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今井寿と藤井麻輝によるユニット・SCHAFT再始動の衝撃ーー名盤『SWITCHBLADE』を改めて振り返る

2015年10月24日 14:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『DANCE 2 NOISE 001』

 2008年、国内外アニメファンの中で話題になった曲がある。外国人女性ボーカルの優美な歌ながら、ヒトラーの演説をコラージュし、無機質なマシンビートと緊迫感漂う管弦楽アレンジが融合して生みだされる帝国主義的な昂揚感──。アニメ『HELLSING』OVA版の海外用トレーラーとして使用された(のちにOVA第五巻にも挿入歌として収録)、今井寿(BUCK-TICK)と藤井麻輝(minus(-) 、睡蓮、ex.SOFT BALLET)によるユニット、SCHAFTの「Broken English」だ。1994年リリースのアルバム『SWICTHBLADE』収録の同曲は、ジュリアン・リーガン(All About Eve)をボーカルに迎えたマリアンヌ・フェイスフルのカバーである。原作者の平野耕太がSCHAFTのファンであることから使用に至り、2009年には藤井と芍薬のユニット、睡蓮が同OVA第六巻で「Magnolia」を書き下ろし、同じく睡蓮の「浸透して(Hellsing ver.)」は第七巻のエンディングテーマを飾っている。


 移り行く90年代シーンの中、あらゆる潮流を汲んだ前衛的な音楽センスを以て、ロックと電子音楽の狭間に新たなエレクトロ・ミュージックの金字塔を打ち立てたSCHAFT。鬼才、奇才、異才、異彩……、そんな言葉がもっとも似合う二人が1994年以来、20年以上の年月を経て、2016年再び本格始動するという。


 SCHAFTの音楽を説明するならどんな言葉を用いればよいのだろうか。〈今井寿 - Guitars, Noises, Vocals/藤井麻輝 - Electronic Devices, Computer Programming, Acoustic Piano, Noises〉という当時のクレジットからも得体の知れないユニットであることがわかるだろう。


 1994年9月にリリースされた唯一のオリジナルアルバム『SWITCHBLADE』(※ 現在は廃盤)は、KMFDMの初期メンバーであり、PIGのレイモンド・ワッツを第三のメンバーのポジションに据えて制作された。インダストリアル、アンビエント、アブストラクト……、様々な前衛的とも実験的ともいえる音楽をやりたいようにやっている。方向性により様々なアーティストが迎えられる楽曲群は、良くいえば「バラエティに富んだ」であるが、作品としての統一感はなく、むしろ「制作者の自我が全面に出た」と言ってしまったほうが正しいのかもしれない。万人に薦められるものではなく、ロックやポップスとしては完全に破綻している「難解な音楽」としか説明しようがないのである。当時、バンド/アーティストとして高い人気と確かな地位を誇っていた今井と藤井が、なぜこのような作品を作ったのだろうか。


・迷盤であり名盤『SWITCHBLADE』


 全13曲、トータル78分強。当時のCD収録時間の極限にまで迫ったこのアルバムは、波打ち際の音と印象的な女性ナレーションの不穏なインスト曲で幕を開ける。5分におよぶ澱んだアンビエント、このオープニングが作品のすべてを物語っている。無機質なリズムと異空間ノイズ、飛び交う電子音と金属音、メタリックなギターとオリエンタルな旋律が入り乱れ、歌モノの楽曲はほとんどなし。レイモンド・ワッツの猛獣の如くけたたましくうめきをあげる濁声ボーカルが、グロテスクな狂気性をさらに演出する。一筋縄ではいかないクセのあるアルバム構成は何度でも聴き手を翻弄してくる。


