前年度のチャンピオンチームが1勝も挙げられないという現実は、見ていて少々辛いものがある。今年のトヨタはWECでまだ1勝も挙げていない。先日の富士6時間レースですでに6戦が終了したが、残念ながら全敗である。トヨタのWECプロジェクトに携わっている人達の悔しさはいかばかりか。
富士6時間レースは勝ちたかったレースだ。このあたりでひとつ目を開けておいた方がいいと、誰もが思っていたはずである。富士のレースは過去3年負け知らずできた。どんな状況でも負けるなんて微塵も思わなかった。しかし、今年は状況が違った。トヨタTS040ハイブリッドの非力は、シーズンが開幕してすぐに判明した。トヨタは前年より2秒ほど速いクルマを持ち込んだが、ポルシェは4秒も5秒もタイムを縮めてきた。2014年はトヨタがポルシェを1~2秒ほど上回っていたから、今年はポルシェに対して差し引き2~3秒置いて行かれることになった。一旦シーズンが始まるとパワーユニットの変更は出来ず、シーズンが後半戦に入った今も、ポルシェとの差は縮まっていない。アウディにも1~2秒後れを取っている。
WECは、燃料の搭載量や流量などの制限で出力をある程度一定に押さえ、戦いの形式が歪まないようにレギュレーションを設定している。パワーユニットの形式などは自由といってもいい。自動車メーカーにとれば、このレギュレーションは大歓迎だろう。独自に開発を進めてきた得意分野のエンジン技術で打って出られるからだ。アウディがディーゼルターボ、ポルシェが小排気量ガソリンターボ、トヨタはNA(自然吸気)。いずれもハイブリッドシステム装着だが、エンジン本体に関しては各メーカーに拘りがある。このレギュレーションが功を奏して、過去3年激しい戦いが繰り広げられてきた。
ところが、今シーズンを迎えるにあたり、力の差が如実に表れてきた。ポルシェが採用した小排気量ガソリンエンジン+ターボの組み合わせが力を発揮してきたからだ。ブレーキの運動エネルギーを利用するハイブリッドシステムに加え、排気熱を利用するシステムが効果を上げた。
富士6時間レースでもその差は顕著だった。空力性能にも優れているポルシェは、1.4kmを越える長さを誇る富士スピードウェイ名物の直線でも、トヨタを置いてきぼりにした。アウディも、富士の長い直線で速度アップが図れるように車体の前後の空力処理を変えてきた。そして、その効果は十分に見て取れた。
では、トヨタはどうしたか? パワーユニットに関してはエンジン本体の性能を上げて来た。村田久武パワーユニット開発部長は、「エンジンの出力はン十馬力上がっている」と言う。我々の取材ではそのン十馬力は20~30馬力と判明している。そのレベルのパワーアップなら、富士スピードウェイでのラップタイムへ影響は微々たるものだろうが、少しでも得られるものがあるなら手を抜くことは出来ない。「来シーズン用のパワーユニットは現在開発の佳境ですが、そこに使う弾で現行のエンジンに入れられるものは入れてきました」と、村田。来シーズン用のパワーユニットには言及してくれなかったが、「トップを走ることの出来るパワーユニットです」と言い切った。
そのパワーユニットを開発しているのが、富士スピードウェイから30kmも離れていない場所にあるトヨタ自動車東富士研究所。ここでは村田の下で何十人ものエンジニアが昼夜を問わず開発に従事する。今年は自分たちの作ったパワーユニットがポルシェやアウディに対して力不足で、彼らの悔しさは計り知れないものがある。しかし、研究所に籠もっていては悔しささえマンネリになると、村田は一計を案じた。
「研究所でWECプロジェクトに携わるスタッフ全員を富士のレースに連れてきました。そして、自分の目で現実を見て、本当に悔しい思いをして、それを新エンジンの開発に向けて吐き出して欲しいと思ったんです」
村田の気持ちはスタッフには十分に伝わったはずである。今年は残り2戦。苦戦が続くだろう。しかし、その向こうに新しい戦いがあることを信じて、トヨタ自動車のWEC挑戦は続く。
(赤井邦彦)