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クラムボンが武道館公演で見せた、ミュージシャンシップの高さと“ギャップ萌え”

2015年11月14日 15:01  リアルサウンド

リアルサウンド

クラムボン武道館公演の様子。(撮影=Yoshiharu Ota)

 少々迂回するが、クラムボンが11月6日に日本武道館で行ったライブの模様を伝える前に、ひとつ、記しておきたいことがある。彼らはこの日、ライブ会場限定で「Slight Slight」というシングルを販売した。tofubeatsとFORTのリミックスが収録された3曲入りシングルだ。そして、ライブのMCで来年2月のツアーでミニ・アルバムを会場限定販売し、会場では一部を除きメンバーによるサイン会も行うことを発表した。クラムボンのミトは以前、本サイトのインタビューで「今の日本の音楽シーンって、プロモーション、制作、宣伝、ライブ活動全般があまりにも同じことを繰り返してるだけのように見える」と話しているが、こうした危機意識がライブ会場限定でのリリースに繋がったのだろう(参考:クラムボン・ミトが語る、バンド活動への危機意識「楽曲の強度を上げないと戦えない」)。


 筆者はいち時期アイドルのライブに頻繁に通っていたのだが、その時の目当てのひとつは、会場でしか買えない手焼きのCD-Rだった。ネットで手軽に情報が手に入るから今だからこそ、現場に足を運んだ人に貴重な体験を提供しよう、という姿勢がアイドル運営からもクラムボンからも窺える。現状を冷静に分析した上での賢明な策略と言えるだろう。


 ライブ本編の話に移ろう。ステージには円状のボードのようなものが置かれ、その上に3人が乗って演奏する。円をすっぽりと覆うように幻想的なベールが時折降りてきて3人を包む。だが、それ以外に特別な演出がなされるわけではない。照明はライブを効果的に盛り上げていたが、それも基本的にオーソドックスなもので、ステージの中心はあくまでも3人の演奏だ。驚いたのは、3人だけでこれだけ濃密な音が出せるんだ、ということ。菅野よう子やMOROHA、徳澤青弦、室屋ストリングスといったスペシャル・ゲストは登場したものの、足りない音を補うためにサポート・ギタリストを入れたりということはない。それでも3人による音圧は「武道館が広い」と感じさせることは一瞬たりともなく、むしろ2階席も含めた空間を完全に掌握・支配していたという印象すらある。これは3人のミュージシャンシップの高さの成せる業だろう。


 時におおぶりなアクションを見せるミトの饒舌に歌うようなベース、音楽専門学校で講師も務める伊藤大助の音量を上げても耳に痛くないドラム、セロニアス・モンクを愛する原田郁子の繊細で柔らかなピアノ。いずれも、セッションから曲を作るレコーディングを経たからこその、音楽的基礎体力を感じさせるものだった。また、ケーブルにこだわるなど、音響面でも様々な工夫や配慮をしたのだろう。空間的な広がりや奥行きに満ち、ノイズも心地良く聴かせる音像は、機材や楽器の特性に精通した彼らならではのものだったと思う。


 セットリストはアンコール込みで全23曲。退場時のSEに使われた「Lightly…」を含めると、最新作『triology』からの曲はすべて披露したことになる。『triology』はミトのデモの精度がこれまでになく高まり、プロフェッショナルな仕事ぶりが光る傑作だったが、ライブでもそうした最新ヴァージョンのクラムボンは全開となっていた。その一方で、「はなれ ばなれ」「シカゴ」といった初期の代表曲をはじめ、「サラウンド」「バイタルサイン」「便箋歌」など、キラー・チューンが惜しげもなく演奏される。こういう、イントロだけで聴く者の胸をざわつかせる曲を数多く持っているバンドはやはり強い。何度もそう実感させられた。


 そんなライブで最も印象に残ったのは、3人のくだけたMCとタイトな演奏のギャップだ。元々初期は原田郁子の童女めいたキャラクターも手伝い、ゆるふわなイメージもあったクラムボンだが、一旦音を出すとゆるふわどころかバキバキの音を鳴らすバンドである。特にこの日は、そのコントラストが際立っていた。ミトや原田郁子のMCは気さくに客に話しかけるタイプのもので、音楽好きのお兄ちゃんお姉ちゃんといった風情。「バタフライ」を演奏する前にはミトが、“ぶっちゃけ、この曲『triology』でいちばん難しいんですよ”と笑顔で話していた。演者の神秘性や匿名性を保ちたいタイプのバンドなら、そんなことを言ったりはしないだろう。彼らの天真爛漫さはそうした戦略とは無関係なのだ。思えば、インタビューでも彼らはいつも率直で気取らない雰囲気で話してくれていた。その時同様、この日のMCでも彼らは観客との会話を楽しんでいるようだった。それが、一度音を出せば途轍もなく強靭で重厚な音を出して会場を呑み込んでしまうのだ。このギャップこそ、クラムボンのライブの最大の魅力であり、バンドの本質を表しているのではないだろうか。いまどきの言葉で言うところの“ギャップ萌え”か。気さくな語り口と硬質な演奏の鮮やかな対比に魅了された、そんな夜だった。(土佐有明)