 ミキシングに、COIL、ダニー・ハイド、ピーター・クリストファーソン(スロッビング・グリッスル)、ギターにスティーヴ・ホワイト(KMFDM)、ボーカルには先述のジュリアン・リーガン、ジョニー・ステファンズ(ミート・ビート・マニフェスト)などの錚々たる英国の鬼才をはじめ、キース・ルブラン(Dr)、諸田コウ(Ba/DOOM)、といった唯一無二のプレイヤーたちが楽曲ごとに迎えられている。THE MAD CAPSULE MARKET’Sのリズム隊、CRA¥(Ba/現:上田剛士 AA= )とMOTOKATSU(Dr/ライブサポートとしても参加)など、当時はまだ若手だったプレイヤーの起用も目立つ。「Broken English」のオーケストラアレンジを手掛けた大島ミチルは当時、篠崎正嗣とのユニット「式部」として、NHKスペシャル『大英博物館』『ドキュメント太平洋戦争』の音楽を担当していたが、こののち、『失楽園』『模倣犯』など、日本アカデミー賞最優秀音楽賞を何度も受賞する、映画・アニメ・CM音楽における日本を代表する音楽家になった。


 こんな難易度の高い不可解なアルバムを当時のファンがちゃんと理解していたか、正当な評価がされていたかといえば、正直そうとは言い切れない。BUCK-TICKもSOFT BALLETも根本にあるものはキャッチーな歌モノロックだった。櫻井敦司、遠藤遼一という、魅惑の低音ボーカルと美麗なルックスを兼ね備えたボーカリストに注目が集まり、人気を博したといっても言い過ぎではないだろう。ただ、そこだけに収めることの出来ない音楽を彼らは提示しようとしていた。


 1993年、BUCK-TICKは『darker than darkness -style 93-』をリリースした。膨大にちりばめられたノイズ、重く歪んだギターが前面に出たサウンドであり、内向的な歌詞のボーカルトラックは極力抑えられ、タイトル通りのダークな作風だった。SOFT BALLETの『MILLION MIRRORS』(1992年)は歌モノ要素を抑え、重厚で綿密に構築された本格的なEBM(エレクトロ・ボディ・ミュージック)やIDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)で、「ファンをふるいにかけた」とも言われた。リリース時に藤井は「ミーハーファンを駆逐する」とまで語っている。両バンドの問題作ともいえるこの2作は、賛否両論こそあったものの、のちに彼らが“孤高”とも言われるようになった転機でもあり、代表作になった。


 これらの動きをみれば、両バンドの核となる二人がSCHAFTとして、とんでもない音楽を作り出したことは必然の流れともいえた。リスナーは手軽に試聴など出来ない時代であり、「CD(音源)を買う」という行為自体に今とは少し違った価値観もあった。どんなに難解で奇妙な音楽でも無我夢中に耳を傾け、気がつけばいつのまにかその世界に没頭してしいる…。彼らの作り出すものは、まさにそういった至高の音楽だった。そこからさらに深く、幅広く、国内外の様々な音楽の世界へと誘われる契機になったリスナーも多かったはずだ。


 1994年の日本のロックシーンは“ヴィジュアル系”ブームの前夜だった。X JAPANが「Rusty Nail」でバンド初となるオリコンシングルチャート1位を獲得(7月)。LUNA SEAが「ROSIER」をリリース(7月)、8月にはSOFT BALLETとBUCK-TICKと共に<L.S.B.>と題したイベントを開催し、本格的なブレイクへの足がかりとなった。黒夢(2月)、GLAY(5月)、L’Arc~en~Ciel(7月)、のちにシーンを賑わすバンドが次々とメジャーデビューを果たした年でもある。海外ではナイン・インチ・ネイルズが『The Downward Spiral』をリリース(2月)し、“インダストリアル・ロック”という言葉が浸透し始めた頃だ。


 そんな時代背景の中で、一見リスナーを突き放すようにも思えた、彼らの研ぎ澄まされた音楽性は、斬新かつ強靭な魅力を放っていたのだ。何よりもクオリティの高さゆえに、自己満足や、単なる異端としては終わらせず、結果としてメインストリームとは違うところで独自のポピュラリティーを獲得することに成功した。アーティストのあくなき音楽探究は、リスナー側にも大きく影響を及ぼしたのである。


