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作詞家・岩里祐穂が語る、今井美樹の楽曲秘話「“全部自分で選ぶ”のが、彼女らしい」

2015年11月11日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

岩里祐穂氏、沖田英宣氏

 11月17日、東京・代々木にあるハイレゾ音源が楽しめるバー「Spincoaster」で、今井美樹『Premium Ivory』のハイレゾ音源配信スタートを記念した試聴会が開催された。


(関連:今井美樹の楽曲はなぜ“新鮮で懐かしい”のか? オールタイム・ベスト収録曲の魅力を紐解く


 キュレーションマガジンantenna*[アンテナ]で厳選なる抽選の結果選ばれたファンが会場に集まり、お酒を片手に『Premium Ivory』収録曲の「PRIDE」「Miss You」「PIECE OF MY WISH」のハイレゾ音源を最新鋭の音響設備で楽しんだ。


 試聴会では「PRIDE」のCD音源とハイレゾ音源の聴き比べを行い、参加者全員が「音の違いがわかった」と手を挙げるほど。何百回と聴いてきたであろう楽曲を高音質で楽しむことで、また新たな楽曲の表情にふれることができたのではないだろうか。


 また、今回のイベントにはもう一つの目玉があった。「PIECE OF MY WISH」や「Miss You」など、今井美樹の数々の楽曲を手掛けた作詞家・岩里祐穂氏と、『Dialogue -Miki Imai Sings Yuming Classics-』から今井美樹のディレクターを担当する沖田英宣氏(ユニバーサルミュージック)とのトークセッションだ。貴重な楽曲制作秘話が繰り広げられたこのトークを、今回リアルサウンドでは、テキスト化してご紹介したいと思う。(編集部)


■「唯一無二の存在、という印象」(岩里)


沖田英宣(以下、沖田):今井美樹と岩里さんの最初の出会いは、アルバム『Bewith』(1988年)の「黄色いTV」という楽曲です。岩里さんと(作曲の)上田知華さんが、プレゼンに楽曲を持っていったのがはじまりということなのですが。


岩里祐穂(以下、岩里):はい。上田さんと一緒に曲を書こうという話をしていたときに、「あのハナマルキのCMの子がいい」という話になりまして。あの子かわいいよね、って。それが今井美樹さんでした。


沖田:最初はCMで見た今井のイメージで楽曲をつくって、レコード会社に持って行ったと。彼女に初めて会ったのはいつ頃ですか?


岩里:「9月半島」という楽曲があるのですが、この曲を上田さんが曲先(曲を先につくり、歌詞をあとでのせる)で書いていて、当時の担当ディレクターから「また詞を書いてください」とオファーをいただきました。「黄色いTV」の歌詞の登場人物が、3カ月後どうなっているかという設定で書いてほしいというお話で、この曲が生まれました。その2曲のオケ録りをしているときに今井さんに初めてお会いしました。


沖田:実際に会おうとどんな印象でしたか? イメージは当たっていましたか?


岩里:「うわー、足長い!」と思いましたね(笑)。イメージそのままで、自分の意志や価値観がしっかりしているような印象でした。デニム、白シャツ、ソバージュにコンバースというスタイルで。


沖田:新鮮だったんですよね。そういう女の子が出てくるのが、今までなかったというか。


岩里:唯一無二の存在、という感じでした。


■「『半袖』はまさに、岩里さんのイメージスケッチからできた曲」(沖田)


沖田:岩里さんはこれまで今井の楽曲を68曲も手がけていらっしゃるんですよね。


岩里:30曲くらいかと思ってました(笑)。いつからそんなに増えたのかしら。


沖田:岩里さんがあるアーティストに詞を提供した楽曲数でいうと、今井が一番ということなのですが、これまで1枚のアルバムに3~4曲歌詞をお書きいただいてきた中で、ディレクターから「こういう曲を担当してほしい」ということは、あらかじめ言われていたのでしょうか?


岩里:はい、でも詞に関してはこちらから提案していくようなかんじですね。アルバムをつくるためにまず曲が集められて、選曲が固まってきたら、みんなでご飯に行ったりして。その時に手ぶらで行くのもなんなので、「今井さんにいいな」と思う言葉を並べて持っていくようにしています。『Colour』の時もそうでしたね。


沖田:イメージスケッチのような言葉を先にいただいて。


岩里:「半袖」「ひまわり」のようにタイトルになるものもあれば、言葉の切れ端でちょっと文章を書いてみたり。そういうものを持っていくと、今井さんから「これいい!」「これ好き」と反応してもらえて。そうやってネタを提供しつつ、話し合いながら進めています。


沖田:「半袖」はまさに、岩里さんのイメージスケッチからできた曲なんですよね。


岩里:詞が半分先なので、“半・詞先”ですね。「半袖」というワードや、2番の<あなたは 愛してはいけない人ではなく/決して愛してはくれない人>という歌詞は、すぐ出てきました。あとはぐちゃぐちゃな歌詞でしたが、それを持って行ったら喜んでもらえて。上田さんと曲と詞を送り合いながら、だんだんと曲をつくりあげていきました。


■「1番と2番の歌詞が最初は逆だった」(岩里)


沖田:作詞岩里さん、作曲布袋寅泰さんの「Miss You」についてもお聞きしたいと思います。“制作ディレクター”という耳で聴くと、1ミリも無駄のない曲だと思うんです、曲も詞も。本当に素晴らしい曲なのですが、これは曲が先にあったのでしょうか?


