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王道回帰にして、それ以上! 『007 スペクター』でメンデスが示した英国人監督の矜持

2015年11月02日 10:31  リアルサウンド

リアルサウンド

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 10月29日木曜日、英国ロイヤル・アルバート・ホールで行われたワールド・プレミア(『007』シリーズは伝統的にまず英国で公開されて、追って世界中で順次公開されていく)から遅れること3日。日本で行われた『007 スペクター』プレミア試写会に参加することができた人間に責務があるとしたら、12月4日の日本公開日まで、年季の入った熱狂的ファンも数多くいる観客の興を削ぐようなネタバレは絶対にしてはならないということだろう。というわけで、本稿ではストーリーの肝となる部分や、往年のファンならニヤリとさせられること必至のお楽しみの場面設定には触れずに、本作『スペクター』を観る前に踏まえておくべきことを監督視点から解説していこう。


参考:007最大の敵「スペクター」とは何か? ボンド映画の歴史を振り返る


 まず、結論から言うと『スペクター』は純粋なエンターテイメント大作としてほとんど文句なしの仕上がりであると同時に、『007』シリーズ全24作の中でも屈指の一本だと断言したい。ご存知のように、前作『スカイフォール』も(ごく一部からの否定的な意見はあったものの)世界中から大絶賛で迎えられ、シリーズ最高興収(英国では史上最高興収)を記録した大成功作。つまり、サム・メンデスは2本続けて「シリーズ屈指の一本」をものにしたということになるわけだが、その2本のベクトルは想像以上に異なるものだった。


 メンデス自ら正直に告白しているように、前作『スカイフォール』はその作品のシリアスなトーン&重厚なルックにおいてクリストファー・ノーラン『ダークナイト』からの影響を強く受けた作品だった。歴代の『007』シリーズはよく言えば柔軟に、悪く言えば軽薄に、その時代の映画の流行を取り入れてきた(言うまでもなく、それが53年もシリーズが続いている大きな要因だ)ので、それ自体は特筆すべきものではない。実際、その前の『カジノ・ロワイヤル』と『慰めの報酬』は『ボーン』シリーズの影響を大いに受けた作品だった。しかし、同じ英国人、5つ年上、さらにオスカー受賞監督というノーランには当分届きそうにない勲章を持つメンデスは、先輩監督の矜持でもって、同じ年に公開された『ダークナイト ライジング』やその翌年の『マン・オブ・スティール』を凌駕する、いわば「『ダークナイト』的なる作品の中で最良の作品」を『スカイフォール』で成し遂げてみせたのだ。


 『スペクター』の詳細が発表された時に最も驚かされたのは、メンデスが新たに招集した主要スタッフの顔ぶれだった。撮影監督にはオランダの新鋭ホイテ・ヴァン・ホイテマが、編集には名手リー・スミスが新たに参加。映画において作品の持つ感触を決定づけるのは「撮影」と「編集」と「音楽」の3つだと自分は考えているのだが、これでもしハンス・ジマーまで加わったら『インターステラー』とまったく同じになってしまう(ちなみに音楽は『スカイフォール』でキャリア最高と言ってもいい圧倒的な手腕を発揮してみせたトーマス・ニューマンが続投)。予告編のやたらと思わせぶりな内容も「いかにも」だったし、「おぉ、ますますノーランを意識してきたな」と思わずにはいられなかった。


 ここで本作とは直接関係のないノーランの名前を再三挙げている理由は二つある。一つは、ご存知の人も多いように、ノーランは幼少期から大の『007』ファンで、これまで機会があるごとに「いつか自分の『007』を撮ってみたい」と公言していること。そのラブコールに呼応するかのように、近年は毎作のように監督候補として名前が取り沙汰されてきた。もう一つは、第17作目『ゴールデンアイ』でニュージーランド出身のマーティン・キャンベルが抜擢されるまでは監督が英国人オンリーだったという点で、『007』シリーズは英国人監督にとって特別な存在であるということ。そのマーティン・キャンベルも大学卒業後に渡英してプロのキャリアを始めた、いわば半分英国人みたいなものなので、非英国人監督のロジャー・スポティスウッド(「トゥモロー・ネバー・ダイ」)、リー・タマホリ(「ダイ・アナザー・デイ」)、マーク・フォースター(「慰めの報酬」)の3人がいかに異例の抜擢だったかがわかるだろう(そして、その3人は1作だけ撮ってシリーズを去っている)。


 そう考えると、メンデスが英国人監督代表の名誉を賭けてノーランを意識するのも無理はない。それは単純な対抗意識というではなく、ノーラン組でスタッフを固めることによって、場合によっては次作でバトンを渡すことも視野に入れているのはないかと思わせた。ちなみに、メンデスよりさらに年上の人気英国人監督にはダニー・ボイルがいるが、実は彼もちゃっかり2012年のロンドン・オリンピック開会式典でジェームズ・ボンドの演出は経験済みなんですよね。共演は本物の女王陛下で。


 しかし、『スペクター』の見事な出来映えは、もしこの先ノーランの出番があるとしても、それは当分先なのではないかと思わせるものだった。ノーラン組を集めてみせたのがまるでフェイントかのように、本作『スペクター』は眉間に皺を寄せたようなあの『スカイフォール』のノーラン的タッチとは真逆で、思いっきりエンターテイメントに振り切った、つまりは『007』シリーズの伝統に寄せた作品となっている。ダニエル・クレイグがボンドを演じるようになってから、出番が限られてきたM(レイフ・ファインズ)やQ(ベン・ウィショー)をはじめとするMI6の面々(個人的にはマネーメニーちゃん推し!)にも今回はちゃんと見せ場が用意されているし、往年の『007』シリーズに比べてセクシーさは相変わらず物足りないものの、もう一つのエッセンスであるユーモアは作品全編に散りばめられている。この旺盛なサービス精神と優れたバランス感覚は、メンデスのこれまでの作風を踏まえると『スカイフォール』以上の驚きと言っていい。


 本作完成後のインタビューにおけるダニエル・クレイグの「もう1本ボンドを演じるくらいならこのグラスを割って手首を切った方がいい」発言(契約上はあと1本残している)、本作での続投前に一度制作側とこじれたサム・メンデスの再続投の可能性、ソニーとMGMの提携更新問題などなど。次作以降に関してはいまだに不透明なところも多いが、とりあえずメンデスは本作『スペクター』で、『007』の王道に華麗なる回帰をしてみせて、クレイグ・ボンド4作品のすべての伏線の決着をつけつつ、今後のあらゆる可能性(継続性のある続編/ボンド役が変わってのリブート)に対してもオープンという、これ以上ないほど見事な着地点を見出してみせた。監督や役者が同席しているわけでもない上映で終映後に拍手をすることにいつもは気恥ずかしさを覚える自分も、ラストシーンが終わった瞬間、気がつくと満面の笑みで大きな拍手をしていた。『スペクター』はそんな作品である。(宇野維正)