・『DANCE 2 NOISE』と「XEOレーベル」


 SCHAFTのはじまりは、ビクターエンタテインメント(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)より1991年にリリースされたコンピレーションアルバム『DANCE 2 NOISE』への参加だった。「001(91年)」から「006(93年)」に至るまで、計6枚がリリースされており(※ 現在は廃盤)、BUCK-TICKやLUNA SEAのメンバーをはじめ、THE MAD CAPSULE MARKET’S、町田町蔵(現:町田康)、北村昌士(YBO2)、福富幸宏(SODOM)、サエキけんぞう(パール兄弟)……といった異色の顔ぶれが並ぶ。ポップ性や大衆的なものは皆無であり、オルタナティヴ・ロックや電子音楽など、実験要素をひたすら突き詰めたものだった。


 ビクターは、BUCK-TICKが所属していた「Invitation(インビテーション)」が主力レーベルであったが、『DANCE 2 NOISE』のリリースを機に、「XEO Invitation(ゼオインビテーション)」レーベルが1992年に設立された。アルファレコードより移籍したSOFT BALLETを筆頭に、M-AGE、BRIAN DRIVE、COALTAR OF THE DEEPERSといった新進気鋭のアーティストがデビューし、SCHAFTもこのレーベルからリリースされた。


 『SWITCHBLADE』リリースの1ヶ月前の8月、興味深い作品がリリースされている。〈英独ニューテクノの先鋭リミキサーによるアンビエントミュージック〉と掲げられた、BUCK-TICKの『シェイプレス』だ。イギリスとドイツのエレクトロアーティストたちが、原曲をとどめることなくリミックスした作品である。エイフェックス・ツイン、オウテカ、ドクター・ウォーカー(エアー・リキッド)……といった面々からも、この作品の本気度がうかがえるだろう。そして『SWITCHBLADE』のリリースと同日の9月21日に、コンピレーションアルバム『REAL TECHNO INTELLIGENCE』がXEOレーベルよりリリースされた。『DANCE 2 NOISE』のテクノ特化ともいえる内容で、BUCK-TICKが『シェイプレス』とは別のリミックス楽曲で参加している。当時、クラブで“踊るテクノ”が一般的だったが、これは家で“聴くテクノ”を提示したアルバムである。90年代後半になると、デジタルロックやミクスチャーロックの台頭により、コンピューターを主とした音楽も広まるが、レコード会社とともにいち早くそうしたエレクトロ・ミュージックをメジャーで確立させようとしていたのである。


 SCHAFTは当時よりも後年からの評価が高いともいえる。しかし、それは「早すぎた」のではなく、むしろ「切り開いた」部分が大きいだろう。彼らから教えられたことが山ほどあるのだ。『SWITCHBLADE』を今改めて聴いても驚きを隠せない。形容しがたい非凡な音楽と、リマスタリングの必要性すら感じさせないほどに、細部まで行き届いた繊細なサウンドの洪水に飲み込まれると、「色褪せない」などという安易な言葉は似合わず、流行でも普遍でもない、次元の違うところにいたことを思い知らされるのだ。どこか無難や凡庸に甘えそうになる概念は、彼らの先鋭な実験精神によって、完膚無きまでに叩き壊されてしまう。


 現時点では2016年初頭に行われるライブのみの発表であるが、現在レコーディング中であるという。「ギターをギターらしく弾かないギタリスト」と「ライブ嫌いの直立不動のキーボーディスト」は、今、SCHAFTでどんな音楽を作り出そうとしているのか……。メディコ・デッラ・ペステ、ペスト医師を彷彿とさせる不気味な風貌のアーティスト写真に震えがとまらないのである。(冬将軍)