ニコ・ロズベルグがポールポジションを奪い、追う立場となったルイス・ハミルトン。スタートでの逆転も叶わず、抜きにくく、ぴったり背後について走ることも難しいインテルラゴスでは、なすすべがなかった。ブラジルGPのハイライトを無線の会話を中心に振り返る。
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「他に選択肢はないのか!?」
28周目、ルイス・ハミルトンはレースエンジニアのピーター・ボニントンに訴えた。この日の「プランA」は2ストップ作戦。数周前から、ハミルトンは戦略の変更を訴え続けていた。
「僕のタイヤは保たない」
「このコースでは前のクルマについて走るのは無理だ!」
首位のニコ・ロズベルグと1秒差を保ちながら走り続けたハミルトンだったが、オーバーテイクへと至るのは難しそうだった。最大の抜きどころである1コーナー、そのための鍵となる12コーナーの立ち上がりで、ロズベルグの背後について間合いを詰めることはできなかった。
「1秒以内に入るとダウンフォースを失い、それ以上は近づけなくなってしまう。DRSゾーンも短すぎたかもしれない。だから他の戦略を模索するしかなかった。それにニコの後ろで走ったことでタイヤをダメにしてしまったんだ」
ロズベルグの背後で走ったことでマシンが滑り、タイヤの摩耗は予想より早まった。しかし、メルセデスの戦略担当は3ストップ作戦への変更を却下。フェラーリ勢のペースが速く、3番手セバスチャン・ベッテルとは6秒、4番手キミ・ライコネンとも16秒程度のギャップしかなかったからだ。これでは彼らに引っかかり、ピットストップ1回ぶんのタイムロスを挽回できない可能性がある。
「プランBへの変更は悪いアイデアだ。フェラーリ勢の後ろに入ってしまう」
「じゃあ、とにかく別の戦略を用意してくれ。オーバーテイクするのは不可能なんだ。くっついて走ることさえできない」
ハミルトンは勝利への執念を燃やしていた。戦略の優先権は前を走るロズベルグにあり、最も理想的な戦略を選択できる。ハミルトンに許されるのは、コース上で抜くか、さもなくば別の戦略を採るしかなかった。
「2位を守って、優勝のチャンスを模索する唯一の現実的な選択肢は、このスティントを伸ばすことだ。それによって、より新しいタイヤでアタックする」
しかしハミルトンのタイヤはロズベルグよりもタレが早く、それは有効な戦略とは言えなかった。
「あのときルイスのタイヤはタレていて、3回ストップ作戦について議論していたんだ。しかし、レース全体で見れば10秒ほど遅くなる計算でセバスチャン(ベッテル)に対してポジションを失う恐れがあった。だから、あの時点で3回ストップは論外だった」と、トト・ウォルフは説明する。
そしてハミルトンにとっては幸か不幸か、32周目に3番手のベッテルがピットインして3ストップ作戦が明らかになったことで、メルセデス陣営もこれに反応することになった。
「ニコ、プランBに変更する」
「さっきのスティントの最後、ルイスに何が起きたんだ? デグラデーションが進んだ?」
「そうだ。彼はペースをキープできなかった」
ピットインしたロズベルグはハミルトンの動向を気にしていたが、前にいるロズベルグが圧倒的に有利な立場だった。計算上は2ストップより時間がかかるとしても、タイヤ摩耗の点では安全な3ストップ戦略に変更できたのだから、なおさらだ。
「ルイスもピットインした?」
「そうだ。ピットインして2秒後方にいる。彼はハードにプッシュしている。しかし我々が同じペースでプッシュしても、彼以上にタイヤが摩耗することはない」
57周目、ロズベルグは勝利を確信した。
「ルイスとのギャップは1.7秒。あとはマネージメントするだけでいい」
「これ以上、話しかけないでくれ!」
ロズベルグはレースエンジニアのトニー・ロスに対して、そう告げた。
「情報が必要なときもあるし状況によりけりだ。あそこからはドライビングに集中して仕事を成し遂げたかっただけだよ」
一方で望んでいた3回ストップへの変更が、思わぬかたちで実現したハミルトンは、逆転のチャンスがめぐってこないまま2位でフィニッシュするしかなかった。タイヤのタレに不安を抱えていたハミルトンにとって、フェラーリ勢が「ほとんど差がなかったからアグレッシブな戦略変更にトライした」(マウリツィオ・アリバベーネ代表)ことでタイヤの不安は払拭されたものの、なんとも皮肉な「プランB」への変更となった。
リスクを背負ってでも、最初からロズベルグと違う戦略に賭けたかった、というのがハミルトンの偽らざる本心だろう。
「僕はレースをするためにここにいるんだから、他の戦略があるならリスクを背負ってでもトライすべきだ。チームからは『タイヤをいたわれ』と言われたけど、僕は『いやだ、僕はレースをしているんだ』と言っただけのことさ。ファンのみんなも、それを見たいんじゃないかな?」
結果を見ればコース上の順位の入れ替わりは少なく、やや単調な展開となったブラジルGP。その裏では優勝をかけて、こうした攻防が繰り広げられていた。メルセデスはふたり同じ戦略を採るという方針を崩さなかったが、もしリスクを背負ってチャレンジするという判断をしていたら、ハミルトンが言うように、違う展開があったかもしれない。
(米家峰起)