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新しい高校生の政治科目「公共」は本当に必要か? 現役高校教師の弁護士に聞いた

2015年11月01日 11:01  弁護士ドットコム

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高校での政治教育が転換を迎えようとしている。2022年をめどに、高校の授業に新しい必修科目「公共」が設けられる。報道によると、「公共」では、選挙権年齢が18歳以上に引き下げられることをふまえて、選挙など政治参加に関することを学習するそうだ。


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また、文部科学省は10月5日、高校生のデモや集会への参加に関する通知案を、高校校長会などの教育関係団体に示した。今回の通知案では、学校の内外を問わず高校生の政治活動を「望ましくない」としていた1969年の通知を見直し、学校外での政治活動は一定の条件のもとで容認するとしている。



弁護士として活動する一方、現役の高校教師として私立高校で教鞭をとる神内聡弁護士に、「公共」導入の意義と課題について聞いた。



●「公共」と「公民」の違いは?


「公共」の導入については、意義はあるものの、課題もあり、現状の内容では本来の目的が果たされるのだろうか、と感じています。その理由について、説明していきましょう。



まず、意義としてあげられるのは、「生徒の主体性を促すこと」です。



現行の教科の「公民」として、「現代社会」「倫理」「政治・経済」という3科目があるのに、なぜわざわざ新たに「公共」という科目を作るのか、と不思議に思う方もいるかもしれません。



文科省が今年5月に発表した「公共」の検討素案をざっと見た限り、内容は現行の「公民」の各科目(「現代社会」「倫理」「政治・経済」)とほとんど違わないように感じます。ただし「公共」の目指すところは、これら現行の公民科目と少し異なります。



たとえば、公民科目の目標は現代社会を「主体的に考察」することにありますが、「公共」の目標は「主体的な選択・判断」を行えるようにすることです。生徒には、考察だけでなく、選択・判断においても、主体性を持てるよう求めています。



また「公共」では、「『他者と協働』しながら課題を解決」することも求められており、この点も、公民科目にはない特徴といえます。



学習内容においては、「公共」では討論(ディベート)、模擬選挙、模擬裁判などの体験的学習が強調されています。もっともこうした学習活動は、多くの学校の公民科目で既に取り入れられているため、特に目新しいものではありません。



●「公共」の授業により社会参加の意欲は高まる?


「公共」では、外部の専門家の関与も強調されています。たとえば、弁護士などの専門家や企業人などの講演を取り入れることも求められています。



学校行事などでこうした外部の人間が講演する行事はさかんに行われていますが、公民科目という一科目の中で、こうした外部の専門家が関与することはそれほど多くありません。



「公共」ではこれまで以上に、外部の人間が授業に関与する機会が増えますから、生徒が多様な価値観に触れることの意義はあるでしょう。



教員兼弁護士の私としても、「公共」で導入される外部の専門家の関与については、大変関心があります。教員は担当教科以外の専門性や学校現場以外の社会経験に乏しいので、外部の人間が社会科教育に関与することは歓迎すべきことです。



しかし現在の公民教育では、「法教育」「消費者教育」といったように、「○○教育」が乱立してしまっており、各業界がそれぞれの視点のみに依拠し、系統的な公民教育を全く意識していない問題があります。



そもそも、教育現場で一定期間公民科目を教えた経験がない外部の専門家が、系統的な公民教育を意識することは非常に困難です。公民科目の授業に関与できるような外部の人材が不足しすぎているのが実情ではないでしょうか。



また、主体的に取り組んだ結果、投票率の上昇など若者の社会参画が望まれるところですが、公民教育が今よりも充実していなかった50年前のほうが、若者の投票率が非常に高かったことを考えると、「公共」の授業など公民教育を充実すれば若者の社会参画が促され、投票率が上昇するという教育効果があるとは、単純に言えないでしょう。



こうして考えると、現在の日本の教育現場において「公共」という新科目を導入する積極的な意義は乏しいのではないか、というのが率直な私見です。



●高校生がデモに参加する意義とは?


ところで、昨年は安保関連法案に関するデモなどで、高校生らしき姿を見かけることがありました。



高校生が政治に関心を持つこと自体は望ましいことです。歴史的に、デモは、選挙権がない階層が政治的意思を反映させる重要な手段でした。その意味でも、現時点では選挙権を持たない高校生が、デモに参加する民主的な意義は評価されてよいと思います。



選挙権が18歳以上に認められれば、高校生には有権者としての自覚や民主主義に関する正しい理解が今まで以上に必要になります。その出発点としては、何よりもまず選挙制度について正しく理解することです。



来年6月より施行される選挙年齢の引き下げを受けて、文科省と総務省は高校生向けの副教材を作成しましたが、その内容を見ると、模擬選挙やディベイトなどの体験的学習に関する説明部分が大半を占めています。



また、若者の投票率の低さが非常に強調されていました。その一方で、小選挙区制と比例代表制の特徴や政党制との関連など、選挙制度の論点や、民主主義の根幹を揺るがす「一票の格差」の問題については全く触れられていません。



言い換えれば、選挙制度に関する正しい理解がないまま、若者の投票行動だけが促されるような内容であり、有権者教育としては誤っていると言わざるを得ません。



また、実際の選挙では圧力団体や宗教団体などの組織票やマスメディアの存在が大きな影響を持ちますが、副教材ではその点についても何ら触れられていません。



投票率の高低だけでなく、組織票やマスメディアの影響から自立して、主体的に投票する有権者を育てることこそが真の有権者教育です。



投票率が高い年代の有権者がどれだけ主体的に投票できているか、むしろ高校生はその点を冷静に判断した上で、正しい有権者教育を受けてほしいと思っています。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
神内 聡(じんない・あきら)弁護士
東京大学法学部政治コース卒業。東京大学大学院教育学研究科修了。筑波大学大学院ビジネス科学研究科修了。専門は教育法。専修教員免許を保有し、東京都内の私立高等学校で社会科教員として勤務。本郷さくら総合法律事務所・東京弁護士会子どもの人権と少年法に関する特別委員会に所属。
事務所名:本郷さくら総合法律事務所