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007最大の敵「スペクター」とは何か? ボンド映画の歴史を振り返る

2015年11月01日 14:51  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2015 Danjaq, MGM, CPII. SPECTRE, 007 Gun Logo and related James Bond Trademarks, TM Danjaq. All Rights Reserved.

 ジェームズ・ボンド映画、シリーズ24作『007 スペクター』が公開される。制作発表時に伝えられた、この「スペクター」という名前が前面に押し出されたタイトルを目にしたとき、往年のボンド映画ファンの多くは熱狂したことだろう。何故なら、このスペクターこそ、ボンド本来の敵であり、映画シリーズを象徴する最大の悪の組織でありながら、ある事情によって封印されてしまった不遇の存在なのだ。それがとうとう今回、満を持して復活を果たすというのである。


 しかし、本シリーズからスペクターの影が消えて30年以上経った現在の観客のなかには、スペクターと言われても、「はあ、何のことやら…」と、心にわだかまりを残しながら日々生活をしている人達も多いのではと想像する。今回は、今までのシリーズから、ボンドVS.スペクター激闘の歴史を振り返りながら、この、ボンド最大の敵の正体を解き明かしていきたいと思う。そして、万全の状態で新作『007 スペクター』に臨んでもらいたい。


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■007最大の敵「スペクター」とは何か?


 ジェームズ・ボンド、コードネーム007は、言わずと知れた英国の人気スパイ・ヒーローだ。彼は、政府から与えられた殺しの許可証と小型拳銃ワルサーPPKを携帯した、洗練された高級スーツを着こなすダンディーな凄腕諜報員であり、酒の銘柄・年代やギャンブルに精通し、世界を脅かす悪を倒しながら各国を飛び回り、美女達と熱いロマンスを交わすような、ある意味での「男の憧れ」を体現した存在である。このジェームズ・ボンドを想像したのは、実際に英国でスパイとして活動した経験のある作家、イアン・フレミングである。


 この人気原作を英国のイオン・プロが映画化し、ショーン・コネリーがボンドを演じたのが、第一作『007 ドクター・ノオ』だった。映画版では、悪の秘密組織「スペクター」が、最初からボンドの敵として登場する。スペクターの一員である謎の東洋人ドクター・ノオは、ボンドに組織の名と目的を語る。「我々は東側でも西側でもない。私の組織は、対敵情報活動・テロ・復讐・強要のための特別機関、頭文字を取って、S.P.E.C.T.R.Eだ。我々の目的は世界の完全なコントロール…いや、もっと大きなものを手中に収めることなのだ」


 ドクター・ノオは、ホテルの部屋で眠っているボンドに、毒クモをけしかける。目覚めたボンドは、体を登ってくるクモを払い除け、秘密のスパイ道具ではなく、とっさに側にあったホテルのスリッパを掴んで、何度も叩きつけることでクモに勝利する。こうして、ジェームズ・ボンドとスペクターの熾烈な戦いの歴史が幕を開けたのである。スペクターと敵対するボンドは、あらゆる政府機関、企業、犯罪組織のなかに潜んだ、スペクターの仲間から命を狙われることになる。それはまさに、実体の無い幽霊(="Spectre")と戦うようなものだ。


■ボンドVS.スペクター! 激闘の歴史


 『007 ロシアより愛をこめて』では、ホテルの掃除係の女に化けたスペクター幹部が、毒刃を仕込んだ靴でキックしようと迫ってくる。ボンドはとっさに、側にあったホテルの椅子を敵に押し付けて対処した。どうやらホテルでボンドを襲うのが、スペクターの常套手段のようである。この作品では、スペクターの首領が初めて画面の中に姿を見せる。だが、カメラはその顔を映さず、白いペルシャ猫を膝に乗せて、なでなでしている部分が確認ができるに過ぎない。


 『007 ゴールドフィンガー』でボンドが襲われたのもホテルである。独立した悪役である「ゴールドフィンガー」は、ボンドとロマンティックな仲になった女を殺し、その体じゅうに隙間なく金の粉を塗りつけ、黄金の死体をベッドに寝せたところを見せつけることによってボンドを脅すという、理解に苦しむいやがらせをした。これは意味がよく分からないだけに、ものすごく不気味だ。さらに、縛り付けたボンドの下半身へと徐々にレーザー光線を近づけるという印象的な拷問シーンもあるなど、多くの批評家から「くだらない」と酷評されるも、この作品は大衆の支持を集め、シリーズ最高傑作との声も多い。シリーズを代表する「ボンドカー」として、『007 スカイフォール』でもリスペクトされた、様々な秘密兵器を搭載したアストンマーチン・DB5のかっこ良さも人気を後押しし、ボンド映画ブームが巻き起こった。ニューヨークの劇場では、落ちたポップコーンで床が埋め尽くされ、次のボンド映画公開時まで劇場で上映されていたという。


