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ゲスの極み乙女。、indigo la End、SMAP提供曲……川谷絵音の作曲術の特徴を探る

2015年11月09日 22:21  リアルサウンド

リアルサウンド

ゲスの極み乙女。『オトナチック/無垢な季節(初回限定盤)』

 キャラ立ちしたメンバーによる並外れた演奏能力が魅力の、男女混成“ヒップホップ・プログレバンド”、ゲスの極み乙女(以下、ゲス)。一方、洗練されたギターアンサンブルと疾走感あふれるバンドサウンドにより、一貫して「喪失感」を歌い続けるindigo la End(以下、インディゴ)。そんな二つのバンドで作詞作曲を手掛け、自らギター&ヴォーカルとしてフロントに立つのが川谷絵音である。とりわけゲスは、そのバンド名の奇抜さもあってデビュー当初はイロモノ扱いされることもあったが、今年5月に甘利明経済再生相が記者会見の中で、彼らの楽曲「私以外私じゃないの」を替え歌に「マイナンバー制度」をPRしたり、国民的アイドルグループSMAPが、川谷に楽曲提供をオファーしたり(「アマノジャク」)、一度聞いたら忘れられない中毒性の高いメロディは、すでにお茶の間に深く浸透しつつある。


 ゲスとインディゴ。楽器編成も、楽曲へのアプローチもまったく違うバンドだが、骨子となる川谷のコード使いやメロディラインにはやはり共通のものがあり、それが圧倒的なオリジナリティとしてシーンの中で輝きを放っている。そこで今回は、そんな川谷のソングライティングの魅力について、二つのバンドの最近の代表曲を例に検証していきたい。


 川谷のメロディの特徴としては、次の3つが挙げられる。


(1) テンションノートをメロディに用いる
(2) ファルセットとリフレインを駆使する
(3) 分数コードを効果的に使う


 まず(1)だが、特によく使われるのがメジャー7th、6th、9thといったテンションノートである。コード進行そもものは割とオーソドックスだが、メロディラインにテンションノートを使うことによって、都会的な洗練された響きを出しているのだ。特にゲスでは、ジャズピアニストに師事していた経歴を持つキーボディスト、ちゃんMARIの流麗なピアノがそれを補強し際立たせている。(2)については、川谷のハイトーン・ヴォイスと歌詞の世界が相まって、一度聞いたら忘れられないものにしている。そして(3)の分数コードは、ベースがルート音(Cのコードだったらド)を避けることで、テンションノートと同じような、なんとも言えない浮遊感を醸し出しているのである。


 実際の楽曲を聴いてみよう。まずは、前述の「私以外私じゃないの」。昨年リリースしたメジャー デビュー・アルバム『魅力がすごいよ』の、音楽的な深さが一般にあまり理解されなかったことを踏まえ、「わかりやすく作ろう」というコンセプトのもと作られたこの曲には、ゲスの持つキャッチーな魅力が凝縮されている。まずAメロは、Cm7(9)→9 E♭maj7(9)→Fmaj7→G7(#9)→G7(♭9)の繰り返し。キーはE♭で、細かい譜割のメロディには、9thやメジャー7thといったテンションノートがたくさん含まれている。そして、Bメロを挟まずいきなりサビにいくのだが、ここでキーがB♭に移調しE♭maj7→Cm7→D7→Gm→Fm7となる。D7はGmのセカンダリードミナントコードで、Fmはドミナントマイナー。<私以外/私じゃないの><報われない/気持ちも整理して><生きていたいの/普通でしょう?>というリフレインは、拍のアタマをズラすことで中毒性が倍増している。これは、SMAPに提供した「アマノジャク」でも応用されているワザだ(<悲しくなった 悲しくなったのは>の部分)。また、サビ前のAメロとサビ明けのAメロは、同じコード進行だがメロディが全く違う。この、「同じことを“容易に”繰り返さない」ルールも川谷が作る曲にはあって、そのぶんサビに戻った時のリフレイン(繰り返し)のインパクトがより大きくなっていることも指摘しておきたい。


 今年6月にリリースされたゲスの通算3枚目のシングル「ロマンスがありあまる」は、映画『ストレイヤーズ・クロニクル』の主題歌。いきなりサビから始まる部分のコード進行は、B♭maj7→C6→Dm7→A→B♭maj7→Am7→Dm7→F。キーはFで、<ありあま~る>とファルセットで駆け上がるメロディには、6th、7th、11thなどが含まれており、そのシンプルな譜割と複雑な響きのコントラストが強烈なインパクトを醸し出している。


 ゲスの通算4枚目のシングル「オトナチック」は、サビがAmaj7→G#7(♭9)→C#m7→EonG#→Amaj7→G#7(♭9)→C#m7の繰り返し。キーはEで、<大人じゃないからさ/ 無理をしてまで笑えなくてさ>という歌詞を、ファルセット&リフレインのメロディに乗せている。トニックコードのEでも、ベースは3度のG#を押さえることで、ふわふわとした浮遊感を出しているのがわかる。ちなみにこの3曲、「私以外私じゃないの」、「ロマンスがありあまる」、「オトナチック」の、サビメロの駆け上がり方はとてもよく似ていて、“川谷節”ともいえるオリジナリティになっている。


 続いてインディゴの楽曲を聴いてみよう。通算4枚目のシングル「さよならベル」は、AメロとBメロがツーファイヴの派生形ともいえるオーソドックスなものであるのに対し、サビではA♭maj7→Fm7→B♭(♭9)→E♭→A♭maj7→Fm7→B♭→E♭という具合に、フラット9thを強調したコード進行になっている。とはいえ、このフラット9thは強く主張するものではなく、あくまでもスパイスとして使われている。


 最後に、今年9月にリリースされた通算6枚目の切ない失恋ソング「雫に恋して」。この曲は、イントロからAメロそしてサビまでコード進行がほとんど変わらない。キーはA♭で、D♭maj7→E♭7→F7(9)onG→A♭maj7onCを繰り返す中、メロディだけが変化していく。サビでは、<溢れてしょうがないから><意味もなく声を出すんだ><伝うまま流れるだけ><温度が変わらないままで>の部分がリフレインになっており、3小節目「F7(9)onG」の部分は理論上マイナーキーになるところを、あえてメジャーキーをぶつけて不協和音を導き出している。この、一瞬“違和感”を覚える響きに中毒性があり、何度も繰り返し聴きたくなるのだ。


 レディオヘッドやゆらゆら帝国に憧れて音楽活動をスタートし、ジャズやヒップホップ、プログレ、サイケといった様々な音楽スタイルを貪欲に取り込みながら、自らのオリジナリティを獲得した川谷。ゲスとインディゴという2つのアウトプットを持つ彼が、今後どのような楽曲を生み出してくれるのか。今後も楽しみだ。 (黒田隆憲)