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Netflixは日本のコメディー市場を切り拓くか? 『アンブレイカブル・キミー・シュミット』に見る大人のエンタメ性

2015年10月16日 16:51  リアルサウンド

リアルサウンド

Netflix『アンブレイカブル・キミー・シュミット』ページ

 コメディーは日本ではウケないというのは業界の定説だ。事実、映画は未公開作品が多いし、このところ大人のエンタメとして人気の海外ドラマにおいても、言わずもがな。例えば、近年は日本のエンタメファンには浸透しつつある、テレビ界のアカデミー賞と言われるエミー賞。9月に授賞式が開催された今年のドラマシリーズの作品賞候補は、『ゲーム・オブ・スローンズ』『ハウス・オブ・カード 野望の階段』など、7作品が全てがなんらかの形で日本に上陸しているから馴染みがある(対象となる最新シーズンは未上陸の作品も多いが)。一方、コメディーシリーズ部門となるとどうか? 作品賞7作品中、日本でコンスタントに放送されているのは『モダン・ファミリー』のみでDVDリリース作品はゼロ。大抵の日本人にとってはポカーンである。


参考:キース・リチャーズの滲み出る人間性ーーネットフリックス独自ドキュメンタリーを小野島大がレビュー


 アメリカのコメディーシリーズは1話30分が基本(エミー賞では今年から同カテゴリーの定義が改定された)で、地上波の番組だとCMを抜かせば正味20分強程度。一方、CMが入らないペイチャンネルHBOのモキュメンタリー式コメディー『ラリーのミッドライフ★クライシス』などは、エピソードごとにわずかなバラツキがある。これは作り手のクリエイティビティを重視した結果でもあるのだが、一般的にいって放送局の編成からすれば面倒なことこの上ない。8シーズンにわたって、この通好みの秀作をきっちりと放送してくれた某局には頭が下がるが、大抵は厄介者扱いされて拾ってもらえない。


 さらに笑いの感覚の違いや文化的背景の問題などを踏まえると、制限の多い字幕版の製作は困難を極め、かといって情報量が多く気軽に視聴できる吹替版を作る費用もばかにならない。運良く字幕&吹替が放送時に作られたとしても、パッケージでは30分番組はディスクの枚数が少なくなることもあり儲けが少ないから敬遠される。もちろん、エンタメは慈善事業ではない。が、ここまでコメディーが作品の良し悪しや需要の有無とは別の理由で、ふるいにかけられてしまうのは残念でならない。


 そんな由々しき日本のコメディー市場において救世主と言えるのがオンラインの動画配信サービスである。冒頭のエミー賞作品賞候補作のうち、新番組のトランスジェンダーの高齢者が主人公の『トランスペアレント』と、カルト教団から解放された女性が主人公の『アンブレイカブル・キミー・シュミット』が、9月に日本でもサービスが始まったAmazon、Netflixのそれぞれのオリジナル番組として視聴できる。話題の新作をタイムリーに視聴できることは、海外ドラマファンにとっては喜ばしい限り(吹替版もある)。正直、両作品ともに動画配信サービスが上陸していなければ、一体いつ日本で観られたことやら。


 笑えるけど痛い、皮肉たっぷりだけど愉快で、悲惨なシチュエーションほどおかしくて泣ける。アメリカのお家芸コメディーの秀作こそ、大人のエンターテインメントなのだ。他のジャンルと同じように、もっと身近に楽しみたい。というわけで、今回は浅くも深くも楽しめる、Netflixの旬のタイトル『アンブレイカブル・キミー・シュミット』(シーズン1全13話)を猛プッシュ!


