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Arca、フローティング・ポイント、Madegg……小野島大が選ぶ、エレクトロニカ系注目の新譜8枚

2015年10月28日 15:31  リアルサウンド

リアルサウンド

Arca『ミュータント』(mute / トラフィック)

 うっかりしている間に前回から2カ月もたってしまいました。さっそくここ最近のエレクトロニカ系の新作で目立ったものを挙げていきましょう。


 まず発売は11月18日と少し先ですが、Arcaの新作『ミュータント』(mute / トラフィック)が圧倒的に素晴らしい。


 昨年のファースト・アルバム『Zen』は彼自身が作り出すサウンドとともにジェシー・カンダの手がけるミュージック・ビデオも含めた表現総体がセンセーショナルな話題を呼びました。あらゆるエレクトロニック・ミュージックの方法論を高い偏差値でまとめあげた『ゼン』は、彼個人の傑出した才能というよりも、ネットによる迅速な情報共有が前提となった時代の世界中の無名のクリエイターたちの英知と総意、いわば「時代の意思」が結集した作品という印象でした。ですが今作はArca自身の空恐ろしいほどの才気を感じさせる、凄まじく深く豊かで鋭い作品に仕上がっています。ダークで叙情的、かつ美しくドラマティックな楽曲、キレまくった狂気を感じさせるサウンド・プロダクション、研ぎ澄まされた音響デザインと、あらゆる点で圧倒的な飛躍を果たした大傑作です。ヘッドホンで聴いていると果てしなく増殖する妄想に頭が破裂しそうになる本作は、おそらく各メディアの年末のベスト・アルバムに軒並み選出されるのではないでしょうか。


 ブルックリンのノイズ・ポップ・バンド、パーツ&レイバーの元メンバーで、現在はソロで活動するダン・フリエルの2年ぶりのソロ3作目『ライフ』(Thrill Jockey / ビッグ・ナッシング)。クラウト・ロックとノイズ・アヴァンギャルドと60年代サイケデリックが融合したような荒々しくエクスペリメンタルなエレクトロニカ/シンセ・ミュージック。スペイスメン3がパンキッシュになったようなサウンドは、カオティックでノイジーですが、前作よりも愛嬌というか人懐っこいポップ・センスと爽快な疾走感が増していて、楽しめます。


 マンチェスター出身ロンドン在住のDJ/プロデューサー、フローティング・ポイントことサム・シェパードのファースト・アルバム『エレーニア』(Pluto / ビートインク)。UKガラージやダブステップに通じる変則的なビート・メイクと、生楽器とエレクトロニクスを巧みに融合したセンスのいいアンサンブルが際だっています。シネマティック・オーケストラにも通じると言えそうですが、ロマン派的な優美さが前面に出たシネマティックに対して、もっとアーティスティックで洗練されたモダニズムが感じられ、とにかくカッコイイ。シングルでは秀逸なダンス・トラックを次々と送り出してきましたが、本作では巧みな緩急・抑揚のついたドラマティックな構成で、アルバムとして聴く価値のある作品と言えます。ほのかにブラジル音楽のエッセンスを感じさせるところは、個人的に70年代のリターン・トゥ・フォーエヴァーやウエザー・リポートを思い出しました。11月4日発売。


 スヴェン・ヴァースの右腕としてジャーマン・テクノ・シーンの一翼を担ったDJ/プロデューサーのラルフ・ヒルデンピューテルの『ムーズ』(Rebecca & Nathan / カレンティート)。しばらくノーチェックだったんですが、2000年代以降はポスト・クラシカルなアンビエント・サウンドに移行していたようで、これは5年ぶりの新作です。流麗かつ重厚なストリングスと繊細なピアノやギター等の生楽器音を、雨垂れのようにうがつエレクトリック・ノイズというアンサンブルがひたすら美しくディープな傑作です。


 ディープ・ハウス/アシッド・ジャズの傑作『Tourist』(2000年)で知られるフランスのサン・ジェルマンの、なんと15年ぶり新作『St.German』(Warner France)。さすがに往時の若々しい突破力は薄れたものの、前作よりアフロ/ラテン色を強めたサウンドは、重ねた年期の確かさを示す円熟の領域を展開。大向こう受けするような派手さはありませんが、激渋なオトナ向けダンス・ミュージックの佳作です。


 日本人クリエイターによる作品を3つ。


くるりのリミックスなどで注目された京都在住の弱冠22歳マッドエッグ(Madegg)こと小松千倫の3作目『NEW』(flau)。サンプリングやフィールド・レコーディングのコラージュ、さまざまなミュージック・コンクレートをフィーチュアしたエクスペリメンタルなダウンビート・エレクトロニカですが、深海を蠢くようなドローン・ノイズと、ゆらゆらと浮かび上がってくる淡いメロディ、ときおり鋭いパルスのように切り込んでくるビートが織りなすアンビエントな音響彫刻は、底が知れない井戸の底を覗き込むように不吉で、かつドリーミーで蠱惑的な世界です。11月18日発売。


 大阪在住の音楽家/映像作家・服部峻のファースト・フル・アルバム『MOON』(noble)。彼のことを知ったのは円盤レーベルから出たミニ・アルバム『UNBORN』(2013)を、円盤店主の田口史人氏から勧められたのがきっかけですが、そこで展開されていた、ジャズ、現代音楽、エレクトロニカ、ノイズ、アンビエントなど既存の音楽フォーマットからことごとくはみ出していながらも、それらすべてを統括し包含するかのようなスケールの大きなオーケストラ・ポップ(とあえて言いたい)は、確かなオリジナリティを感じさせるものでした。それから2年がたってリリースされる『MOON』は、音色・アレンジ・音響デザインから音楽的な振幅・奥行きまで、前作とは比べものにならないほど進化しスケールアップした大傑作です。インド取材旅行中に得たというインスピレーションも織り込まれた内容は、インド/民族音楽のエキゾティックで大河的な包容力を感じさせながらも、エキセントリックな電子実験音楽としての切っ先もさらに研ぎ澄まされ、なにやら得体の知れない異様な怪物に出くわしたような衝撃があります。もとは映画のサントラとして作り始められたということで、映像イメージを喚起する音でもありますが、そこに繰り広げられる荘厳にして終末感の漂う光景は、唯一無二の世界です。まだ20代半ばという服部がこれからどんな変容と成長を遂げるのか。楽しみです。11月13日発売。


 東京出身の梅谷裕貴のソロ・プロジェクト、アルビノ・サウンド(Aibino Sound)のファースト・アルバム『Cloud Sports』(Pヴァイン)。現在20代後半の彼のつくる美しい電子音楽は、エレクトロニカやポスト・ロックで自己形成し、フライング・ロータスのような新種のビート・ミュージックやダブステップのようなベース・ミュージックがバックグラウンドとして鳴っている世代らしい自然体のさりげなさを感じさせるもので、聴いたこともない異物に蹂躙される衝撃というよりも、もっと穏やかに心地よくカラダに染みいってくるような控えめで品のいい味わいがあります。ミックスはサカナクション等の仕事でも知られるAOKI takamasaが担当しています。(小野島大)