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本国フランスで大ヒット 『カミーユ、恋はふたたび』が描く、舞台装置としてのタイムトラベル

2015年11月09日 22:21  リアルサウンド

リアルサウンド

(c) 2012 F comme Film, Ciné@, Gaumont, France 2 Cinéma

 “主人公が過去にタイムスリップする”という設定だけを聞けば、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『恋はデジャ・ブ』など、過去にも幾度となく描かれてきたタイムトラベルものだと想像してしまうが、そんな設定を背景に持ちつつも、ひときわ異彩を放つ作品がフランスから届いた。10月31日に公開された『カミーユ、恋はふたたび』だ。


参考:『アクトレス~女たちの舞台~』が描く“時間”と“老い” オリヴィエ・アサイヤスの作家性を読み解く


 本作は、2012年の第65回カンヌ国際映画祭「監督週間」で上映されSACD賞を受賞したほか、同年のセザール賞で13部門の最多ノミネート、本国フランスでは公開週に興行成績第1位に輝き、約100万人を動員した大ヒット作だ。フランスから遅れること3年、このたびようやく日本公開となった。


 本作がフランスで大ヒットを果たした理由のひつとに、キャスト・スタッフの豪華さがあるのは間違いないだろう。主演だけでなく、監督・脚本も務めたのは、ノエミ・ルヴォウスキー。日本でそこまで知名度があるわけではないが、本国ではかなりの実力者だ。国立映画学校FEMIS(ここでアルノー・デプレシャンやパスカル・フェランと出会う)出身の彼女は、同級生だったエマニュエル・ドゥヴォスを主演に迎え、1989年に初の短編『Dis-moi oui , dis-moi non』(原題)を手がける。その後、デプレシャン監督作の制作に参加したり、フィリップ・ガレルの脚本執筆に参加したりと、そのキャリアを重ね、これまでに監督作も多数手がけている。


 その交流関係を見ただけでも、彼女がフランス映画界において重要な人物の1人だとわかるだろう。女優としても、『キングス&クイーン』や『メゾン ある娼館の記憶』などに出演している彼女にとって、『カミーユ、恋はふたたび』は、監督・脚本と主演を兼任することになった初めての作品でもある。脇を固める役者陣にも注目が集まる。デプレシャン作品の常連でもあるマチュー・アマルリックや、『いかしたガキども』のリアド・サトッフ監督、もはや説明不要の名優ジャン=ピエール・レオら、フランス映画界を代表する映画人たちがカメオ的に出演しているのもポイントだ。


 パリに暮らす40歳で女優の仕事をしているカミーユは、うめき声しかセリフがないホラー映画の撮影を終え、ウイスキーのボトルを飲みながらバスで帰路につく。プライベートでは、25年も連れ添った夫のエリックに離婚を突きつけられる。気分転換のために友人に誘われた年越しパーティーに出かけるが、大はしゃぎするあまり、酔っ払って転倒し意識を失ってしまう。目が覚めると、彼女は病院のベッドにいた。そして、死んだはずの両親が病室に訪れる。カミーユは学生時代にタイムスリップしていたのだ。見た目は40代のままなのに、周りの人たちには10代に見えている。そんなカミーユの2度目の青春が幕を開ける…。


 と、ストーリーラインを文字にすると、分かる人には一目瞭然だと思うが、本作はタイムトラベルものの中でも、フランシス・フォード・コッポラ監督の『ペギー・スーの結婚』(1986)にそっくりそのままだ。プロットも全く同じで、違う年代の同一人物を同じ役者が演じている点も同じ、それぞれの作品の主人公、カミーユとペギー・スーのキャラクター設定にも類似点が多く見られる。それも無理はない。本作は、ルヴォウスキーが敬愛するこの『ペギー・スーの結婚』に捧げられているそうだ。唯一異なるのは、『ペギー・スーの結婚』でペギーがタイムスリップするのが1960年代だったのに対し、『カミーユ、恋はふたたび』でカミーユがタイムスリップするのは1980年代だ。これはもちろん、ルヴォウスキー自身が体感した青春時代が反映されているのは言うまでもないだろう。劇中でも、Nenaの「99 Luftballons」やKatrina & The Wavesの「Walking On Sunshine」など、80年代の名曲が印象的に使われていたり、『アメリ』や『イヴ・サンローラン』でコスチュームデザインを担当したマデリーン・フォンテーヌが手がけた80年代ファッションが、作品のトーンを印象付けているのも魅力のひとつである。


 ルヴォウスキーは本作でタイムトラベルをあくまで映画の中での舞台装置として機能させている。たとえ過去に戻ることができたとしても、変えることができないことがあるからこそ、輝かしい青春時代はかけがえのないものだと気付かせてくれる。過去にタイムスリップをして2度目の青春時代を経験したカミーユが、現実世界に戻ってエリックに話す言葉に、その全てが込められているのである。過去を過去としてきちんと消化し、未来の自分にどう繋げていくか。ラストシーンで雪景色の中1人歩き出す彼女の後ろ姿には、そんな未来への希望が光っているように見えるのである。


 作品のテイストや描き方こそ異なるものの、本作が描くテーマは、くしくも本サイトでも先日紹介した、同じくフランス映画界の重要人物オリヴィエ・アサイヤス監督の『アクトレス~女たちの舞台~』と通じるものがある。全く異なるアプローチで“過ぎ行く時間”を描いたこの2作を見比べてみるのも面白いのではないだろうか。(宮川翔)