 インディアナ州で中学生の時にカルトの教祖に拉致され、地下シェルターに連れていかれたキミー・シュミット(エリー・ケンパー)。核で世界は終焉を迎え、生きとし生けるものは死滅したと洗脳され、15年間、キミーは他の3人の女性と妙な格好をして社会と隔絶した共同生活を送っていた。が、ある日突然、救出されるところから番組は始まる。太陽の光のもとに出たキミーら4人は全国ネットのテレビに出演するなど、すっかり有名人になるも、他の3人は15年のブランクにびくびく。一方、とにかく前向きな29歳のキミーは新しい世界にわくわくしながら、ひとりニューヨークで生きていくことを決意する。


 大方の想像通り、キミーのニューヨークライフはトラブルの連続。お金は速攻で盗まれるという大都会の洗礼を受けるも、ヘンテコな大家のいるアパートで黒人でゲイのタイタス(タイタス・バージェス)とルームシェアすることになり、お金持ちだけど満たされない日々を送るエキセントリックなジャクリーン(ジェーン・クラコウスキー)の家でのアルバイトが決まるなどして、なんとかかんとか日々を乗り切っていく。


 カルト教に洗脳されていたという設定に一瞬ぎょっとするが、そこがポイント。15年のブランクは、キミーが新たに生まれ変わった気持ちで人生を再生させることのメタファーでもある。29歳でゼロから始めて悪戦苦闘する姿は、大抵の大人の共感を呼ぶはず。また、拉致された時点から文明とは隔絶されていたため、カルチャーギャップが凄まじいのも仕掛けとしては楽しい。しばしば死語を連発し、会話に登場する映画ネタは80年代~90年代のヒット作と古い。満面の笑顔で青春映画の金字塔『ブレックファスト・クラブ』(86年)のラストのポーズを決めるシーンは爆笑ものだが、ある年代にとっては思わず泣けてしまうかもしれない。このあたりはキミーの年齢というより、1970年生まれのクリエイター、ティナ・フェイの趣味だろう。


 ティナは老舗バラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』(以下SNL)が生んだスーパースターで、皮肉に満ちた業界内幕もの『30 ROCK/サーティー・ロック』(NBC)を大ヒットに導いた才媛。SNL出身組にはほかにもジミー・ファロン、セス・マイヤーズ、エイミー・ポーラーなど現在のアメリカのTV界の顔ともいうべき才人たちがキラ星のごとく。とりわけ、今のコメディー畑ではクリエイティブな能力を発揮する女性の活躍が目立つ。前述のエイミーに、映画『ブライズメイド』やおデブのカップルが主役のコメディーシリーズ『Mike & Molly』のメリッサ・マッカーシー、体当たり芸で絶好調のエイミー・シューマーや『GIRLS/ガールズ』のレナ・ダナム等々。いずれも素晴らしい創造性と個性でTV業界を席巻している。その筆頭がティナで、日本ではわかりにくいが、お茶の間の人気者の認知度、影響力は絶大なのだ。


 ちなみに、モグラ・ガールズとマスコミに呼ばれるキミーたちの救出劇を目撃した黒人男性の、「女ってのは強いよな ビクともせず生きてやがった まさに奇跡だ!」という証言が、そのままオープニングの歌になっている。これは本作が同じ厳しい業界で頑張る女性たち、ひいては全ての女性に対する応援歌であると受け取ることもできるだろう。


 SNLのライターとして才能を開花させ、『30 ROCK/サーテイー・ROCK』で大きく飛躍したティナの持ち味は、ウィットに富み、時事ネタ、政治ネタにも強いが”わかりやすい”という良さがある。もっとも、業界人がこぞって録画を欠かさなかったと言われる『30ROCK』(全シーズンの上陸切望)を見たことがある人は、ややとっつきにくさを感じたかもしれない。その要因は楽屋落ち的なノリが強かった以上に、主演格のアレック・ボールドウィンの無表情で笑いをとりにくスタイルにあったと思われる。コメディシリーズ『The Office』のスティーヴ・カレルの芸風にも通じるが、わははと笑うのではなく、にやりとかクスリとか、そういった類の笑いだ。とはいえ、脇の芸達者たちが繰り広げる珍騒動は非常にわかりやすいので、業界に詳しくなければ楽しめないというものではなかった。


