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スガ シカオは新作『THE LAST』で何を表現する? 柴那典がアルバム制作ノートなどから探る

2015年11月04日 00:21  リアルサウンド

リアルサウンド

スガ シカオ

 2016年1月20日、6年ぶりのアルバム『THE LAST』をリリースするスガ シカオ。かねてから「50歳までに自身の集大成となるようなアルバムを完成させたい」と語ってきた彼が、その言葉を実現させるべく全力を注ぎ込んだ一枚だ。


 その片鱗がいよいよ見え始めている。


 10月14日にはアルバムのティーザー映像と、インベカヲリ★が撮り下ろしたアートワークが公開された。


 そして、昨日11月2日にはNHK総合にて『プロフェッショナル 仕事の流儀 放送10周年スペシャル スガ シカオ』がオンエアされた。番組は新作のレコーディングを進めるスガに密着取材し、その制作過程をドキュメントした内容。共同プロデュースをつとめる小林武史とのやり取りや、一人悩みながら歌詞を書き進める様子など、かなりレアな映像も含んだ内容となっていた。


 また、スガはオフィシャルメルマガで5月から「アルバム制作ノート」を定期的に配信している。ニューアルバムが出来ていく過程を本人の言葉で同時進行的に解説し直接リスナーに届けるという試みだ。こちらは10月末現在で「その22」まで書かれている。


 そこで、この記事では、これらの断片的な情報から、来たるべきニューアルバムで彼が表現しようとしているものを探っていきたい。


 アルバムに向けて30曲以上のデモを作り、そこから全11曲に絞り込んだという『THE LAST』。まず、その基盤となっているのが「アストライド」という楽曲であることは間違いないだろう。


 前作以降、「傷口」や「Re:you」などインディーズ盤や配信限定も含めて様々な曲をリリースしている彼だが、アルバムに収録される既発曲はこの1曲のみ。2013年にシングルとしてリリースされたこの曲は、2011年に事務所とレーベルを離れてゼロからの再出発を果たしたスガが掴みとった希望を描いた一曲だ。


 そして、小林武史の「アストライドの“序章”のような曲を作ってみたら」という提案から生まれた一曲が、アルバムの世界をさらに広げる足がかりとなった。それがティーザー映像で披露され歌詞もいち早く公開されたバラード「ふるえる手」だ。


 歌詞の中には、アル中でいつも手がふるえていたというスガの亡き父親が登場する。そこには、まだサラリーマンだった20代後半の頃、音楽で食べていくことを決意したときに彼が父親に言われた言葉が書かれている


〈ぼくが決意をした日 “やれるだけやってみろ“って その手が背中を押した ”何度だってやり直せばいい“〉


 この〈何度だってやり直せばいい〉というフレーズは、そのまま「アストライド」のサビでリフレインされる。デビュー前のまだ何者でもなかった時期にまで遡り、そこでの決意と今の意思とを生々しくつなぐような2曲になっている。


 リリースにあたってのコメントでスガは「J-POPになる前のスガ シカオ。この2度目のメジャーデビューアルバムは、そんなアルバムです。FUNKでもなく、ROCKでもなく、剥き出しのスガ シカオそのものなんです」とコメントしているが、まさにそれだけの重みのある内容と言っていいだろう。


 番組『プロフェッショナル~』の中では、また別の収録曲の歌詞を苦闘しながら書き上げる様も描かれていた。「真夜中の虹」と名付けられた、末期癌と闘う友人のミュージシャンに捧げるべく作られた一曲。


 番組では、スガは「人がいるとええ格好しいの歌詞になるから」と撮影スタッフに告げ、その後、歌詞を書く場面では固定カメラのみの撮影となる。iPadと紙とペンを併用し、Pro Toolsで曲を再生し書いた言葉を一行ずつ歌ってマイクに吹き込みながら、ピッタリくる言葉を探していく。


〈サヨナラさえ言わなきゃ お別れからずっと逃げ切れるかな ぼくのナメクジ色の心を 現実はメッタ切りにした〉


 「真夜中の虹」ではこんな風に歌われる。何度も書き直し、死に直面した友人に対して何も言えなかった自分の弱さと深く向き合い、それでも届けたい思いを探り、歌詞は仕上げられていた。


 また、「アルバム制作ノート」によると、6月頃に「アルバムの核になる曲が一つできた」とある。「自分のルーツを崩さず、しかもフェスや他流試合に向いていて、サウンドも破壊的な仕掛けがしやすいという、絶対狙っては作れないであろう神バランスの曲」で「ゴスペルのアゲアゲな雰囲気とEDMを混ぜた感じ」だという。小林武史もデモを聴いて最初に反応したというこの曲が、いわばリード曲的な役割を果たすことになっていくのではないだろうか。


 デビュー以来、J-POPのメインストリームに濃厚なファンクを根付かせ、情景から感情を深く抉り取る日本語の歌詞世界と共に、独自の音楽世界を描き続けてきたスガ シカオ。考えてみれば、ここ数年はディアンジェロ、マーク・ロンソン、ファレル・ウィリアムスなど、ファンクをルーツに持つブラックミュージックが世界的なポップ・ミュージックの一大潮流として広まってきた時代でもある。彼も当然そういう動きに刺激を受けてきた。新作のサウンドは、そういった海外との同時代性も反映されているはずだ。


 一切の妥協なく、自らのルーツに忠実に、そして最新の音楽シーンの潮流とも同時代性を保ち、持ち味であるエグ味や毒も剥き出しにしつつ――それを極上のポップスとして成立させる。そんな高いハードルを課し、結果的には自らの“生き様”をそのままエンターテイメントに結晶化したような一枚。


 『THE LAST』はそんな金字塔となる予感がする。(文=柴 那典)