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H ZETT M×ゲスの極み乙女。ちゃんMARI対談 二人が音楽家・鍵盤奏者として大切にしていること

2015年11月15日 16:01  リアルサウンド

リアルサウンド

H ZETT M(左)とちゃんMARI(右)。(撮影=下屋敷和文)

 H ZETTRIOとしてニューアルバム『Beautiful Flight』をリリースしたばかりのH ZETT Mと、先日ワンマンとしては過去最大キャパとなる横浜アリーナ公演を成功させたゲスの極み乙女。のちゃんMARI。お互いがお互いのファンを公言する二人の鍵盤奏者の対談をここにお届けしよう。共に卓越したプレイヤビリティを備え、楽器を演奏する喜びを目いっぱい体現していることが素晴らしい両者だが、対談から浮かび上がってきた意外な共通点は、「あまり自分をプレイヤーとして意識していない」ということだった。では、二人が音楽家として重要視していることは何なのか? その答えは、以下の対話の中に。


・「キーボードは目立たないっていうイメージが崩壊しました」(ちゃんMARI)


――H ZETT Mさんはいつ頃からゲスの極み乙女。のことが気になっていたんですか?


H ZETT M:2013年とか2014年ぐらいですかね。僕は人に「このバンドがいい」とかってメールすることないんですけど、ゲスの極みさんを聴いて、「これは聴かなきゃ」っていうメールをメンバーとスタッフにCCで送ったんです。「パラレルスペック」とか「キラーボール」とか、4曲ぐらいYouTubeのリンクを貼って。あの途中の「幻想即興曲」とかも、最高ですね。


ちゃんMARI:ありがとうございます! 大変光栄です!


H ZETT M:いろんなバンドをチェックしてたんですけど、飛び抜けてるなって。面白いことをしてやろうっていう攻撃性がありつつ、それでいてオシャレっていう、そこが融合してるのも面白いと思ったし、一人一人が素晴らしいキャラクターで、ちゃんとテクニックもあって、「これは一体なんだ?」と。


ちゃんMARI:私もゲスのことを知らなかったら、「なんだ?」って思ったと思います(笑)。


――ちゃんMARIさんはいつ頃からH ZETT Mさんがお好きだったんですか?


ちゃんMARI:私は16歳とか17歳の頃にPE’Zを……あ、違うんでしたっけ?(笑)


H ZETT M:まあ、大丈夫です(笑)。


ちゃんMARI:まずPE’Zの音源を聴いて、そうしたら、東京事変にも似たような方が参加されてて、ホントに衝撃的で。まずパフォーマンスがすごいし、聴いててとにかく楽しい。歌心もあるし、テクニックもすごいし、全部詰まってるなって、びっくりしたのを覚えてます。「もっと楽しそうに弾いていいんだな」って、そこから自分のプレイも変わりました。キーボードはバンドの中で目立たない存在っていうイメージだったんですけど、そういうのは全部崩壊しましたね。とてもいい意味で(笑)。


――改めての質問ですが、H ZETT Mさんの現在のプレイスタイルはどのようにしてできあがっていったのでしょうか?


H ZETT M:根が真面目じゃないんで、意外と適当なんです(笑)。ちゃんと弾かなきゃとは思わないというか、思わなくなっちゃったっていうんですかね。小耳に挟んだんですけど、割合とかの「大体」って、意外と正確らしくて、「じゃあ、大体合ってればいいのかな」って(笑)。


――いつぐらいからそう考えるようになったんですか?


H ZETT M:最初はクラシックピアノをすごい練習してて、ちゃんと真面目に弾くって意識の人だったんですけど、だんだん悪い友達ができまして(笑)、不真面目になってきて、でも真面目な時期も一応思い出しながら、今はミックスされてる感じですね。スキルもちゃんとないと、説得力がなくなっちゃうと思うので。


・「プレイはそんなに重要視してなくて、全体でいい音楽ができればそれでいい」(H ZETT M)


――お二人とも小さい頃からピアノを始められてるんですよね?


ちゃんMARI:私は4歳からです。


H ZETT M:僕も一緒ですね。


――ピアノのスタートって、4歳が一般的なんですかね?(笑)


ちゃんMARI:私が通ってた幼稚園の音楽教室の看板に「4歳になったら」って書いてありました。でも最初は何の教室かちゃんとわかってなくて、始めてみたら思っていたのと違って、「あれ?」って思った記憶があるんですけど、「なんか楽しそうだからやりたい」って言った手前、やめられなくて。でも、やってるうちに楽しくなってい行ったんです。


――小っちゃい頃はどんな音楽がお好きだったんですか?


