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嵐『Japonism』は80年代後半のアップデート? ジャニーズが重要視する“ジャポニズム精神”

2015年11月18日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

大谷能生、速水健朗、矢野利裕『ジャニ研!』(原書房)

 ジャニーズのアイデンティティの中心はアメリカにある、ということは、拙共著『ジャニ研!』(原書房)や本連載でくり返し指摘してきたことだ。ジャニー喜多川の経緯を踏まえるなら、ジャニーズとは、戦後日本に流入するアメリカ文化のひとつとして捉えるべきだ。ジャニーズにしばしば見出すことのできる、妙ちきりんな〈和〉のセンスも、アメリカの視線から構成された日本像だと思うと納得がいく。漢字とアルファベットが入り乱れる「光GENJI」など、いかにも外国人の発想だ。ジャニーズにおける〈和〉のセンスは、アメリカにおける日本趣味――言わば、ジャポニズムなのである。


 さて、嵐の新作アルバムは、その名も『Japonism』である。アルバム名に示されるように、「miyabi-night」「三日月」「暁」などといった曲が並んでおり、(ともすれば安易な)日本趣味が貫かれている。面白いのは、アルバム冒頭を飾る先行シングル「Sakura」が、こうやって他の曲と並ぶことで、見事にジャニーズ的ジャポニズムとして解釈されることだ。先行シングルかつジャポニズム成分もある「Sakura」は、本作のオープニングにとてもふさわしい。「Sakura」に続くのは、「心の空」という曲である。「We Are サムライ 大和撫子」と歌われるこの曲は、和太鼓とエレキギターの音が印象的だ。歌詞といい、サウンドといい、やはり露骨なまでにジャポニズム志向である。続く「君への想い」も、イントロから篳篥(ひちりき)が鳴り響き、漠然と〈和〉のイメージを演出する。篳篥がストリングスのように機能しているのがとても面白く、個人的には、本作でいちばん楽しんだ曲である。「miyabi-night」は、琴や尺八や太鼓の音が使用されつつも、全体的には、キャッチーな打ち込みのポップスになっている。音数と展開が多いジャンクなサウンドに、耳が離せない。大野くんが歌う「暁」も、尺八の核にしつつ、上品なR&Bのようなたたずまいをしている。


 このように『Japonism』は、そのタイトル通り、ジャニーズの核とも言えるジャポニズムのセンスを爆発させた作品である。ジャニーズの歴史において、その不思議なジャポニズムが台頭するのは、「スシ食いねぇ!」、光GENJI、忍者あたりが並ぶ80年代後半~90年前後あたりである。今回嵐が「よいとこ盤」でカヴァーした少年隊「日本よいとこ摩訶不思議」は、その時期の名曲としてある。「日本よいとこ摩訶不思議」という曲名は、まさにジャポニズムを言い表している。だとすれば、本作『Japonism』とは、〈和〉のセンスが花開いた80年代後半のジャニーズをアップデートする試みに他ならない。これもつねづね言っていることだが、ジャニーズは、自分たちが達成したものやその蓄積を軽視しない。どころか、それらを積極的に引き継ぎ、再利用する。『Japonism』は、その引継ぎと再利用のひとつのかたちである。とは言え、当のジャニーズ側が、自らの80年代後半におけるジャポニズム精神について、これほど自覚的だったとは正直驚いた。「日本よいとこ摩訶不思議」カヴァーのアレンジはほとんど当時のままだったが、そこには、自分たちはジャポニズムが台頭した80年代後半という時代を重要視しているのだ、という強いメッセージを感じる。加えて言えば、「心の空」や「miyabi-night」なども、80年代的な音色(おんしょく)で作られている。ジャニーズの歩みを考えると、とても考えられたサウンドの選択である。


 しかし、不満もなくはない。たしかに、ジャニーズ自身による、ジャニーズのジャポズム批評は素晴らしかった。楽曲も非常に工夫されている。だが、個人的にはやはり、もっともっとアップデートしたジャポニズムを聴きたかったのだ。「和太鼓や尺八を導入すれば日本風でしょ」という80年代的な態度ではなく、もっと現代的ななにかを。その意味で、「三日月」という曲は素晴らしかった。途中にそれとなく、篳篥のようなシンセ音が挿入されることで日本風の雰囲気が醸し出されるのだが、全体的にはヴォコーダーを使った現代的な(インディー)R&B(強いて言えば、フランク・オーシャンのような)の雰囲気である。8分の6になるサビも、とても上品だ。『Japonism』というアルバム名のアナウンスを聞いて本当に期待したのが、このような現代的なサウンドを踏まえたジャポニズムだったことはたしかだ。本作には、「Don't you love me」や「Mr. FUNK」など、非‐ジャポニズム方向の、洗練されたディスコ曲もある。ジャポニズム系の曲がそのような方向にアップデートすることを求めるのは、はたして欲張りなのか。いや、ジャニーズの本領は、まさにそういった困難でこそ発揮されるのではないか。おおいなる飛躍を信じている。(矢野利裕)