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大野いと、ツンデレ演技をどうこなすか? 『馬子先輩の言う通り』先輩キャラに期待すること

2015年10月30日 07:21  リアルサウンド

リアルサウンド

『馬子先輩の言う通り』公式サイト

 毎週金曜日にフジテレビで放送されている『馬子先輩の言う通り』で、大野いとがついに連ドラ初主演を果たしたというので観てみると、なんと放送枠が15分しかない。しかも、CMを挟むので実質尺が11分弱しかないので、はたして連ドラと呼んでいいものかと悩ましい。


参考:有村架純に続くブレイクなるか? 『忘れ雪』出演の"あまちゃん女優"大野いとの可能性


 競馬好きで馬にしか興味のない美人OL馬子と、彼女に恋をする若手社員の岡部豊(この名前のチョイスに、どうしても笑えてしまう。ちなみに他の登場人物の役名には、有名馬主が使う冠名が用いられているので、競馬ファンは間違いなくニヤリとしてしまうであろう)。この二人の恋模様が描かれるこのドラマは、放送された週末に行われるJRAのメインレースの結果によって翌週の放送内容が変わるという、なんとも突拍子もない試みに挑んでいるのである。


 そのような試みがあるがため、必然的に幾つかのパターンを用意して撮影しなければならないともなれば、1話の短さも納得である。そういえば、昨年夏にフジテレビ深夜枠で放送された『おわらないものがたり』でも、各回終了時に、その後の展開に関わる選択肢から視聴者がデータ放送やインターネットを介して投票し、次週放送される回にその結果が反映されるという視聴者参加型ドラマを作り上げていた。


 元々フィクションの世界は、視聴者は制作者から提示された情報を単純に受け止めるほかなかっただけに、このような視聴者参加型の取り組みは視聴者自身にとって、ドラマの世界に影響をもたらすという優越感を得ることができるので今後増加していきそうな予感がする。ところが今回は物語をどちらに転ばせるか選ぶことができるのは、視聴者ではなく競走馬であるというのだ。フィクションの世界に現実が介入するという、これまであまりなかった面白みがドラマに加えられたのである。ただ困ったことは、放送の2日後の夕方にレース結果が判明するので視聴者は翌週の大筋を知ってしまい、連続ドラマに欠かせない「次週はどういう展開が待っているのだろう」というドキドキ感が持続しないのではないだろうか。それはかなりリスキーなようにも思える。


 先週放送された第3話では、岡部豊が馬子に菊花賞の予想を提示し、「この馬が勝ったら僕と付き合ってください」と告白をしたのだが、その本命馬であったスティーグリッツが惨敗を喫してしまったので、第4話では振り出しに戻るのであろう。一番危惧されるのは、このまま岡部豊の予想が一度も的中せずに、物語が何も進まずに終わることである。とはいえ、年末の有馬記念までほぼ毎週のように大レースが続く中で、第8話でのジャパンカップ、第11話での朝日杯FSと、限られたレースでのみこのような試みを実施するとのことなので、途中途中である程度の調整をしていくのであろう。


 肝心のドラマ自体を競馬ファンの視点から観てみると、初心者向けの知識紹介をしながらも、少しコアな競馬ジョークも登場させ、さらに第1話と第2話でフィーチャーした夏の小倉記念のアズマシャトルといい、今回の鍵になったスティーグリッツといい、人気の中心にいる馬を選ばずに、なかなかのギャンブルをしてくるあたり興味深く思える。他の競馬番組で取り上げられるようなビギナー臭を感じさせないだけに、競馬に少しでも関心がある人間ならば誰でも観賞に耐えうる作品となっている。


 そして何より興味深く見えるのは、大野いとの使い方である。実年齢の割に落ち着いて見えるにもかかわらず、意外にもこれまで彼女が演じてきた役は、実年齢とほぼ変わらない役か、ハッキリと年がわからない役ばかりであった。今回は94年の菊花賞を現地で観戦していたと劇中で話しているように(彼女自身は95年生まれ)、確実に実年齢より上の設定であり、しかもタイトルロールでもある通りの“先輩キャラ”だ。


 “先輩キャラ”の役は昨年の1月に放送された『巫女に恋して』で務めているとはいえ、今回の馬子という役どころは、簡単そうに見えて非常に難しい役であろう。前回の記事でも書いたように、大きな動作と表情によって喜劇を体現できる彼女にとって、喜劇というフィールドは同じであっても、今回は満遍なく喜劇演技を要求されているのではなく、ある種のツンデレ演技が求められているのである。会社で真面目に仕事をしているときなどの人間に対する「ツン」と、競馬に熱中しているときに出現させる馬に対しての「デレ」とのギャップによって笑いを引き出さなくてはならず、なかなかハードルが高い。


 もっとも、競馬のレース実況を観ながら北海道弁でテレビに語りかける「デレ」の姿は、『高校デビュー』でのヒロイン・長島晴菜役の頃から継続して発揮される、画面全体の緊張感を一瞬で緩和させる彼女の演技の持ち味が活かされている。一方で、松島庄汰演じる岡部豊に向けられた、人間に興味のなさそうな冷たい口調で構築される「ツン」の演技には、まだ彼女の課題として残る台詞読みに大きな比重が寄せられているように見える。


 今回と同様に喜劇の中での乾いた演技をしていた一昨年の『山田くんと7人の魔女』の頃と比べると、確実に表情の硬さはなくなってきているだけに、視線の乾きは台詞をかろうじてカバーできるだけのものへと成長していると見える。おそらく彼女の自然体の表情とは対照的である、この乾いた演技を突き詰めることによって、今回のドラマにおける喜劇としての面白さが増していくのであろう。ともあれ、これから年末まで毎週彼女の喜劇が観られるのだから、それだけで満足感が高い。(久保田和馬)