岩里:はい、曲が先にありました。ドラマ『禁断の果実』のタイアップが決まっていて。けっこうドロドロした内容のドラマでしたね(笑)。はじめは今井さんが詞を書くことになっていたようで「I miss you」のフレーズだけ決まっていました。そこから“I miss you縛り”で私が引き継いだかたちです。あと、実は1番と2番の歌詞が最初は逆だったんですよ。


沖田:出ました、秘話(笑)。


岩里:ひっくり返したほうがいいと、どなたかに言われまして(笑)。「どうしよ~!」と思いながら。そんなこともありましたね。


沖田:これはいわゆる「ロストラブ」の歌ですが、歌詞って……そもそも、どうやって作るんですか?


岩里:<どうして終わらせたのだろう>というフレーズは、すぐに出てきました。そこからイメージを膨らませて、どうして終わらせたんだろう、苦しくなることもわかっていたのに、でも恋を終わらせたのは自分だ、みたいなのが、まさに「今井美樹!」って感じがするじゃないですか。“終わらせられた”失恋じゃなくて、“自分で終わらせる”。全部自分で選ぶんです。そんなイメージで作っていったので、「Miss You」は苦しまなかったですね。


■「新世代の台頭として、岩里さんや今井美樹がいた」(沖田)


沖田:岩里さんは、今井美樹のことをどう感じていらっしゃいますか?


岩里:常に一生懸命に物事を考えて、ひとつひとつコツコツと……そういう方ですね。あとは、強い!「A PLACE IN THE SUN」の<私の強さがいつか二人を/逃げ場所もなく支配していた>なんて、嫌がられるかなと思いましたけど、するっと歌ってくれました。ご本人的にその歌詞に違和感がなかったんでしょうね。「雨にキッスの花束を」で<こんなに気の強い女/ねぇ本当に私でいいの?>という歌詞も平気で歌ってくれました。嫌じゃないんだ、と驚きました(笑)。


沖田:本人も思い当たる節があるのでしょうか? まぁ、泣いてすがるタイプではありませんよね。


岩里:ありえないですね(笑)!


沖田:旧来の大衆歌謡曲の世界のようなものは……。


岩里:今井さんに限らず、今そういう人はいないですよ。


沖田:なんであんなに昔の歌詞は、泣いてすがっていたのでしょう?


岩里:男の人が書いた女性像、幻想ですよ。


沖田:歌謡曲の作詞に若い女性が進出していく、という時代ではなかったですしね。「泣いてすがってほしい」という人が書いていたところに「泣いてすがってたまるか」という新世代の台頭として、岩里さんや今井美樹がいたのではないかな、と思います。あと、今井には「不器用さ」というキーワードもありますよね。


岩里:ありますね。「石橋を叩いて渡る」、叩きすぎなくらいです。


沖田:叩きすぎた結果、「やっぱりこれ、石じゃん」みたいな。慎重さというか。


岩里:「振り返らない」というキーワードも。終わったことは全部よしとする潔さと言いますか。そこが彼女の素晴らしいところで、見習わなければなと思います。


■「恋愛を絡めない曲が書けたということは、とてもうれしかった」(岩里)


沖田:岩里さんが書かれた今井美樹の歌詞世界の女性は、凛としているんですよね。自分の弱さを殊更隠すわけではないんだけれども、凛としている。


岩里:それはもう今井さんのイメージどおりですよ。繊細で弱くて、自信がない部分もたくさんあるけれど、そこがまたかわいいんです。


沖田:それが如実に詞に現れているのが「PIECE OF MY WISH」ですね。作り終えたとき「これは売れる」と思いましたか?


岩里:ぜんぜんそれどころではなくて。当時私は妊娠していて、第1稿はボロボロでした。これもOLの成長を描いたドラマのタイアップが決まっていて、「仕事がうまくいかない、ちょっと元気のない友達を励ます歌がほしい」と、ドラマのプロデューサーから話を聞いていたのですが、はじめに書いたものは「この人落ち込みすぎ。生きるか死ぬかじゃないんだから」と言われてしまって。そこからだいぶ苦しみましたが、レコーディングのギリギリまで待っていただいたおかげで、ようやくパーツが集まって完成させることができました。そして、主題歌となったドラマ『明日があるから』の初回放送日にはじめてみなさんに「PIECE OF MY WISH」を聴いていただいて、その翌日に出産しました。そういうこともあって、この曲からは母性ホルモンがにじみ出ているかもしれません(笑)。


沖田:なるほど! <雨に負けない強さを>は、独り身のシングル・ガールが強がっているというよりは、女性としての大きさというか。


岩里:そうですね。90年代の初めくらいまでは、恋の歌しか書かせてもらえませんでした。恋をモチーフにすることが求められて、「元気づける」にしても、失恋をした人をどう元気づけるか、どう立ち直らせるかということばかりで。どうしても「恋愛」が絡まないとディレクターが許してくれない時代でした。そんな中で「PIECE OF MY WISH」は応援歌として、恋愛が絡まない曲だったんです。恋人も友達もいる、孤独じゃないのに苦しいときもある。実際はそういうものじゃないですか。そういう人たちを励ます歌として、恋愛を絡めない曲が書けたということは、とてもうれしかったです。


沖田:見落としがちになっていますが、この曲は以降のポップ・ミュージックの歌詞の世界観に相当影響を与えた曲なのかもしれないですね。岩里さんの言葉というものが、今井美樹の音楽、ひいては、女性ソロシンガーの世界観というものにまで密接な結びつきがあるということがよくわかりました。