裁判で不当解雇とされたとき、会社が労働者にお金を払えば退職させることができる「金銭解雇制度」について、厚生労働省の検討会が議論を始めたと各紙が報じている。10月30日付け朝日新聞は「労組が警戒感」という見出しで問題点を指摘している。
朝日の記事では「ルール(労働法)を無視して解雇する経営者をいかに規制するか考えるべきだ」という労組関係者のコメントを紹介しているが、ネットには労組の言い分より「労働者にとっての実質的なメリットを最優先すべき」と反論する声もある。
解雇に泣き寝入りしていた労働者を救う可能性も
金銭解雇については、以前から労基法の改正議論の中で導入が提唱されており、2007年には労働契約法の新設にあたり「金銭賠償による解雇ルール」を定めることが議論された。
結局は労組側の合意が得らなかったが、この経緯について国際基督教大学(当時)の八代尚宏教授は、日本取締役協会のコラムで疑問を呈している。
「(金銭解雇制度のない現状は)大企業の労働組合と中小企業の経営者にとって都合が良い仕組みであり、奇妙な利益の一致がある。だからなかなか実現しない。しかしこれは極めて不公平な仕組みである」
大企業の労組は長期の法廷闘争に耐えられる膨大な資金を集めており、これが会社の解雇に対するプレッシャーとなっている。しかし金銭解雇で会社と社員との間で問題解決が円滑に進むようになると、労組の存在価値が低下するおそれがある。
中小企業の経営者は、労働者が泣き寝入りすることを見込んで解雇に及ぶ場合が多く、金銭解雇で負担が増えるリスクを歓迎できない。八代教授は、反対派の主張の背景にはこうした事情があると見ている。
残る大企業の場合はどうだろう。経営者にとっては金銭賠償のコストが増えるものの、法廷闘争が際限なく延びるリスクが減ることは望ましいはずだ。大企業の従業員にとっても、いわゆる「働かないおじさん」は大反対を叫ぶだろうが、他の社員は密かに賛成したい気持ちがあるのではないか。
「労働三権はどこに行った?」「大事なのは労組じゃないんだよ」
このニュースには、ネットで賛否の応酬がなされている。反対派は、このしくみによって労組がないがしろにされることに危機感を抱いているようだ。
「労組の介在を許さない、首切りしやすい制度を作ろうということかいな?」
「労働三権はどこに行った?」
一方で「労組もなく金銭も払われずに解雇される(中小零細企業の)労働者は多い。(金銭解雇制度は)彼等を救う」として賛成する人も。「労働者にとっての実質的なメリットを最優先すべき。大事なのは労組じゃないんだよ」という意見もあった。
制度の導入で最もメリットがありそうなのは、上記コメントにもあった中小企業の労働者だ。金銭賠償は当面の生活や転職費用の足しになるし、「解雇にはカネがかかる」と思わせることは経営者側へのけん制にもなりうる。
なお、言葉のニュアンスから「会社が札束で引っ叩いてクビにする」イメージもあるが、3月25日に規制改革会議が公表した「『労使双方が納得する雇用終了の在り方』に関する意見」には「労働者側からの申し立てのみを認めることを前提とすべき」とされている。
月収40万円、勤続年数15年なら600万円?
気になるのが、金銭賠償となった場合にいくらもらえるかだ。2013年11月6日開催の産業競争力会議「雇用・人材分科会」の有識者ヒアリングで、フレッシュフィールズ法律事務所の岡田和樹弁護士が海外の事例を紹介している。
資料によると、ドイツ、イタリア、スペイン、イギリス、フランスでは解雇の金銭解決手段が導入されており、例えばドイツでは一般的な和解における補償金を「0.5~1.0×月収×勤続年数」という式で算定している。
仮に月収40万円、勤続年数15年の場合、解雇予告手当のほかに300万円から600万円が解決金になる。これを安いと見るか十分と見るかで、制度に対する賛否も変わるかもしれない。
あわせてよみたい:懲戒解雇を免除すると言われても「退職届」は出さない方がいい