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きのこ帝国、赤い公園、tricot……女性ボーカル・バンドの“浮つかない”スタンスを考える

2015年11月09日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

きのこ帝国『猫とアレルギー』

 人に知られたくないような内面のドロドロした感情、もしくは寓話性の高いストーリーテリング…。しかもそれを独自の筆致と新しい価値観でロックミュージックの存在意義を更新し続けるのは基本、男性アーティスト/バンドだ。回りくどい言い方はやめよう。先日、開催されたRADWIMPSのツアー「胎盤」の競演相手が、彼らと同様に「時々エゲツないぐらい真実」な表現でついに今年、トップアーティストになった米津玄師だったことが象徴する、ポップシーンにおける“事件性”。そうした男性アーティストのある種の宿命とはまた違う温度感ーー日常的なことがもたらす自身の変化を素直に受容する感性などで、新しい価値観を描けるのが女性ボーカル、女性フロントバンドの良さだろう。その対バンのひとつに選ばれ、競演を果たしたばかりのきのこ帝国が11月11日にメジャーデビュー・アルバムをリリースする。


 何か裏切りや濁りに対する拒否感や憎悪、諦観が起点になった歌が多かった佐藤千亜妃に変化が現れた名曲「東京」(14年9月)を境に、もしかしたらそれが儚くフェイクであっても愛しい日々を生きる意思——その通過点が昨年の2ndフルアルバム『フェイクワールドワンダーランド』だったように思う。その後、今春、佐藤が上京後10年を経て、ようやく故郷・岩手での時間、つまり青春の時間を慈しむことができた、その結実が今春リリースしたメジャー・デビューシングル「桜が咲く前に」だ。この楽曲を含むニューアルバムが『猫とアレルギー』である。


 さて、肝心のアルバムだが、まず『猫とアレルギー』というタイトルに反応した。愛しくてたまらないけれど、触れると拒絶反応が出てしまうという皮肉。ちょっと笑えるけれど、もしこれが人間同士だったら笑えない。そのタイトルチューンでアルバムの幕が開くのだが、ピアノと歌始まりのこの楽曲での佐藤のボーカルは話すぐらいのテンションで、すでに離ればなれになってしまった”あなた”へ「話せなくていい 会えなくていい ただこの歌を聴いてほしいだけ」と歌う。サウンドプロダクション的にはピアノとストリングスのアレンジと、聴かせるミディアムテンポが驚くほどエバーグリーンな印象。それが豊かなものであることが、歌詞の儚さをむしろ照射する。また、MVで先行配信された「怪獣の腕の中」では吐息の成分が多い声で、弱さゆえに鎧を着てしまうあなたを守りたいと歌う佐藤に正直、驚いた。


 さらに驚いたのはマイナーメロディのエレジーに乗せて、女の情念すら感じさせる歌を聴かせる「スカルプチャー」。そして”しあわせ”になんてなるつもりはないのに、誰かに惹かれてしまう淡い思いが、一言一言の発語の丁寧さと、きのこ帝国ならではのあのスローなタイム感でリリカルに描かれる「ハッカ」、かと思えばスタジオライブのように粗い音像の渦中に投げ込まれる「YOUTHFUL ANGER」では、突き放すように歌そのものが疾走。そしてラストの「ひとひら」。初期からの特徴であるシューゲイズサウンドの残響がこだまする中、凛とした声でひとひらの花を生命になぞらえて燃やす、灯火になると歌うこの曲は、初期から続く音楽性もすべて包括し、かつ今なお変化していくきのこ帝国のスタンダードになりそうな予感もある。


 自分が大切にしたい思いを時代やトレンドに惑わされることなく、しかし既視感とも無縁なサウンドに乗せて歌うことをソングライター、アレンジャーとしても冷静に判断してきた佐藤千亜妃。自身のボーカル・ディレクションに対しても、最も思いが伝わる温度を判断しているのだと思う。透明なのに温かく、凛としているかと思えば妖艶でもあるという、彼女の声そのものも、きのこ帝国の独自性なのだ。冒頭で触れたRADWIMPSの「胎盤」ツアーでは、いきものがかりとLOVE PSYCHEDELICOが女性ボーカル・バンドとして競演することからも、RADWIMPSがさまざまな価値観を持ったポップと化学反応を体現しようとしていることが窺える。この対バンもきのこ帝国のポピュラリティを証明する機会になったんじゃないだろうか。


 女性ボーカル・バンドならではの時代感の表現で言えば、きのこ帝国と同士的なイベント「Telepathy Overdrive」(きのこ帝国の楽曲名でもあり、当イベントのために書かれた曲でもある)で競演した赤い公園。ソングライターの津野米咲が作詞も手がけるが、それをある種、女優的に表現する佐藤千晶の表現力は、11月25日リリースの新曲「KOIKI」でも炸裂。J-POPからスクリーモ的絶叫まで、曲が求める変幻自在さを歌でけん引してきた彼女の演者としての破壊力はまだまだ進化中だ。そして、tricotもまた同イベントにも出演したが、「簡単には踊らせないビート」と対照を成す、中嶋イッキュウの浮遊感と透明感に満ちた歌も、10年代の女性ボーカルならではのバランス感覚。新曲「ポークジンジャー」では、さらに誰にも真似できそうにない独自の譜割りで驚かせてくれる。


 今回挙げた女性ボーカル、そして彼女たちがメインソングライターの、ある種“浮つかない”バンドが広いフィールドでどんな反響を起こすのか?引き続き注目したい。(石角友香)