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Base Ball Bearが「第二のデビュー作」に込めた「シ」の仕掛けを読み解く

2015年11月02日 14:01  リアルサウンド

リアルサウンド

Base Ball Bear

 「ギターロック」という言葉がある。


 海外においては、ほぼ使われない用語だ。日本の音楽シーンに、いつのまにか和製英語として定着し、独自のジャンルを形成し、発展し、変遷を遂げてきた。今も当たり前に使われている。


 厳密な定義はない。でも、リスナーの間には、なんとなくのイメージは共有されていると思う。80年代から90年代のUKロックやUSのオルタナティブ・ロックをルーツにしたようなバンドたち。もっとざっくりと言ってしまうと、ゼロ年代の下北沢のライブハウスにいそうな感じというか。10年代の今も邦楽系のロックフェスのステージに立っている多くのバンドはそこにカテゴライズされるはず。


 さて。なんでこんな話から入ったか。この「ギターロック」という厄介なものに、日本で最も深く、真剣に向き合い続けてきたのがBase Ball Bearというバンド、そしてそれを率いる小出祐介というミュージシャンだからだ。


 2006年にアルバム『C』でメジャーデビューした彼らは、来年でメジャーデビュー10周年を迎える。その間彼らは沢山のリリースを重ねてきた。そのたびに様々なコンセプトを掲げてきた。RHYMESTERとフィーチャリングしたり、花澤香菜をゲストに迎えたり、いろんなことをやってきた。でも、バンド唯一のルール「4人で鳴らすこと」は守り続けてきた。2本のギターとベースとドラム。そういうギターバンドとしてのフォーマットは、かたくなに崩さなかった。


 実は彼らのようなバンドは、なかなかいない。ゼロ年代のギターロックのシーンを牽引してきた他のバンドは、BUMP OF CHICKENやASIAN KUNG-FU GENERATIONなどを筆頭に、その多くが作を重ねていく中で打ち込みのシーケンスを導入したり、ホーン隊やストリングスなど別の楽器を取り入れたりして、作風の幅を広げていっている。


 でも、彼らはその道を選ばなかった。かと言って、音楽性を変化させずシンプルな初期衝動を再生産し続けるようなこともしなかった。ギターロックを愛し、4人の「型」を守り、だからこそ王道に甘えず、変化球を投げ続けてきた。「ギターバンドが鳴らすポップ・ミュージックの未来」を探り続けてきた。


 その結果、「よくわかんないけど、なんだかすごいバンド」になっていた。Base Ball Bearとは、そんなバンドである。


 そして11月11日、彼らは6枚目のアルバム『C2』をリリースする。タイトルからも、アートワークからも想起されるとおり、これは彼らにとって「第二のデビュー作」と言える一枚だ。


 これまで豪華なボーナスディスクを収録した「エクストリーム・シングル」を3ヶ月連続リリースしてきた彼らだが、アルバムの「初回限定 エクストリーム・エディション」は、『C2』全曲のインストゥルメンタル版、そしてアルバム『C』のリマスタリング版を収録した3CDの仕様となっている。『C』と『C2』という2枚のアルバムが、まるでらせん階段のように繋がるような仕組みになっているわけだ。


 ちなみに。今改めて『C』というアルバムを聴くと、当時の彼らは確かに「ギターロックの未来」を開拓したんだな、と痛感させられる。わかりやすく言うと、10年代のロックフェスで当たり前に見かけるようになった「四つ打ちダンスロック」のフォーミュラがいろんなところに見受けられるのである。以前にも当サイトのコラムでも書いたことだが(http://realsound.jp/2014/11/post-1730.html)、「ELECTRIC SUMMER」や「祭りのあと」は、まさにそういうタイプの曲。当時のインタビューでは、小出祐介が「〈ドッチダッチドッチダッチダンダンダン〉って頭の中で鳴ってて。もうそれだけ(笑)」と語っていたりする。当時のUKにあったニューウェーヴ・リバイバルとの同時代性を意識したとも言っている。当時はそこまで意識されていなかったが、『C』の頃の彼らはその後10年続く日本のロックシーンの流れを決定づけたパイオニアの一人だった。そこにあるみずみずしい衝動は、今も古びていない。


 一方、『C2』はどうか。一聴して感じるのは、バンドの演奏能力の明らかな向上だ。ファンクやソウルやディスコ・ポップに通じる黒いグルーヴを、あくまで人力で鳴らしている。小出祐介のカッティングは鋭く、関根史織のベースはセクシーに、堀之内大介のドラムはパワフルに、湯浅将平のフレーズは表現の幅を増して、ひたすら身体能力を上げている。


 歌詞の言葉も、とても印象的だ。とても批評的で、とても熱量のこもった言葉が連ねられている。


 アルバムの世界観を特徴づけているのは、「2周目の視点」だ。言葉の一つ一つにも、それを感じさせる沢山の仕掛けが設けられている。若干ネタバレっぽくなってしまうが、その一つについても指摘しておこう。


 『C』のリリース時のインタビューで、小出祐介は『C』というタイトルに「海(SEA)」、「彼女(SHE)」、「都市(CITY)」、そして「死」と、いくつもの意味を込めたことを明かしている。


 そして、この『C2』でも、一つの音に何重の意味を込める彼の作家性は突き詰められている。これはぜひ聴いてから歌詞カードを読んでもらいたいのであえて引用はしないが、特に「カシカ」という曲では、一つの「シ」という音に二重にも三重にも意味を重ね、表現している。


 「カシカ」は「可視化」。「歌詞か」とも読める。おそらく『C2』の『C』は「見る(SEE)」であり、「視」であり、「詞」であり、そしてやはり「死」なのだろう。


 とても濃密なアルバムだと心底思う。(柴那典)