ちゃんMARI:ジブリの映画が大好きだったので、久石譲さんとか。


――H ZETT Mさんの楽曲にもジブリ感ありますよね。


H ZETT M:ジブリの音楽は大好きです。やっぱりメロディーの美しさに感動します。名曲の素晴らしさが好きっていうのはありますね。


ちゃんMARI:私もまずメロディーがきれいだなって思って、あとちょっと日本っぽさを感じたんですよね。その影響は弾いてるスケールとかに無意識に出てるんじゃないかと思います。


――お二人とも音大の作曲科を出ていらっしゃいますよね。それぞれどんな学生だったのでしょうか?


ちゃんMARI:作曲をメインに習ってはいたのですが、すでにバンドをやっていて、そっちに結構時間を割いてました(笑)。あとジャズを学校ではなく外で習い始めました。


H ZETT M:学校内と学校外で別のことをやってたっていうのは僕も一緒です。学校はクラシックで、学校外ではクラシック以外の音楽を遊びで、フルートとトロンボーンとサックスがフロント、あとギター、キーボード、ベース、ドラムっていうバンドでやってたんです。音大の付属高校に通ってたんですけど、男が極端に少なくて、その中のクラシック以外のジャンルが好きな人が集まって、編成とかどうでもいいからクラシック以外をやってみようっていうノリでした。


ーーそれぞれのピアニストとしてのルーツを挙げるとすると、誰になりますか?


ちゃんMARI:ビル・エヴァンスの『Waltz for Debby』は何回も聴いて、かなり参考にしました。単純に音が好きで、寝る前に聴いたりもしてたし、音源の中の空気感とか、メロディーの美しさも好きで、聴いてるうちに深みにはまって行きました。


H ZETT M:僕は最初クラシックピアノを真面目に練習してたんですけど、小学校か中学校ぐらいのときにちょっと背伸びをして聴いてみたのがチック・コリアで、「これは何だ?」って思って、それがルーツになってる気がします。自分に理解できないすごさがここにある、「これは大人の扉だ」みたいな。ただ、チック・コリアはプレイもすごいんですけど、自分としては曲を作る方が好きっていうのが大きくてですね、プレイヤーとしてというよりも、「この曲どうなってるんだ?」っていうのがすごく気になって、音楽全体がいいなって思ってました。プレイは自分の中でそんなに重要視してないというか、全体でいい音楽ができればそれでいいみたいな感じです。


ちゃんMARI:全体でいいのがいいっていうのは私もすごく思います。レコーディングが歌入れまで終わって、みんなで「いいね」ってなったときが、上手く行ったときかなって。


・「どこを切ってもいいねってなるようにしたい」(ちゃんMARI)


――ちゃんMARIさんはゲスの曲に関してどんなことを強く意識されていますか?


ちゃんMARI:単純に、パーツ一個一個かっこいいものを弾くっていうのがあって、それが曲の中でバラバラでもいいんです。例えば、Aっていうパーツがあって、Aとは全然違うBがあって、また全然違うCが来て、それを急につなげたりしたら面白いみたいな。それは川谷くんが指示してくれる部分が多いんですけど。


H ZETT M:違うものをくっつけちゃおうみたいな?


ちゃんMARI:そうです。例えば、楽器がマーズ・ヴォルタみたいなことをやってて、でもヴォーカルは小田和正さんみたいとか、そういう縦の組み合わせもあるし、激しい曲調の後で急にバラードになったり、ピアノソロになったり、そういう横の組み合わせもある。その組み合わせの面白さがあり、そのどこを切っても「いいね」ってなるようにしたいと思ってます。


――フレーズ自体はどうやって作ってるんですか?


ちゃんMARI:川谷くんが口ピアノでフレーズを言うこともあるし、ふんわりとしたイメージで「こういう感じ」っていうのがあって、それに肉づけをすることもあります。この間は「ここに3小節だけクラシックのフレーズを入れて」って言われて、そのときはでたらめクラシックを入れました(笑)。


――ちゃんMARIさんからH ZETT Mさんに質問はありますか?


ちゃんMARI:音源を聴かせていただいて、一音一音に命がこもってると思ったんですけど、音を出すときに気を付けてることってありますか?


