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嵐は“日本らしさ”をどうアップデートしたのか? 柴 那典が『Japonism』全曲を徹底分析

2015年11月16日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)タナカケンイチ

 嵐のニューアルバム『Japonism』が素晴らしい。


 初週で80万枚以上を売り上げ、発売から1ヶ月を待たずして早くもミリオンセラーにも認定。前作『THE DIGITALIAN』を上回るセールスとなっている本作。しかし、それは単なる売れ線のポップソング集にはなっていない。日本を代表する国民的なグループとして君臨する今だからこそ、その役割をきちんと背負い、一枚を通して明確なコンセプトを示す「発信型」のアルバムに仕上がっている。


 タイトルが象徴するように、アルバムのコンセプトは“日本”。それも“外から見た日本”がテーマだ。実際、和楽器の音色や「サムライ」「大和撫子」という歌詞の言葉など、アルバムには「和」の要素が点在している。


 一方、インタビューなどで本人たちが語っているところなどによると、今作のコンセプトには“原点回帰”というテーマもあったという。では、なぜ嵐にとっての“原点回帰”が“外から見た日本”だったのか? この原稿では、そのことについて、全曲解説とともにじっくりと考察していきたい。


 長いので最初に結論を書いておくと、キーポイントは、このアルバムが単に伝統的な“日本らしさ”のイメージを再現するものになっていないところにある。基本は和洋折衷のサウンドで、そのベースにあるのは「80年代歌謡曲」と「ブラック・ミュージック」。そして、その背景には、ジャニーズ事務所が数十年にわたって積み重ねてきたエンタメ文化の系譜が横たわっている。前作『DIGITALIAN』では先鋭的なリズムや最先端のテクノロジーを取り入れた嵐が、今一度その系譜を自らの足跡に重ね合わせて“日本らしさのアップデート”を行ったのが今作『Japonism』ということなのである。


 ちなみに、“日本らしさのアップデート”というのは、アルバムだけの話ではない。嵐が今年に行ってきた公演にも繋がるモチーフでもある。6月に東京・大阪で行われた『嵐のワクワク学校』は“日本の四季”がテーマ。9月に行われたコンサート『ARASHI BLAST in Miyagi』でも、盆踊りなどのアレンジ、地元の高校生との合唱やすずめ踊りなど東北土着のエッセンスを取り入れたステージを見せていた。


 そういうことを踏まえて、アルバム『Japonism』から一曲ずつピックアップしつつ、そこで彼らが表現しようとしているものを読み解いていきたい。


01.Sakura


作詞・作曲:eltvo
編曲:佐々木博史


 鮮やかなストリングスのフレーズを意欲的に使ったダンスナンバー。シングルとしても鮮烈な印象を残したが、アルバムのオープニングとしても効果的な役割を果たしている。


 こういうエレクトロとストリングスが絡みあうダンスポップの曲調は、イギリスのクリーン・バンディットが昨年にデビュー曲「ラザー・ビー」で大ヒットを記録して以降、海外のメインストリームの音楽シーンの潮流の一つとなっているもの。


この「ラザー・ビー」という曲も、「ロンドンから見た日本」をモチーフにしている。東京で撮影が行われたミュージックビデオも象徴的だ。そこに通じるようなサウンドでアルバムがスタートしたことには大きな意味がある、と言えるだろう。


02.心の空


作詞・作曲・編曲:布袋寅泰
Rap詞:櫻井 翔


 今作のリード曲。布袋寅泰が作詞・作曲、プロデュースを手がけた一曲だ。ここにも大きな意味合いがある。2012年から布袋寅泰はロンドンに拠点を移している。海外のロック系レーベル<スパインファーム>と契約し、現地で地道なライブハウスの出演を重ね、ゼロからの音楽活動を行ってきた。10月には世界デビュー作となるアルバム『Strangers』がUK、日本、ヨーロッパで同時リリースされたばかり。つまり現時点で“外から見た日本”というテーマに最も向き合っているミュージシャンだと言える。SMAPや関ジャニ∞と違い、嵐が大物ミュージシャンを作詞や作曲に迎える例は非常に少ないが、今作のコンセプトを踏まえて考えると適任だったと言えるだろう。


