ですが、実際に描かれていることは、社会に自分をどう受け入れてもらえばいいか、他者にどう理解してもらえばいいのかといった、誰にもある普遍的な悩みです。『変態団』を卒業制作として生み出した「井口昇のワクワク映画塾」は、第二回が開催されるようです。何かピンと来てしまった方は、駆け込んでみてはいかがでしょうか。(姫乃たま)