安倍首相が9月24日に発表した「新・三本の矢」には、「夢をつむぐ子育て支援」の目標として「希望出生率1.8の実現」が掲げられている。誰もが結婚や出産の希望を叶えることができる社会を創り上げることで、この数値を実現することができれば、人口が安定する「出生率2.08」も十分視野に入ってくるという。
しかし2014年の合計特殊出生率は1.42で、バブル景気前夜の1984年のレベル(1.81)には遠く及ばない。自民党内からも疑問の声があがり、11月4日の「深層NEWS」(BS日テレ)に出演した前総務会長の野田聖子議員は、達成は困難という見方を明らかにした。
「だって、意味分からないでしょ」と批判
野田氏は番組内で、政権が「1.8」という数字を掲げたことについて、「なんだこりゃですよね」と厳しい言葉で疑問を呈した。
「だって、意味分からないでしょ、ほとんどの人たちが。自然妊娠できる人をターゲットにしている、ここが激減している訳だから、この数字は無理ですよ」
自然妊娠の確率は年齢が上がるほど下がるが、少子化によって若年層の人口は減っている。10年に及ぶ不妊治療の末に高齢出産した野田氏としては、この層だけを対象とするなら、いくら対策を打っても人口の維持は難しいという見方をしているようだ。
ただし政府としては、人口を維持するために無理やり出生率を上げていくのではなく、出産や結婚を阻む問題を少しでも減らそうという考えではないか。それが「希望出生率」という聞きなれない言葉に表れているかもしれない。
2014年5月に日本創成会議の分科会が作成した「ストップ少子化・地方元気戦略」[PDF]によると、希望出生率とは「国民の希望が叶った場合の出生率」とされ、以下のような数式で算出されるという。
「希望出生率=〔既婚者割合×夫婦の予定子ども数+未婚者割合×未婚結婚希望割合×理想子ども数〕×離別等効果」
日本創成会議は「困難は伴うが実現不可能ではない」
この数式によると、既婚者には「子どもをたくさん作りたい」、未婚者には「結婚したい」「結婚して子どもを作りたい」と思ってもらうという要素があり、実際の出生率よりも「希望」の部分を重視しているように見える。
「希望」を高めるには、まずは結婚や出産をしたいと思える環境を整備し、モチベーションを下げる要素を排除することが必要だ。「新・三本の矢」は、そのような環境整備や阻害要因の排除をしていく決意表明と読めなくもない。
それにしても、目標としてはかなり高いように思えるが、前述の「ストップ少子化・地方元気戦略」では「困難は伴うが実現不可能ではない」と断言している。
理由のひとつめは、現在日本で最も出生率が高い沖縄県では「出生率=1.8~1.9」であること。沖縄でできるなら日本全体でできないと言いきれないということだ。
ふたつめは、OECD諸国の半数は「出生率=1.8を超えている」こと。特にスウェーデンでは1999年から2010年の11年間で、出生率が1.50から1.98まで約0.5ポイント上昇しており、他の先進国でできるのだから日本でも目指せるということらしい。
カギを握るのは20代。有配偶者率を4割から6割へ
「ストップ少子化・地方元気戦略」では、目標達成のカギを握るのは「20歳代の結婚・出産動向」と指摘し、20代後半の有配偶率(現在約40%)が60%程度に上昇し、30歳代以降の有配偶率もそれが反映すれば、出生率1.8は実現可能としている。
例にあがったスウェーデンは育休制度が手厚い。2014年の内閣府資料「内外の少子化対策の現状等について」などによると、出産10日前から子どもの8歳の誕生日までに、両親合わせて最高480日の育休を取得できる。しかもその間の所得は、390日間は休業直前の所得の80%が補償されている(残り90日間は日額0.3万円)。4分の3以上の女性が、1年以上の育休を取得しているとのことだ。
またフランスの出生率は2012年段階で2.00だが、1993年には1.66まで低下していた。そこで家族政策を充実させ、子どもが多いほど税を軽減し、2人目以降は家族手当を支給した。2人いる場合は120ユーロ(約15900円)、3人の場合は280ユーロ(約37000円)が毎月支給されるという。
2005年にOECDが出したシミュレーションでも、日本が育児費用の直接的軽減や育児休業の期間延長、保育拡充、パートタイム就業機会の増加などの政策を行えば、出生率は2.0まで回復が可能とされている。財政再建という課題もあり、財源をどうするかが悩ましいが、高い目標を諦める前に少しでも「結婚・出産しやすい社会づくり」に取り組んでみてもいいのではないだろうか。
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