 彼はブログで、この曲の制作が東京とロンドンを結んだ櫻井翔・松本潤とのスカイプミーティングから始まったこと、そして彼らから“外から見た日本”“和楽器をフィーチャーしたダンス・ナンバー”“原点回帰”というコンセプトが提案されたことを明かしている。結果、仕上がった楽曲は、ヨナ抜き音階のメロディに和太鼓と津軽三味線の音色が鳴り響き、布袋寅泰のギターソロも存在感を主張する、とてもアクの強いサウンド。それぞれの個性がぶつかり合うような一曲になっている。


03.君への想い


作詞:wonder note, Macoto56
Rap詞:櫻井 翔
作曲:wonder note
編曲:石塚知生


 雅楽師・東儀秀樹が奏でる「篳篥(ひちりき)」と「笙(しょう)」をフィーチャーしたスローバラード。「箏(そう)」で参加している吉永真奈は、和楽器ユニット「Rin'」を経てソロでも活躍する箏曲・地歌三味線の演奏家。ともに純邦楽の演奏とポップスを融合させてきたキャリアの持ち主だ。そして、興味深いのは、16ビートのリズムパターンやスムースなベースラインなど、曲の基盤はあくまでR&Bバラードになっていること。そういったタイプの曲でサックスが果たす役割を和楽器が担っている。まさに「和洋折衷」のサウンドなのだが、そこでの「洋」がブラック・ミュージックである(だからこの曲もラップがフィーチャリングされる)のが大きなポイント。


04.Don’t you love me?


Vocal:Jun Matsumoto
作詞:wonder note, paddy
作曲:takarot, wonder note
編曲:石塚知生


 松本潤のソロ曲。このあたりから、実はアルバムに“外から見た日本”とは別のもうひとつのサウンド・コンセプトがあることがわかってくる。それは「80年代歌謡曲」ということ。ソウル・ミュージックやフュージョンを取り入れつつ、耳馴染みのいいメロディと融合させたサウンドだ。具体的には、この曲のシンセベース、オーケストラル・ヒット、そしてホーン・セクション。いずれも、あえて懐かしい音色とアレンジを選んでいる。


05.miyabi-night


作詞:Macoto56, AKJ & ASIL
作曲:AKJ & ASIL
編曲:A.K.Janeway


 「心の空」同様、三味線や尺八などの純邦楽の楽器をフィーチャーしている。この曲もやはり「和楽器をフィーチャーしたダンスナンバー」をコンセプトにした曲と言っていいだろう。作曲はAKJ & ASIL、編曲はA.K.Janeway。基本的には嵐の楽曲を中心に手掛けている職業作曲家で、アクの強い「心の空」に比べても、展開の多い曲調を軽快なスムースなダンス・ナンバーにまとめている。


06.三日月


作詞:youth case
作曲・編曲:A-bee


 アルバムの中でも白眉の一曲。アコースティックな楽器とエレクトロな電子音を同居させたフォークトロニカのサウンドに、やはり「和」のテイストを混ぜあわせている。作曲を手がけたのは日本のプロデューサー/DJ、A-bee(アービー)。彼自身の作風も、切なくも繊細で美しいエレクトロニカを得意としている。アニメの劇伴やCMのサウンドも手掛ける実力派のクリエーターだ。


07.Bolero!


作詞・作曲:SAKRA
編曲:Slice of Life


 この曲はアルバム全体の流れからすると、かなり異色。「Bolero」というのはスペインの民族音楽のことだが、曲調自体はボレロとは全く関係ない。ラテンのテイストはあるが、ビートの基盤は南米のサンバ。そのBPMをかなり速くして、デジタルなシーケンスとドラムンベースの要素もうっすらと忍ばせ、最後は太鼓の乱れ打ちでお祭り感を増している。そして、大きな特徴となっているのは曲展開の激しさだ。Aメロでのいきなりの転調から、Bメロでのブレイク、キメのフレーズが強力なサビから、曲後半にかけても次々と場面が転換する。このせわしなさと情報量の多さは、非常に今の時代のJ-POPらしい。


08.Mr. FUNK


作詞:youth case
Rap詞:Shigeo
作曲:Ricky Hanley, Daniel Sherman
編曲:metropolitan digital clique


 相葉雅紀のソロ曲。タイトルの通りファンクな曲調なのだが、松本潤のソロ曲「Don’t you love me?」と同じくアレンジにはやはり80年代テイストが漂う。特徴的なのはヴォーカルのメロディに絡みあうようなホーン・セクションのフレーズ。BPM115あたりのテンポ感も含め、あくまで80sアイドル歌謡曲を経由した「和製ファンク」。前作『THE DIGITALIAN』の相葉ソロ曲「DISCO STAR」は「和製ディスコ」をキャラクタライズした内容だったが、この曲の作詞も同じくyouth caseが手掛けており、そことの連続性も感じられる。