 『007 サンダーボール作戦』では、幹部がナンバーで呼ばれ、裏切り者に死が与えられるという、組織の秘密が明かされていく。ソ連の対スパイ、テロ活動組織・スメルシュや、中国政府など、彼らは必要があれば、当時の共産圏などと裏で協力し利益を得ていることも分かってくる。当時、世界はアメリカや英国などの西側、ソ連や中国など東側に分かれ、緊張状態が続いていた。この「冷戦」のなかで、ボンドはアメリカのCIAとも協力しながら、西でも東でもない、未だ全貌が明かされないスペクターと戦い続けていく。


■悪の天才ブロフェルドとの因縁


 「ボンド君、自己紹介しよう。私がエルンスト・スタヴロ・ブロフェルドだ」スペクターの首領ブロフェルドが、とうとうはっきりとその姿を現したのは、日本を舞台にした『007は二度死ぬ』である。ボンドは、丹波哲郎が演じる謎の東洋人・タイガー田中が率いる日本の忍者軍団と共闘し、あと一歩のところまでブロフェルドを追い詰めるが、とり逃してしまう。ブロフェルドは、スキン・ヘッドで、右目から頬にかけて大きな傷のある不気味な男だった。


 しかしその後、ブロフェルドは毎回のように異なる役者が演じ、その姿は毎回異なっている。これは、原作にもあるように、捜査から逃れるために何度も整形を繰り返しているという設定に従ったものだ。さらに、ボンドとの戦いの中で彼は何度も絶命するが、じつは、死んだのは雇われた影武者であり、本体は生き延び続けている。『007 ダイヤモンドは永遠に』では、前作で愛する女をスペクターに殺されたボンドが、ブロフェルドの可愛がっている猫を蹴っ飛ばすことによって本体の動揺を誘い、本物かどうか見分けるという最低の作戦を思いつくが、これは失敗してしまう。なんと、その蹴っ飛ばされた猫すら影武者猫だったのだ!猫を蹴っ飛ばすボンドもひどいが、他の猫であればどうなろうが構わないというブロフェルド、やはり悪の天才である。


 イアン・フレミングの原作小説では、ブロフェルドは株取引によって得た資金で独自のスパイ組織をつくり、第二次大戦中は連合国と枢軸国の両陣営に情報を売ることで成功し、犯罪組織スペクター結成に至ったとされている。ソ連のスメルシュのような政治的理念を持ち合わせていないスペクターは、現代の、節操なく利益を追求し続ける経済団体や国の規模をも超える力を持った多国籍企業、また、戦争を起こすことによって肥え太ろうとする、軍産複合体に連なる軍需産業や情報産業を思い起こさせる。冷戦が問題になっていた時期よりも、むしろ現在のほうが、よりスペクターの脅威にリアリティが備わっているといえるかもしれない。


 シリーズが長期化し、ボンド役がショーン・コネリーから、ジョージ・レーゼンビーやロジャー・ムーアらに変更されるように、ブロフェルドも役者を変更しながら生き続ける。ボンド映画にとって、ボンドが「不死の存在」であるように、ブロフェルドもまた、何度も蘇る「不死の存在」である。しかし、『007 ユア・アイズ・オンリー』で工場の煙突に落下して以来、ブロフェルドはあっさりと本シリーズから姿を消してしまう。


■スペクターの死、そして再生


 じつは、ブロフェルドというキャラクターを発案したのは、原作者イアン・フレミングではなく、ボンド小説の映画化脚本を手がけていたケヴィン・マクローリーらであった。映画第一作にブロフェルドを登場させることは見送られたが、フレミングは自身の小説に無断でブロフェルドを登場させた。それがまたマクローリーらに無断で映画化されたのだ。この問題は裁判に発展し、フレミングは彼らに慰謝料を払うことになった。ゴールドフィンガーがスペクターの幹部として描写されなかったのは、これが影響しているという。しかし、イオン・プロがいつまでもブロフェルドを映画に登場させ続けたことで、マクローリーは以降、キャラクター使用を中止させた。その後スペクターおよびブロフェルドは、裁判で映画化権を手にしたマクローリーの原作により、本シリーズとは別にアメリカで製作された『ネバーセイ・ネバーアゲイン』のなかに登場したのみである。不死の存在であったブロフェルドは、こうして大人の事情によって葬られ、ボンド映画から消えたのである。


 ダニエル・クレイグ演じる、現在の「007」シリーズは、いったんシリーズを仕切りなおし、007誕生を描き、再び原点に立ち戻るというねらいがある。だから、ここでも秘密犯罪組織との戦いを描いている。だが、その組織名は「量子」を意味する「クァンタム(Quantum)」とされた。これは、政府機関、企業、犯罪組織など、無数にちらばった因子が構成する巨大組織を予感させるもので、その意味合いは、やはりスペクターと同等のものである。しかし、長年の交渉が実を結び、制作側はやっとスペクター権利問題をクリアーすることに成功し、今回の使用にこぎつけた。クレイグ・ボンドが戦っていた組織・クァンタムと、スペクターがどう設定上折り合いがつけられるのかは、映画の公開を待ちたい。


 『007 スカイフォール』で、やっと本来のスタイルを取り戻した007。そして、満を持して現れる本来の敵・スペクター。両者が対峙する『007 スペクター』は、シリーズ上においても必見の作であろう。(小野寺系(k.onodera))