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『孤独のグルメ』が支持され続ける理由とは? 淡々と紡がれる物語の魅力を読む

2015年10月22日 09:31  リアルサウンド

リアルサウンド

『孤独のグルメ』

 2012年にはじまった深夜ドラマ『孤独のグルメ』(テレビ東京系)は、今期でSeason5となる。登場人物が料理をひたすら食べるグルメドラマは深夜ドラマの1ジャンルとして完全に定着した感があるが、その先駆けとなったのは『深夜食堂』(TBS系)と本作だろう。


参考:ワイルドなTボーンから霜降り和牛までーー『ステーキ・レボリューション』が描く空腹のストーリー


 原作:久住昌之、作画:谷口ジローによる同名漫画をドラマ化した『孤独のグルメ』の世界で起こることは実に淡々としている。


 輸入雑貨の販売を生業としている井之頭五郎(松重豊)は、仕事を終えた後で立ち寄った街で毎回、食事をする。入る店は家族や個人で経営しているような場所がほとんど。メニューには、名前だけではわからない料理が載っていたり、馴染みの客が、その店独自の食べ方をしていたりする。五郎は料理を食べながら、店の中で起きていることや料理の味についてモノローグ(心の声)でつぶやく。


 他のグルメドラマや情報バラエティ番組がやるような、大げさなリアクションは本作にはない。五郎は黙々と料理を食べているだけだ。


 こんな地味なドラマがSeason5まで続き、ついにはテレビ東京の看板ドラマ枠(といっても深夜だが)であるドラマ24に登板するまでに至ったのはなぜだろうか。


 あまりに当たり前に続いているために、中々考えることの少ない本作の魅力について改めて考えてみたい。


 『孤独のグルメ』について考える時、もっとも重要な存在は原作者の久住昌之だろう。


 久住は作画の泉晴紀(現在は和泉晴紀)とコンビを組んで泉昌之というペンネームで81年に月刊誌「ガロ」に持ち込む。デビュー作となった『夜行』はトレンチコートを着た渋い男が、夜行列車の中で、駅弁の幕の内弁当を「どういう順番で食べたら美味しくいただけるか」を、モノローグで淡々と実況する作品だった。いわゆる、ハードボイルド小説のパロディなのだが『孤独のグルメ』でも展開されている「ごはんを食べている自分の実況」というスタイルは、デビュー作ですでに完成されていたものだった。


 久住は自身の所属するバンド「The Screen Tones」として『孤独のグルメ』の劇伴を担当し、脚本の協力もしている。


 そして、当初は3回だけの予定ということではじめた、番組終了後に劇中に登場したお店のモデルとなった料理店を紹介する「ふらっとQUSUMI」にも毎回出演。毎シーズンの最終話にはカメオ出演もしている。


 ここまで原作者が関わっているからこそ、原作の細かいニュアンスをドラマに持ち込めたのだろう。


 原作者や料理店などフィクションでありながら実在するものが多数登場する本作は、ドラマというジャンルに属しているが情報バラエティ番組のように見られている側面も大きい。近年のバラエティは、予算をかけた盛大な番組が視聴率をとれなくなってきている一方で、タモリが特定の街を歩きながらその街の歴史に触れる『ブラタモリ』(NHK)や、蛭子能収と大川陽介が出演する『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』(テレビ東京系)のような出演者があまり力まずに淡々と楽しんでいるような番組が支持されている。


 『孤独のグルメ』の人気も、そういった側面があるのではないだろうか。


 劇中で登場した料理店に視聴者が訪れることも多いという。もちろん、劇中に登場したおいしい料理が食べたいから多くの視聴者はお店を訪ねているのだろうが、そこにいけば井之頭五郎が実在するかのような地に足のついたリアリティが常に存在するため、アニメで背景に使われたロケ地を訪ねる聖地巡礼のような面白さが、本作にはあるのだろう。それにしても、本作で一番謎なのは井之頭五郎の存在だ。


 本作は毎回、様々な料理が登場するグルメドラマであり、五郎は料理を紹介するナビゲーター的存在である。そのため、彼自身の物語が大きく展開されることはほとんどない。


 せいぜい、仕事でお世話になっている客から愚痴を言われて落ち込んだりするくらいだ。しかし、五郎が仕事とで関わる人々との人間関係を見ていると時々、彼の物語がこぼれ出すことがある。


 つまり一話一話はグルメドラマとして美味しい料理を楽しめる一方で、ロングスパンで見た時には、井之頭五郎という人物の輪郭が少しずつ浮かび上がってくるのだ。これは、長く続けてきたことで出てきた、もう一つの面白さだと言える。


 今年でSeason15を向かえる刑事ドラマ『相棒』(テレビ朝日系)にも同じことが起きている。『相棒』もまた、毎回一話完結の良質のミステリーのような物語が展開され、主人公の刑事・杉下右京(水谷豊)は、物語の進行役である。しかし、長く続くことで右京をとりまく人間関係はどんどん変わっていき、今では、杉下右京サーガとでも言うような物語となっている。これは、長く続けば続くほど厚みが増していくテレビドラマならではの物語性だろう。


 次回放送の第4話と第5話では舞台が台湾となり、ドラマ初の海外ロケとなる。出てくる料理も楽しみだが、海外を舞台にすることで立ち現れる五郎の物語も注目だ。(成馬零一)