09.暁


作詞:s-Tnk
作曲・編曲:三留一純


 大野智のソロ曲。これもやはり「和楽器をフィーチャーしたダンスナンバー」の並びに連なる一曲だ。メロディも特徴的。七五調の言葉がハマりやすいよう、Aメロやサビは基本的に5つの音符のフレーズの組み合わせで構成されている。作曲を手がけた三留一純は、スクウェア(現スクウェア・エニックス)を経て、ゲーム・ミュージックやアニメの劇伴なども手掛けてきたクリエイター。


10.青空の下、キミのとなり


作詞:wonder note, s-Tnk
作曲:Gigi, wonder note
編曲:metropolitan digital clique


 シングル曲。ということもあってか、サウンドの方向性は、アルバム全体のコンセプトからは少し浮いている。イントロのワブルベースなどは、むしろ前作『THE DIGITALIAN』に通じるテイスト。


11.Rolling days


作詞・作曲:Octobar
Rap詞:櫻井 翔
編曲:pieni tonttu


 櫻井翔ソロ曲。ミディアムテンポの8ビートからスパニッシュで情熱的なサビに展開する曲調は、ブラック・ミュージックへの傾倒を見せてきた彼にしては新鮮。声を落としてセクシーさを出した低音のラップが見せ所か。


12.イン・ザ・ルーム


作詞:小川貴史
Rap詞:櫻井 翔
作曲・編曲:Jeremy Hammond


 この曲のキーワードはサビの頭で歌われる「ルージュ」だろう。これも80年代歌謡曲を髣髴とさせるワード。ジャズやフュージョンをの風合いを忍ばせつつ横ノリのグルーヴを展開するAORテイストのサウンドに、色気を感じさせる歌詞。このあたりから彼らがこのアルバムで掲げた「原点回帰」というもう一つのコンセプトの意味がわかってくる。「原点」という言葉からは、嵐自身のスタート地点だけでなく、ジャニーズの系譜、日本の男性アイドルポップスのヒストリーをもイメージさせられる。


13.マスカレード


作詞・作曲:HYDRANT
編曲:船山基紀


 この曲はアルバムのもう一つのコンセプトである“原点回帰”=“ジャニーズらしさの継承”が最も顕著に現れた一曲。マイナーキーでコクのあるメロディ、ドラマティックな味付けの強い展開、日本語と英語が混じりあった歌詞と、まさに「80年代アイドル歌謡曲」のフォーミュラにのっとった楽曲になっている。「SMAP以前」「J-POP以前」の男性アイドルだ。


 「マスカレード」という曲名は「仮面舞踏会」という意味。そして、この曲のアレンジを担当した船山基紀は少年隊「仮面舞踏会」の編曲も担当している。つまり、ここには嵐が継承する「ジャニーズらしさ」のモデルが少年隊にあったことが示されている。このことも大きなポイント。


14.MUSIC


作詞:AKIRA
作曲:古川貴浩
編曲:吉岡たく


 二宮和也ソロ曲。これまでは『THE DIGITALIAN』の「メリークリスマス」など作詞作曲を自身で担当することもあったが、今回は提供曲。それでもファニーな曲調にゲーム・ミュージック的な電子音のインサートなど、やはりアルバム全体のテイストからは浮いた仕上がりになっているのが「らしさ」と言えるかも。


15.伝えたいこと


作詞:ASIL,s-Tink
作曲:Fredrik "Figge" Bostrom, Susumu Kawaguchi
編曲:pieni tonttu


 シャッフルビートであたたかなメロディのミディアム・チューン。クリスマス・ソングにも通じるハートウォーミングなアレンジはアルバム全体の中では最も保守的な曲調だが、「ありがとう」という歌詞が歌われるこの曲は、いわばファンに向けたタイプの曲と言えるだろう。


16.Japonesque


作詞:MiNE, R.P.P.
作曲:sk-etch, MiNE
編曲:ha-j, sk-etch


 こうしてアルバムを全曲聴いていくと、彼らが掲げた“外から見た日本”“原点回帰”というコンセプトが、サウンドとしては「和楽器とブラック・コンテンポラリーの融合」「80年代アイドル歌謡曲の継承」という二つの軸に収束していったことが伺える。その二つが最も絶妙なバランスで結実しているのが、ラストにおさめられたこの曲。カッティング・ギターとグルーヴィーなベース、そして鼓の小気味いいビートが引っ張るファンク・ポップ。転調の巧みさと展開の目まぐるしさで飽きさせない曲調になっている。ここ数作では壮大なスケール感を持ったナンバーでエンディングに到達する構成を見せていたが、「♪らっちゃっちゃ~」と歌うこの曲の「軽さ」もポイントだろう。