H ZETT M:「体全体で」みたいのは考えます。音一個単独で存在させるっていうよりも、全体をブワーって……「地球が鳴ってる!」みたいな(笑)。


ちゃんMARI:あと曲をどうやって完成させるんでしょうか? 即興なのか、ある程度作っていかれるのか。


H ZETT M:作曲をする瞬間って、何であれ即興みたいなものなのかなって思うんです。パッと思いついて、パッと書いて、パッと渡して、パッと演奏してっていう。


ちゃんMARI:作るのが速いんですね。


H ZETT M:スピード感は重要視してます。「速く速く!」って(笑)。


――それって思いついたときの熱量をそのまま形にしたいということなんでしょうか?


H ZETT M:「ここどうしよう?」っていう時間があんまり好きじゃないんです。いいか悪いか、スッて決めたい。


――じゃあ、録音のテイク数も少ないんですか?


H ZETT M:そうですね。基本一回目が一番いいって結論に今はなってます。


ちゃんMARI:私もそう思うんですけど、上手くできないんで、何回か録り直して、「やっぱり一番目がよくない?」ってなりますね。細かいところはさておき、全体の雰囲気がいいのはやっぱりファーストテイクなのかなって思います。


・「弾いていきたいっていうよりも、作っていきたい」(H ZETT M)


――僕はお二人の一番の共通点は、楽器を演奏することの楽しさをちゃんと伝えてることだと思うんですね。ライブにおいてはお客さんと一体になって盛り上がることも大事だけど、H ZETTRIOやゲスの極み乙女。のライブを見ると、「楽器ってすごいな、僕もやってみたいな」って思わされるというか。


H ZETT M:ゲスの極み乙女。さんは一人一人生き生きしてますよね。それが素晴らしいと思います。


――基本は歌もののポップスなんだけど、H ZETT Mさんがおっしゃったように、一人一人が際立っているっていう、こういうバンドはなかなかないですよね。ライブでも絵音くんが曲の途中で「キーボード、ちゃんMARI!」みたいによくメンバーの名前を言うけど、あれもやっぱりそれぞれのプレイをちゃんと見せたいっていうことだと思うし。


ちゃんMARI:たぶん、そうだと思います。川谷くんはそのバランス感覚があって、やろうと思えば自分の歌詞とメロディー以外を何も癖のないものにもできると思うんですけど、そこをあえて難しいフレーズにしてみたり、面白いものにして、だけどメロディーはすごくキャッチーっていう、その対比を自分で楽しんでるんじゃないかなって。そこがゲスの極み乙女。らしさだと考えてるんじゃないかと思います。


――H ZETT MさんはH ZETTRIOらしさをどう考えていらっしゃいますか?


H ZETT M:さっきスピーディーって言いましたけど、そういう動物的感覚みたいなのは途切れさせたくないなって思います。無意識的というか、そういう部分を大事にしたいなって。


――今は多くの音楽がデスクトップで作られて、簡単に編集されたりしますが、そうじゃない、生身の人間の演奏を重視したいということでしょうか?


H ZETT M:デスクトップで作られる音楽も大好きなんですけど、人間でしかできないこともいっぱいありますよね。


ちゃんMARI:私も極力人間が演奏してるほうがいいなと思います。もちろん、デスクトップで作られた音楽も素晴らしいから、そういう要素も取り入れてというか、通常デスクトップで作るような音楽を、また人力に戻してやれたらすごい面白いんじゃないかとか考えます。よれたりするのも面白いし、そこでも説得力が出せるように頑張りたいなって。


――では最後に、今後どんなプレイヤーを目指したいか、それぞれ話していただけますか?


ちゃんMARI:私は自分のことをプレイヤーだと思ってない節があるというか、「私が私が」っていうのはあんまり好きじゃないので、曲がよければいいし、それを引き立てられればそれでいいかなって思います。そこで必要なフレーズが弾けないと思ったら、練習しないといけない。表現したいものを表現するためには、テクニックも必要になってくると思うので、そういう意味ではプレイヤーとしてもどんどん上がっていけたらいいなって思います。


――途中でも「全体でいい音楽がいい」という話がありましたもんね。やはり、H ZETT Mさんもそういう意識でしょうか?


H ZETT M:そうですね。プレイヤーとしていいねって言われるのもすごく嬉しいんですけど、「この人の音楽いいね」って言われたいので、そういうものを作っていきたいです。「弾いていきたい」っていうよりも、「作っていきたい」っていう感じなんですよね。


(取材・文=金子厚武)