 一方の『アンブレイカブル・キミー・シュミット』は、主人公のキミーが劇中で”やたらとにこにこしている人懐っこいコリー犬みたいな子”と形容されるように、顔をくしゃくしゃにした笑顔はなんとも愛嬌があるから間口は広い。演じるエリー・ケンパーは、『The Office』や『ブライズメイド』に出演していたが、鍛え上げた表情筋をフル活用した本作の顔芸は真骨頂で見飽きることがない(どこか若い時のシャーリー・マクレーンを思わせる)。何より笑顔って、本当に人を元気にするマジック!


 大都会マンハッタンが舞台というのも重要だ。15年のブランクに、インディアナ州のど田舎出身のキミーは、おそろしいまでの”かっぺ”ぶりを発揮する。セントラルパークのチェリーヒル噴水(『フレンズ』のオープニングタイトルで有名)では人力車のイケメンを見て同番組のメインキャラクターの名前、チャンドラー様!と叫び、さらに一般人を見ては『となりのサインフェルド』の2人もいる! 私、セントラルパークにいるんだわ!と目をきらきらさせながら飛び跳ねる。痛すぎる”かっぺ”である。


 いやでも、考えてみてほしい。仮に東京生まれの東京育ちだって、マンハッタンに初めて旅行に行けば”かっぺ”だろう。ニューヨークは世界中から夢を求めてる人々が集まる街だから、まさに”かっぺ”の巣窟とも言える。ティナがうまいのは、黒人やアジア人、ゲイや貧富の差などの社会問題を、キミー=”かっぺ”の視点で描くことで深刻さを緩和させている点にあるだろう。時には、そのフラットな視点ゆえに際どい表現になることもあるし、放送禁止用語が多いのも表現の規制が地上波などに比べて格段にゆるいNetflixならでは。だが、見ている方はチクリとはくるものの社会派の問題提起といった堅苦しさは感じない。綺麗事ではすまない痛さを描きつつ、多様性があってこそのニューヨークなのだと自然と思わせてくれる。古巣のSNLのライブ中継を行うスタジオや3大ネットワークの本社があるTVの中心地であり、ブロードウェイを擁するこの地に、ティナが並々ならぬ愛情を抱いていることはいうまでもないだろう。


 もちろん、ティナお得意の業界ネタは挙げていったらキリがない。とりわけ、キミーの同居人でブロードウェイの舞台に立つことを夢見るタイタスが、ミュージカルネタでは冴えまくる。演じるタイタス・バージェスがまたエリーに負けず劣らず、顔面力豊かなことこの上なし。キミーとのやりとりには、しばしばうるっとくる瞬間があるものの、しめっぽさは皆無だ。むしろ、外し方としてはシュールで、あるエピソードでは実にしゃれた、ばかばかしくも本格的な白黒のミュージカルシーンが登場する。ここではブロードウェイのスター、ジェファーソン・メイズがパフォーマンスを披露しているのだが、仮に誰だかわからなくても流れからいってすごくおかしい。ティナの遊び心、エンタメへの愛もさることながら、それを大人が楽しめるコメディーとして昇華できる手腕には、ため息しか出ない。ある意味、ティナのやりたい放題とも言えるが、それこそが動画配信サービスのオリジナル番組の良さである。ティナ節、ノリが合わなければ、別の番組をみればいいだけのこと。


 単純に楽しむもよし、自分のアメリカのエンタメ通度を試してみるもよし。だが、これだけは言える。なんだか気落ちする日があったら、キミーのあきれるほどの豊かな顔芸に、タイタスが歌声を披露するミュージカル『スパイダーメン2 多すぎるスパイダーメン』(エピソード4)や自作自演の『ピーノ・ノワール』(エピソード6)を再生するればいい。そして笑顔で『ブレックファスト・クラブ』のエンディングポーズを決めれば、きっと元気が湧いてくるはずだ。(今祥枝)