・日本よいとこ摩訶不思議


(作詞・作曲:野村義男/編曲:)


 「通常盤」「初回限定盤」に加えて「よいとこ盤」という3種類の形態でリリースされた本作だが、この曲は「よいとこ盤」に収録されたボーナス・ディスクに収録の一曲。なので本編の16曲とは位置付けが異なるのだが、こうして見ていくと、実はこの曲は、今回の『Japonism』で提示したコンセプトの「答え合わせ」のような一曲になっている。


 というのも、この曲は少年隊のカバー。彼らのデビューシングル『仮面舞踏会』のカップリングに収録されたナンバーである。作詞作曲は野村義男。この曲も、ディスコやファンク、ブラック・コンテンポラリーを意識したポップソングを基盤に、和楽器の響きを上モノとして加えたサウンドになっている。歌詞も、ユーモラスな言葉遣いで日本の昔話や手遊びを取り上げた内容となっている。


 つまり、彼らが掲げた“原点”の参照軸はここにあった、ということが改めて示されているわけだ。


 ちなみに2002年にリリースされた7thシングル『a Day in Our Life』(『木更津キャッツアイ』主題歌)も、やはり少年隊のヒット曲「ABC」をサンプリングしている。これは以前に矢野利裕氏との対談でも触れたとおり(http://realsound.jp/2015/04/post-2921.html)、ジャニーズ的な伝統をヒップホップ流のサンプリングのかたちで示した曲。このことからも、コンセプトの「原点回帰」は実はダブル・ミーニングで、「嵐としての原点」と「ジャニーズの系譜の原点」への二つの回帰を重ね合わせているのでは、と推察できる。


 さらに考えを深めるならば、そもそも“外から見た日本”というのは“ジャニーズらしさ”そのものの原点でもある。ジャニー喜多川氏は、本名John Hiromu Kitagawa。LA生まれでアメリカ育ち、占領下の日本にアメリカ進駐軍の一員として赴任し働き始めたキャリアの持ち主だ。初代「ジャニーズ」も、彼が住んでいたアメリカ軍宿舎に近所の少年たちを集めて結成した少年野球チームが母体。大谷能生・速水健朗・矢野利裕『ジャニ研!』でも語られているとおり、60年代に始まったジャニーズのオリエンタリズムのルーツは“アメリカから見た日本”という、ジャニー喜多川氏がもともと持っていた視点のあり方に由来するもの。はっぴいえんどで大滝詠一や細野晴臣が体現したオリエンタリズムが「日本から見たアメリカ」の裏返しだったのとは対極的な構造なのである。


 だからこそ、ジャニーズ事務所のアイドルたちはブラック・ミュージックに「和」の要素をちりばめた数々のヒットソングを送り出してきた。代表的なものは、シブがき隊「スシ食いねェ!」。少年隊の「日本よいとこ摩訶不思議」も、忍者「お祭り忍者」も、その系譜に位置づけられる。ここでモチーフになっているのが「スシ・フジヤマ・ニンジャ」など、“外国人が思い浮かべがちな日本らしさ”なのも大きなポイントだ。こうして、戦後日本にいわば「フェイク・ジャパニーズ」としてのエンタメ文化を脈々と連ねてきたのがジャニーズ事務所の歴史だった、とも言える。


 そして、嵐自身は99年にハワイでデビューを発表したグループだ。2014年には、デビュー15周年を記念してハワイでのコンサートを行っている。インタビューによると、その体験が今作の“原点回帰”というコンセプトのスタート地点になったのだという。


 ハワイというのは、言うまでもなく、アメリカ本土と日本の中間地点にある場所だ。そこから日本に向けてデビューを発表したということは、自分たち自身のヒストリーもジャニーズ事務所の歴史と同じく“アメリカから見た日本”という視点から始まっていたということに気付くきっかけになったのではないだろうか。


 『Japonism』の“原点回帰”“外から見た日本”というコンセプトの背後には、こんな壮大な物語を読み解くこともできるのである。(柴 那典)