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きのこ帝国の音楽的変化と一貫性 あーちゃんのピアノとギターサウンドから紐解く

2015年11月14日 21:01  リアルサウンド

リアルサウンド

きのこ帝国『猫とアレルギー』

 きのこ帝国がメジャーから初めてのフルアルバム『猫とアレルギー』を発表した。野心的にポップで開かれた地平を目指しつつ、一方では純粋な音楽ファンとしての面影を残す、バンドの個性がしっかりと詰まった素晴らしいアルバムだと思う。ここではこれまでオルタナなギターサウンドでバンドのイメージを決定付け、現在では端正なピアノでポップな側面にも大きな貢献を果たしているあーちゃんのプレイを解析する。


 まずはこれまでの歩みを簡単に振り返ってみよう。インディーズでのデビュー作『渦になる』や、セカンド『eureka』でのバンドのイメージは、一言で言えば「サイケデリック」であった。佐藤千亜妃がもともと好きだったというマイブラ直系のシューゲイズサウンドを鳴らすレディオ・デプト、90年代のUSオルタナを代表するバンドのひとつであるダイナソーJr.、さらには日本のインディーシーンで活動する夜の夢といったバンドからの影響を受けたあーちゃんのギターは、ノイジーかつ空間的な広がりを感じさせるのが一番の特徴。ライブではソニック・ユースのサーストン・ムーアのごとくドラム・スティックでギターをこすってノイズを生み出すなど、その存在はバンドのオルタナな側面の象徴だった。


 しかし、喪失感の中から生まれたという『ロンググッドバイ』をターニングポイントに、シンプルなアレンジでこれまで以上に佐藤の歌と美しいメロディーを全面に押し出した転機作『東京』を発表。続くサードアルバムにしてインディーズ時代のラスト作『フェイクワールドワンダーランド』でも「歌とメロディーが軸」という方向性を推し進め、R&B調の「クロノスタシス」など多彩なアレンジを披露した。そして、今年4月に発表したメジャーデビューシングル『桜が咲く前に』では、あーちゃんによるピアノがフィーチャーされ、より開かれた方向性の第一歩が示されている。


 『猫とアレルギー』においても、まず印象的なのは佐藤の表情豊かなボーカリゼーションと、ポップなソングライティングのクオリティの高さ。歌詞の内容も「『東京』以降」といった感じで直接的な描写が増え、「全曲ラブソング」と呼んでも差し支えないほどだ。そんな中、サウンド面での一番の変化は、あーちゃんのピアノが多くの曲でフィーチャーされているということ。先日ミュージックビデオが公開されたタイトルトラック「猫とアレルギー」で初めてキーボードを演奏する姿が公開されているが、この曲にはストリングスも加わり、「桜が咲く前に」以上のスタンダード感を感じさせる。


 もちろん、ボトムをしっかり引き締めるリズム隊や、佐藤によるアウトロのギターソロにはオルタナな質感も残っていて、個人的にはバンドがリスペクトを表明しているsleepy.abの「アンドロメダ」を連想したりも。また、ロッカバラード調の「スカルプチャー」や、メランコリックな雰囲気の「ハッカ」でもピアノがフィーチャーされ、やはりアルバムの大きな色となっている。


 「ピアノを軸としたきのこ帝国」という新たな側面を披露する一方で、初期を彷彿とさせるサイケデリックなギターサウンドも存分に聴くことができるのは、インディーズ時代からのファンには嬉しいところ。ピアニカによるイントロからして、フィッシュマンズ~あらかじめ決められた恋人たちへの系譜に連なるダブ風ナンバー「夏の夜の街」のアウトロでは轟音ギターがかき鳴らされ、アップテンポの「35℃」も後半のスネアロールと共に空間を埋め尽くしていくギターが印象的。浮遊感たっぷりの「ドライブ」や、本作の中では最もオルタナ感があり、録音も生々しい「YOUTHFUL ANGER」で聴くことのできるファズギターによるノイジーなソロも非常にらしさが出ている。フレージング自体がものすごくテクニカルというわけではないが、音像そのものにあーちゃんというギタリストの記名性がはっきり表れていると言えよう。


 これまでになくポップなアー写やジャケットから、「きのこ帝国はメジャーに行って変わってしまった」なんて思う人もいるかもしれない。もちろん、彼女たちは上を目指して今も現在進行形で変わり続けている。しかし、決して短くはない助走を経て、インディーズデビュー後の3年を勢いよく駆け抜けた愛すべききのこ帝国は、『猫とアレルギー』にもしっかりと刻まれている。(金子厚武)