10月1日より、各都道府県で順次「改定最低賃金」の適用が始まった。時給は全国平均で798円と18円引き上げられ、東京・神奈川では900円台を突破した。
最低賃金については、規制自体を撤廃した方が雇用増などに貢献するという考えがある一方で、さらに引き上げるべきという意見もある。17日には東京・新宿で「最低賃金1500円」を求めるデモが実施されたそうだ。
最低賃金の引き上げが日本経済を復活させる、という考えを持つ識者もいる。経営コンサルタントで経営共創基盤CEOの冨山和彦氏は、10月2日の毎日新聞に「最低賃金を1000円にするべきだ」という大胆な提言を寄稿している。
労働生産性の高い企業へ「事業と雇用の集約化を進める」
冨山氏は、日本経済の長期停滞の真因は「生産性」が先進国の中でも最低レベルで停滞したことにあると指摘する。確かに1990年前後に1人当たりのGDPがトップクラスだった日本の生産性は、世界27位に低下。生産年齢人口の減少も解消される見込みがない。
生産性の向上に向けた対策として冨山氏が提唱するのが「最低賃金を革命的に上げること」だ。先進国の相場である「1ドル100円換算で1000円(現行の約800円と対比して25%増)」を提案する。これによって「税金を使わずに賃金上昇と消費回復の好循環を全国津々浦々で生み出すトリガーになりうる」と断言する。
冨山氏は同様の主張を、すでに2014年11月に発表された経済同友会の「労働政策の見直しに関する提言」の中で行っている(冨山氏はプロジェクトチーム委員長)。
「〔編注:最低賃金上昇による構造的失業などのリスクよりも〕むしろ最低賃金の上昇に耐えられない低賃金事業者の廃業や事業売却を通じて、高い賃金を支払っている(≒労働生産性の高い)企業への事業と雇用の集約化を進める効果の方が期待できる」
同じ仕事なのに賃金だけ上げて、生産性の向上になるのかという疑問もわくが、実際には最低賃金が上がれば仕事のやり方などの見直しが必要になり、結果的にこのような構図になるのだろう。また、これまで不当に低い賃金に抑えられてきた人たちが救われることは言うまでもない。
引き上げに耐えられない会社は「淘汰されてもやむを得ない」
この点について冨山氏は、2014年12月に経済同友会のインタビューで、かつての日本は労働人口が多い「人余り経済」であり、雇用の量を守るために生産性の低い企業に合わせた最低賃金や規制が適用されてきたと指摘している。
しかし今は深刻な人手不足で、「雇用の質」を高めることに注力していかなければならない。最低賃金を引き上げることで「より短い時間で、より多くの付加価値を生み出す」状態を作り出すべきだということだ。
それでは最低賃金の引き上げに耐えられない会社は、どうなるのだろうか。冨山氏の考えでは、そのような企業は「淘汰・集約されてもやむを得ない」という。従業員に時給1000円以上支払うことのできない会社は、潰れて結構ということだ。
あわせてサービス産業では労働者の立場が弱いため、「労働基準監督の強化」によって企業のブラック化を防ぐと述べている。もしこれが実現すれば「法律なんか守ってたら会社はやっていけない」とうそぶいていた経営者は退場を命じられることになり、結果的に生産性の高い企業しか生き残れないということになる。
「雇用の機会」が減少するおそれはないのか
また冨山氏はインタビューで、これまでの労働政策では最低賃金の引き上げは「産業の空洞化を起こし、失業を生み出すと考えられていた」と指摘する。実際、日本人の人件費が上がれば、人件費がより安い海外に拠点を移すことも考えられ、バブル崩壊後の製造業ではそれが起こっていた。
しかし現在は産業構造が変わり、労働力人口の8割をサービス産業が占めるようになっている。人手不足が喫緊の課題であるサービス産業は、基本的にローカルで対面サービスが主体。そのため最低賃金を上げても「空洞化リスクが小さく、労働供給不足時代では失業の懸念が少ない」という。
加えて、サービス産業の就労者には「消費性向が高く、所得の上昇が消費に結び付きやすい」という傾向があるため、最低賃金の引き上げが「消費が増える→企業の収益が上がる→投資が増える→生産性が上がる」という好循環につながりやすいという。
ただし気になるのは、最低賃金が適用されている業種が小売りや飲食などであり、消費者物価の上昇につながりやすいのではないかということ。賃金は増えたものの、物価も上がって「やっぱり足りない」ということにならないのだろうか。また最賃アップによって、生産性の高い仕事ができない人は「雇用の機会」が減少するおそれはないのだろうか。
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