ボストン大学心理学教授のピーター・グレイ博士は、有名大学のカウンセリングサービスに招かれました。集まりの名称は「打たれ弱い学生に対処する方法を議論する会」。そこで博士は、この5年間で学生のカウンセリングへの緊急コールが倍増したことを聞かされます。
多くの学生が日常的に精神の危機に陥り、助けを求めているというのです。最近の例では、ルームメイトに「メス犬」呼ばわりされたことがトラウマになったケースや、寮に出たネズミにショックを受けてカウンセリングを求めてきたケースもあるそうです。(文:夢野響子)
5段階評価のCでも「世界の終わり」のように傷つく
この内容は、9月22日付のサイコロジー・トゥデイにグレイ博士が寄稿したもの。なお、ネズミの件は警察にも通報されており、駆け付けた警察官が親切にもネズミ捕りを置いていってくれたそうです。
「議論する会」では、大学の講師たちが学生の試験に点数をつける際、彼らの「精神的なもろさ」が深刻な問題となっていることも指摘されました。できの悪い答案に低い点をつけていたら、学生が研究室に押し寄せてきて、彼らのメンタル危機に対処しなければならなくなるからです。
最近の学生の多くは、5段階評価のC(時にはB)をも「失敗」と解し、そのような失敗は「世界の終わり」だと解釈します。そして、逆に講師を非難し、次は頑張ろうと一念発起する理由にしないそうです。
「打たれ弱い学生たちが、大学の教育水準を下げている」
「講師間に無力感と不満が広がっており、大学機関としてできることはあまりないと思われている」
「学生たちは失敗を恐れ、失敗を許容できない」
これは全米に見られる傾向のようです。高等教育クロニクル誌は8月末、ロビン・ウィルソン氏の「苦悩の流行:メンタルヘルスケアの需要増加に圧倒される大学」という記事を載せました。これまで大学生には、日常の問題を自分で解決できる大人であることが期待されてきました。しかし今や、大学は学生の親代わりを求められているのです。
専門家は「子どもにもっと自由を」と呼びかけ
これに加えて、米国社会には絶えず存在する「訴訟」の現実もあります。自殺や深刻な精神的衰弱が起きれば、大学が責任を問われるのです。米国の大学生の不安や抑うつの率は過去10年間で急増しており、薬を飲みながら通学する学生もいるほどです。
グレイ博士はこの問題の根本には、米国社会が「自分の問題を解決する方法を学ぶ機会を与えられていない若い世代を育ててきた」ことがあると指摘します。彼らは失敗を体験して自らの方法で解決したり、悪口を言われたときに大人の介入なしでそれに対処したりすることを経験していないのです。
しかしそれは、一概に親の責任とも言えません。なぜなら親自身が、専門家から子どもを自由にさせることへの危険や、注意深い子育てが望ましいことを繰り返し聞かされてきたからです。彼らは「大人の同伴なしでは子どもの入場を禁止する場所」の多い社会に住んでいるのです。
グレイ博士は、このような社会的な力に対抗しなければならないと説きます。「子どもにもっと自由を与えなければなりません。過去の子どもたちがそうしていたように。大人から離れて、自分自身が大人になること。自分で責任を負う経験を積ませなければなりません」。果たして、日本の現状はどうでしょうか。
(参照)Declining Student Resilience: A Serious Problem for Colleges (Psychology Today)
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